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縁の下にいる妖怪 4
ともあれ、本日はなかなか平和であった。 延々頑張った庭掃除は、残すところ全体の五分の一程度というところまで進行した。見れるほどにはなったので、後は正弘に整えてもらえばいいだろう。できるのかどうかは知らないが。 美織はずっと母と一緒に遊んでいたし、妖怪たちの襲撃もなかった。もう三日目なのだし、そろそろ諦めてくれたのかもしれない。そう思うと、いくらか気分も軽くなる。 遠峰家からのお裾分けに、美希はやたらと恐縮していた。当分の間はお返しなどできようはずもないので、当然である。あちらが気にしないでくれと言っていても、そうはいかないのが日本人だ。いつか何かしなくちゃねぇ、と申し訳なさそうに言う母に、勇弘は小さく肩をすくめた。 夕方になり、美希が質素な夕飯を作り終えた頃、正弘が帰ってくる。何のバイトをしてきたのかと思ったら、交通整理の手伝いだったらしい。即日払いの現金に、久々に美希が笑顔を見せていた。考えてみれば情けない話だが、今は現金を見るのが一番心休まるらしい。勇弘もまったく異存なかった。 風呂に入り、歯を磨き、諸々を済ませるときっちり眠気が訪れている。さすがに連日動き回って、疲れが溜まっているようだ――今日はゆっくり寝て疲れを癒そう、と勇弘は思った。明日くらいには掃除を終わらせて、バイトでも探しに行きたいところだ。 彼ら家族は布団を並べ、騒音のない静かな空気の中で、明日をも知れぬ貧乏生活を匂わせもしない、なかなか安らかな眠りに就いた。 が。 「……まぁ、そう上手く上手く事が運ぶーなんて思っちゃいなかったけどな……」 頭上で鳴り響くイツマデコーラスに、勇弘は不機嫌な顔で起きあがった。 手を伸ばして灯りを点けると、座敷の間は例によって例の如く、妖怪たちのお披露目場と化していた。もはや見慣れた感すらあるラインナップだったが、今日はやたらと数が多い。新顔がかなり混ざっているらしい。その代わりというかなんというか、昨日一昨日と壁際で大活躍だった目目連が、今日は控えめに隅のほうにちょっぴりといるだけだった――どうやら、また先陣切って現れたのはいいものの、四人とも寝ていて気づいてもらえなかったらしい。しょんぼり伏せられた五つほどの目が、やたらと哀愁を誘っていた。 「ううむ……これは、いかんなァ」 同じく起きあがり、正弘が呟いた。美織もひょっこりと上体を起こしたが、寝入り端を起こされた所為か、前後にこくこく船を漕いでいる。昼間あれだけ寝ていながら、よくまたこうまで眠れるものだ。 コケないように妹の背を支えてやりながら、勇弘は正弘に訊いた。 「いかんって、何が? 睡眠妨害?」 「まぁ、それもあるが。でも別に父さんは苦じゃないぞ」 苦にしろよ、と呟いて、勇弘は座敷を見回した。時計の針は十二時過ぎ。大勢の妖怪たちは、また自らの存在を最大限にアピールして、どんちゃんと騒ぎ踊っている。 ずるりと長い胴体で、蛍光灯の光を遮っている天井下がり。ひらひらと舞う一反木綿に、ゴキブリのような脚で動き回る巨大な眼球。首系の妖怪は顔触れも多彩で、輪入道をはじめ、てんてん弾む首鞠や耳から脚を生やした首代などが、揃ってわやわやと騒いでいる。新顔では、目がひとつしかない小坊主や、縁側の隅からこっちを見つめるずぶ濡れの女などがいた。 (昼間より夜のが格段に賑やかな家ってのも、いかがなもんかね……。それにしても) 勇弘は、自分の隣で丸く盛り上がる布団に呆れた目を向けた。美希が、もはや外に出ることを諦め、頭から布団を被って見ない見ないを決め込んでいるのである。きゃーきゃー叫ばなくなったのはいいが、これが大人のあるべき姿かといささか情けない気分になった。 と、正弘にぽんぽんと肩を叩かれる。 「おい、ユウ。ひとつ訊きたいんだが」 「……うん?」 間近に顔を寄せてきた正弘に、訝しみながらも頷く。むつかしい顔をした父は、周囲で騒ぎ回る妖怪たちに顎をしゃくって、 「率直に答えてくれ。この妖怪たち、怖いか?」 「いいや」 迷いなく、即座にきっぱりと答える。新たにメンツが増えたからといって、今更怖いわけがない。 正弘は頷き、いきなり布団の上に立ち上がった。 「妖怪諸君!」 『!?』 何事かと見上げる勇弘に構わず、彼は跋扈する妖怪たちを見回し、パンパンと手を叩きながら呼びかけた。 「諸君、謹聴、謹聴! まぁ落ち着きたまえ!」 妖怪相手に謹聴も落ち着けもないものだが、いきなりの行動に驚いたのか、妖怪たちが動きを止める。正弘は鷹揚に両手を広げて頷き、ビシリと紋付き袴姿のろくろ首を指さした。 「そこの君。ろくろ首くん! 君がこの攻撃の指揮官だな?」 堂々と、今までのコレを攻撃と称する親父。 『えっ……う、あ、な、なんで分かった!?』 正直すぎる妖怪。 「そんなもの、これまでの襲撃を見てれば分かる。まぁちょっとこっち来て座りなさい」 それは仮にも襲われる側の発言としていかがなものか。 (なんなんだ……!) ツッコみどころ満載の会話に、勇弘は思わずがっくりと脱力した。布団の端にどっかとあぐらをかいた正弘が、慌てて畳に正座したろくろ首に向かって、やたら偉そうな説教調で話しはじめる。 「えーとだな。君たちが、我々家族をこの家から追い出そうとしている、ということくらいは理解してるつもりだが。それで違いないかね?」 『お……おう。その通りだ。出ていけ』 多分に戸惑った口調で、ろくろ首――というか、座った時にするすると首を縮めたので、今は服装以外、なんら普通の人間と変わりない様子である。そんななりで出ていけと言われても、なんとなくリアクションに困ってしまう。勇弘はやれやれと首を振った。 「パパ、何してるの〜……?」 「うん……ま、黙って見てような。寝てもいいぞ、別に」 目が覚めてきたらしい美織の頭をぽんぽんと叩く。完全に傍観放置モードの家族だが、正弘はどうでもいいらしく、またびしびしとろくろ首に指を突きつけながら、質問を続けていた。 「それで君たちは、我々を怖がらせることで追い出そうとした? そうかね?」 『む、ま、まぁ、そういうことになるな』 「うむ……。では、その要求は受け入れられない」 『――なにッ!? ど、どういうことだ!?』 冷静に言われ、狼狽えるろくろ首。しばし遠巻きだった他の妖怪たちも、そろそろと彼らの周りに集まってくる。それをちらりと横目で見てから、正弘はきっぱりと言った。 「なぜなら君たちは、まったく怖くないからだ」 ガ―――――――ン 瞬間、そういった感じの効果音が、居並ぶ妖怪たちの背景に浮き上がったように勇弘には思えた。予想だにしていなかった衝撃に、誰も声をあげることすらできない様子である――まぁ、彼らなりに一所懸命やってきたことをただの一言で無にされたのだから、当然といえば当然だろう。 (天然だ……妖怪に天然っていうのも変だけど、マジで天然だ、こいつら。怖がってるのは母さんだけだってくらい、見ればわかっただろうに) なんだか可哀想になってきて、勇弘はこっそりため息をついた。 |