縁の下にいる妖怪 5


 呆然とする妖怪一同に、正弘はしばらく間を置いてから言った。
「そういうわけだ。三日も続けて出ばってもらって気の毒だが、そろそろ君らの頑張りを見ているこちらとしても胸が痛い。よって、一言忠告させてもらった」
『あ……あ、あああ……』
『そんな……』
『イツマデ……』
 妖怪たちが、がくりと項垂れる。首がないものは肩を落とす。肩もないものは――とにかく、それぞれができる範囲で、わかりやすく落ち込んだ。シクシクとすすり泣く者までいる。
 しかし、正弘は情け容赦なく言葉を続けた。
「落ち込む気持ちはわかる。しかし、怖がらせてどうこうしようというには、少々やり方が滑稽すぎやしなかったかね? というか、怖がる方向に気分をもっていけなかったのだが」
『うううう……』
「大体、姿を見せただけで驚くだなどと、いつまでも思っていてどうするんだ。初日のはただの挨拶かと思っていれば、どうやら君たちはあの方法しか知らないようにも思えたが? どうなんだ? あれで本気だったのか?」
『あああああ……』
「そうやって呻いているほうがよっぽど怖い。これまでの諸君は、ただ面白いだけだったのだよ。お化け屋敷というよりサーカスだ。うちの娘を見ていても、それはわかっただろう? 違うかね」
『ひいいぃぃぃぃぃ……!』
 正弘の冷静な批評は、なかなか大層な攻撃力を発揮したようだった。
 妖怪たちは、ただただ嘆き悲しんで、どんよりと意気消沈してゆく――めそめそべそをかく市松人形を、枕返しが慰めたり。目の幅涙を流すひとつ目小僧の肩を、ずぶ濡れの女が優しく叩いたり。座敷で合戦していた掌ほどの武士たちは、車座に座って「おのれー」「この恨み晴らさでー」「もう切腹じゃぁー」などと悲痛に呻きあったりしている。
 この世ならざる異形の者たちが、寄り集まってすすり泣いているビジュアルは――異様だったが、やはりどうにも滑稽だった。
「ユウちゃ〜ん……? 何が起こってるのー」
「あー、いや、なんでもないよ。父さんが珍しくうまくやってるから、母さんはそのまま寝てたほうがいい」
 いまだ布団を被ったままの美希に、適当に答える。ここで悲鳴でもあげられて、場を引っかき回されてはことである。妖怪たちが落ち込むなりなんなりして、怖がらせるのを諦めてくれるのならば、それは何よりなことなのだ。ようやく安眠できる環境になるかと思い、勇弘は胸中でほっとした。
 のだが、
「まぁ待て、妖怪諸君! 涙を流すのはまだ早い!」
 ぼむ、と布団を叩いて、正弘が言った。
「怖がらせようという君たちの姿勢、その試みは十分評価できる! ただ、方法が少しマズかったと言っているのだよ。諸君がやってきたのは、いわばただのお祭りだ。騒がしくて眠れないだけだった。だが、そんなもんじゃないだろう……? 日本妖怪の持ち味は」
「……?……」
 勇弘は眉をひそめた。なんだか、話がおかしな方向に流れはじめている気がする。正弘の顔を見てみると、妙にキラキラと嬉しげだった――嫌な予感と父への疑念が、勇弘の心に沸き起こる。
 漢泣きに泣いていたろくろ首が、顔を上げて正弘を見た。
『ど……どういうことだ?』
 彼は大きく頷いて、力強く言った。
「どうせやるなら、上手に怖がらせるべきだ、ということさ。もっと君たちの利を活かさなければ、人間は怖がりなどしない。わたしがそれを教えてあげよう!」
『おおおおお!?』
 驚き、どよめく妖怪たち。
 とんでもないことを言い出した正弘に、勇弘は思わず座ったままひっくり返った。わぁ、と美織が驚くが、正弘はまったく構わずに続ける。
「いいかね? もっと厳格に、もっと周到に、ひゅ〜どろどろの精神で相手を恐怖させるんだ。目に見えない部分があるからこそ、恐怖は恐怖たりえる。つまり、諸君に欠けているのは、そこだ!」
『おおおおおおお』
「ちょ、おい、父さん!? なに戦術指南してんだよ、違うだろ!?」
 暴走をはじめた正弘を、慌てて起きあがって止める。しかし彼は、ぶんぶんと首を横に振った。
「いいや、違わんぞユウ。父さんは見ていて心が痛むのだ。画図百鬼夜行、絵本百物語などに代表される由緒正しい妖怪たちがこんなにここには揃っているのに、古来より伝わる怖がらせ方ができていない。つまり文化の損失だ。こんな悲しいことがあるか?」
「いやもう、どこから間違ってるかすら判断しづらいけど……とりあえず、怖がらせ方は文化じゃないって。絶対」
「また夢のないことを。ともかくだ、このまま彼らに無駄な努力を続けさせるのは、なんとも見るに忍びないだろ? 少しくらい、こうすれば怖いんだよー、くらい教えてやってもいいじゃないか」
「いや、だからぁ……!」
 なんで俺らを怖がらせる方向に持っていくんだよ!?
 脱力のあまり、そう続けられない。代わりに深いため息をついた勇弘の肩をぽんぽんと叩いて、正弘は妖怪たちに向き直った。講釈師でも気取っているのか、センスに見立てた団扇で自分の膝をパンと叩き、長広舌をぶちはじめる。
「さて、君たち妖怪はだな。由来はどうあれ、存在自体が既に見える恐怖、つまりは法則性をもつ異物なんだよ。だが、それに頼ってばかりではダメだ。人間の学習能力をナメちゃいかんよ? もっと不安を、もっと恐怖心を、あおるたてるような形で立ち回らなければならない。そんなに難しいことではないんだぞ? 例えばだ。ビックリアタックというものがある――」
 いつの間にやら、妖怪たちは正弘を基点とした扇形に集合していた。最前列のろくろ首などは、小さく頷きながら身を乗り出して、実に熱心に聞き入っている。語る方も語る方だが、聞く方からして話にならない――もはやユーモラスだなんだという域をはみ出している。
「だめだこりゃ……」
 再び布団にひっくり返り、勇弘は正弘の講義を聞くまいと、枕で顔を覆った。ぺしぺしと肩を叩いてくる美織を無視して、思う。
 ひょっとしたら、この場で一番賢いのは、
「ねぇ〜? 何がどうなってるのよー。あなた〜?」
 布団を被ったまま出てこない、美希なのかもしれない、と。