山神家からの挑戦状 6


 どうやら聞こえていたようで、ろくろ首は彼を睨んで言い返してきた。
『それはこっちのセリフだ……! 長がこんなに頑張ってるのに、どうしてお前ら怖がらない!?』
「ビビるような要素がどっかにあったか!?」
「あー、ま、まぁ、待て待て。ええと……そちらの君が、この妖怪たちの長なのかね?」
 さすがにいくらか拍子抜けしていたらしい正弘が言う。いまだ縁側に突っ立ったまま、少女は無造作に頷いた。
「一応、そういうことになってはいるわね」
『お、長ぁ……今回ばかりは、ほんと、頼んますって……!』
「そうか。それじゃ、ま、そちらの代表はその四人、ということで構わ――な……」
 場を仕切直しかけた正弘が、言葉を途中で切る。少女は、ただ無造作な足取りで座敷にあがってきただけだ。
 だがその瞬間、居並ぶ妖怪たちが即座に居住まいを正し、それぞれ最大限の礼を彼女に示したのである。人型のものは深々と腰を折って辞儀を。動物や鳥の姿をしたものは神妙に頭を垂れて。首だけだったりふよふよだったり何だか分からなかったりするものは、それぞれどうにか雰囲気を出して――とさりと、小さな音を立てて腰を下ろした少女、長に敬意を表したのだ。
 軟派な印象のろくろ首も、座ったまま低頭している。特別な何かを感じずにはいられない、儀式的な光景に、勇弘たちは言葉を失った。
 その、特別な何かの中心は、
「で、もう揃ったんでしょ。さっさとしてよ。どーでもいいけど」
 至極無愛想な発言を、見事なポーカーフェイスで言い放ったのだった。


「ではもう、堅苦しい前置きはナシだ。いきなり本題に入らせてもらうが……今回、こちらから君たちにこの場の提案をした、その理由からまず知ってほしいと思う」
 正弘が改めてそう言った。
 人間と、妖怪。双方の代表同士の話し合い――とは言っても、座敷の周囲、続き間や廊下には多数の妖怪たちがひしめいている。枕返し、市松人形、目目連に目競、目蟲、天井下り、猫叉、輪入道、首鞠に首代――パッと見で名前が分かる連中以外にも、多種多様、いっぱいたくさん。ひとつだったりふたつだったり数え切れなかったりするたくさんの目が、円形テーブルを挟んで座する代表たちに向けられている。
 それら全てを相手取って、人間側代表、山神正弘は堂々と胸を張った。
「これまで、我々は君たちのただ主張を受け続けてきた。ここ数日は、色々と凝った脅かしの演出も見せてもらえて、なかなか楽しませてもらったよ……だが、もう十分だろう。これ以上、君たちが一方的であり続けても意味はない。進展もない。だからそろそろ、我々の主張も君たちに伝えておきたいと思って、こういう風な場を設けたわけだ」
 妖怪たちがどよめく。
 発言の前半部分に対するツッコみを勇弘たちが我慢したため、彼の言葉はそれなりの効果を与えたようだった。つまり、もう妖怪たちの言い分は聞き飽きたから、今度はこっちが物申す、と暗に言い切ったわけである。心的先手後手をやんわりと決めてしまう、最初の攻撃とも見れる。そう、話し合いは既にはじまっているのである。
 しかし、即座にろくろ首が言い返した。
『ちょっと待て。俺たちがここに来たからって、そっちに都合良く解釈するよな。こんな話し合いに意味なんざねぇ。人間の言うことなんか、信用ならねぇんだからな』
「まぁまぁ。急いてはいかんよ。こちらの言い分を聞いてから、そういうことはどうにでも決めてくれればいい。強制など、こちらは一切しない。そうはやらないでくれたまえ」
 言われて、ろくろ首はムッときたような顔をした。だが、また何か言い返すより早く、正弘が続ける。
