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山神家からの挑戦状 1
そんなこんなですったもんだは続き、勇弘たちが住みはじめてから十日ほど経った日のことである。 「……かなァ」 「んむ?」 勇弘は箸をくるくる回して、しつこくついてくる透明な糸を切った。朝食のテーブルには、納豆ご飯と味噌汁、漬け物が慎ましく並んでいる。少しずつ、まだまだ余裕とは呼べない程度ではあるものの、生活がまともになってきている現れといえばそうだろう。 納豆は勇弘の好物である。味噌汁と一緒に飲み込んで、正弘に顔を向けた。 「なんか言った?」 「そろそろかな、って言ったんだよ」 ぞしゃぞしゃと音を立てて、納豆ごはんをかきこみながら答える。今日もバイトに行く彼は、外出用のポロシャツにジーパン(そうでない時はランニングに縞パン)を着て、もぐもぐやりつつ言った。 「妖怪たちのことだがな。ここのとこ、大人しくなったと思わんか?」 「……そういえば、まぁ、そうかな。そんなに頻繁に出てこなくなったし」 「そろそろ落ち着いてもらわないと、いい加減困るわよ」 うんざりした口調で呟き、美希は美織の口周りをティッシュでごしごしと拭いた。 「元々怖かったのに、あなたが余計な知恵吹き込むから一層狡猾になって。何回死ぬかと思ったことか!」 「……思うに、母さんの派手なリアクションこそが妖怪たちの頑張りの源になってる、ってこともあるんじゃなかろうか。どう思う、勇弘?」 「小声でそんな話振らないでくれよ……」 正弘は苦笑して、ともかくだ、と話を戻した。 「大人しくなってきたってことは、あちらさんも相当疲れてきてるんだろう。ひとつ屋根の下とはいえ、あっちこっち何度も怖がらせに出ばってきてるんだから当然だが」 「ひとつ屋根の下、って……こんなに嫌な表現だったっけ」 「気の所為だろ。それでだ、うむ……そろそろ、こっちからも攻勢に出てみようじゃないか、と思うわけだな」 「攻勢?」 不穏な発言に、美希が不安げに眉根を寄せる。攻勢という言葉そのものよりも、そこから連想される正弘の思考内容に不吉なものを感じたのだろう。そしてそれを裏付けるかのように、正弘はにっこりと笑顔になった。 「そうだ。向こうが父さんたちをどうしたいのかは、これでもかというほどよく分かった。だから今度は、こちらの意志を向こうに伝えてやらなきゃな? 受け身ばかりじゃなくて」 「……どうやって?」 「うむ。 妖怪たちにな、果たし状を書こうと思うんだ」 「ふあぁんたぁぁぁーいッ!!」 聞くなり即座に叫んだのは、当然美希である。ドダンと畳を踏み鳴らして立ち上がり、納豆の糸引く箸をビシリと正弘に突きつけて、言語道断とばかりに怒鳴る。 「何考えてんの!? 妖怪に果たし状だなんて、とんでもないわ! そんな怖い、じ、自分から夜のお墓に出掛けるみたいなこと、できるもんですかッ!」 「いやしかし、今が好機なんだよ。考えてもみろ、妖怪たちの襲撃の減少が、我々を油断させるためのものとは思えない。いい加減あっちもへばってきてるんだ。今度のことを考えるなら、ここで一気に今までの守勢をひっくり返しておいたほうがいい」 「だからって、そんな……妖怪に宣戦布告だなんて、前代未聞よ!? 絶対反対だわ、あたしは嫌ですからねっ!?」 「誰も宣戦布告などせんよ。それに、このままだとずっと怖いままだぞ?」 うぐ、と呻く美希。ずっと怖いまま、という長期を見越したプレッシャーに、苦々しく眉根を寄せる。 正弘は、納豆の扱いに苦労している美織の頭をぽんぽんと叩き、 「なー、妖怪さんたちと仲良くしたいよな、美織ー?」 「うんー」 「……で、果たし状って、どんなだよ?」 納豆にかまけて生返事をする美織だったが、正弘は機嫌良く、ポケットから紙束を取り出した。何を思ったものか、江戸時代の直訴状のような封折りになっている。表面には、『果たし状』の文字。意外なほどの達筆だが、シャーペンで書いてあるので迫力はない。 受け取って、開いてみる―― 『この屋敷に棲む妖怪たちへ。君たちは完全に包囲されている。というのは軽い冗談として、もう無駄な襲撃はやめたまえ。君たちの、我々をこの屋敷から追い出したいという意志は十分に理解した。よって我々人間は、君たちに我々との話し合いを提案する。 君たちが何人いるのかは知らないが、こちらが四人なので、そちらも代表四人を選んでもらいたい。本日午前零時、いつものように訪ねてこられるがよろし』 つらつらと読み終えて数秒後、勇弘は半眼で父を見やった。 「……父さん。本気?」 「はっはっはっ、何を言うんだユウ。本気も本気、むしろマジと表現したいくらいだぞ」 意味のわからないことをのたまい、正弘はお椀の底に残った味噌汁をくいっと飲み干した。同じ書状をもうみっつ取り出し、美希と美織に渡す。ちゃんと人数分用意してある辺り、色々と救いようのない親父である。 「ま、あまり固く考えるな。ここらで一発、人間というのがいかなるものか、あちらさんに教えてやろうってだけだ。美織も、妖怪さんを見つけたら、これを渡すんだぞー」 「うんっ」 「絶対嫌よ! ほんっとやめてよね、バカじゃないの!?」 ぽいっ、と果たし状を投げ捨てる美希。わっはっは、と笑いながら、正弘は立ち上がって座敷を出ていった。アルバイトに出掛けるのだろう。 何が嬉しいのか、にこにこと書状を抱える美織を見つつ、勇弘は朝から疲れたため息をついた。本気かというか、むしろ正気かと問いたい気分ではあったが――彼の言い分も、まぁ理解できないことはない。膠着状態に入りかけている現状を、先手を打って打開しておくのは悪い選択ではないし、一気に状況が好転する可能性もある。もっともまず、向こうが乗ってくるかどうかは分からないが―― いや。 「どうしてこういうことを思いつけるのかしら……!? こんなの、妖怪だって本気にしないわよ。てゆーか、されたら困るわよ!」 「いや……たぶん、渡したら来るんじゃないかな」 怖がらせる対象による怖がらせ方の講釈、などという意味不明なものすら受け入れて聞き入ったような連中である。果たし状という形で話し合いを提案されたら、なんだかんだでのこのこやって来かねない。 (でも……) 「渡したら来るって、それじゃ渡さないわよ! こんなもの、こんなものっ。くぬくぬっ……!」 ビリビリと、果たし状を破いてしまう美希の隣で、勇弘は小首を傾げた。 事それ自体が唐突で、まったく意識しなかったが――正弘は一体、妖怪たちと何を話し合うつもりなのだろう? 座敷を出、アルバイトに行こうとした正弘であるが、その前に用を足そうとトイレに向かった。 ドアノブに手を伸ばしたところで、ふとなにやらピンと思いつく。彼は果たし状を取り出して、向かいの壁に立てかけた。よし、と頷き、悪戯っぽい笑みを浮かべてトイレに入っていく。 ――ややあって。 天井から、ひょろりと細く、常識外れに長い腕が現れ、壁際の書状をさらって消えた。 トイレから出てきた正弘は、置いてあった果たし状がなくなっているのを見て、またにんまりと口元を歪め、頷いた。 「よし、よし。いいぞ。いやはやなんとも、いいぞ、いいぞ」 ご満悦の彼は、るんるんと踊るような歩調で出掛けていった。 |