「最初に言っておこう。我々は、この屋敷を出ていく気はない」
『なにぃ……!?』
「だからと言って、君たちに出ていけなどと言うつもりもさらさらない」
 正弘はきっぱりと言った。
「わたしは、人間と妖怪が共にある、つまり共存していければいいと思っている。もちろん、この屋敷でだ」
『……なっ……』
「えっ……」
『んなにぃ〜〜〜ッ!?』
 唐突な発言に、妖怪たちは軒並み驚きの声をあげた。
 ろくろ首も濡れ女も、取り囲んでいる魑魅魍魎たちも、皆あんぐりと口を開けたり、口がない者は仰け反ったりと、様々に表現している。一反木綿に至っては、体をぐりりんと数回転ほどもさせて、分かりやすく驚いていた。
 共存していく。
 つまり、一緒に住むということだ。この家の、ひとつ屋根の下で。
 やっぱり、そんなことだったか――と、勇弘は小さく息をついた。妖怪たちと対照的な反応だが、大体予想はついていたのだ。昼間、鬼蜘蛛と長に挟まれて思ったことと、今夜これまでの正弘の態度。現状も鑑みれば、彼がそういう方向で考えないわけがないのである。
(まぁ、嬉しくもなんともない大当たりだけど……)
 ちらりと、向かい側を見る。
 実際彼らは、足の短い小さなテーブルを挟んでいるというよりは、一枚の畳を境にその両縁に膝を揃えている、といった感じなのだが――その片隅に、ちょこんと正座している女の子。長の静かな視線の行く先を、勇弘は密かに確かめた。正弘の、いわゆる衝撃的発言にも、まったくの無反応を決め込んでいる。
(単に、興味がないだけか……それとも、ひょっとして分かってたのか?)
 彼女は、畳の一部黒ずんでいるところをぼんやりと見つめているようだった。視線を正弘に向けてすらいない。やはりどうにも、彼女の反応だけが妖怪たちの中で浮いている。
 そして、
「ちょぉぉっと待ちなさいよっ、ぅぁなたぁぁぁぁっ!?」
 人間側で浮いている反応は、当然この人のものなのだった。
「今なんて言ったの? 何て言ったの!? 共存……共存って言ったのね!? 共ぅぅぅぅぅ存ですってぇぇぇぇぇ!?」
「うむ、そうだが。って、いや落ち着け美希。まだ話は――」
「何考えてるの!? 全っ然聞いてないわよ、あ、あなた正気!? 共存!? できるわけないじゃないそんなこと!」
 がくがくと正弘に掴みかかりながら、興奮も露わに怒鳴り散らす美希。別段止める気もなく見やる勇弘に、膝の上からのほほんと美織が言った。
「よーかいさんもママも、びっくりしてるね」
「ああ……てか、お前も分かってないだろ。今、父さん、妖怪さんたちにこの家で一緒に住まないか、って言ったんだぞ」
「えぇえ〜〜〜っ!?」
 予想通り、多分に喜びを含んだ声を美織があげる。食らいつく美希をなんとか引き剥がした正弘が、ぜぃぜぃと息をつきながら、呆然と眺める妖怪たちに言った。
「と、ともかく。こちらの主張は今の通りだ。我々はこの家を出ていかない。君たちもこの家を出ていかない。となれば、一緒に住むより他ないだろう」
『ちょ……ちょっと待てよ。そんなもん、俺たちだって承知できゃしねーぞ!?』
「それはこれから話し合うことじゃないか、結論を焦らないでくれたまえよ。こちらだって、ただ意見を提示しただけだ。だから、さぁ」
 正弘は、機嫌良く両手を広げて言った。
「早速、話し合いをはじめようじゃないか! 今日の議題は、『妖怪と人間の同棲は可能か?』だ!」
「無理に決まってるでしょぉぉぉぉぉッ!?」
 叫ぶ美希の隣でため息をつき、勇弘は美織に同棲の意味を差し障りないよう説明した。