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山神家と妖怪たち 1
『無理だね、そんなこと。絶対にお断りだ!』 と、美希の発言を追うように、ろくろ首が言った。 ちょんまげ頭に、古風な武家衣装。幾度とない襲撃で先陣を切っていたこともあり、真っ先に姿と名前を一致させて覚えた妖怪だ。ここでのリーダー的存在なのか、はたまた本人が粋がっているだけか――いまいち微妙なところだが、積極的な性格ではあるようだ。 『なんで人間と妖怪が、仲良しこよししなきゃならねぇんだよ。ンな馬鹿げた話、聞いたこともねぇや』 彼はあぐらをかき、口をへの字にひん曲げて腕を組んだ。「てやんでぃ」とでも言いそうな風情である。見た目は武士だが、性格や口調はケンカっぱやい江戸の町人を思わせる。 そんな彼に、正弘は悠然と問い返した。 「ほほう。なぜかね?」 余裕たっぷりに笑みすら浮かべ、ろくろ首を正面から見据える。 済し崩し的だが、いよいよ会談がはじまってしまった。さしずめ、第一ラウンドは『人間代表山神正弘vs妖怪代表ろくろ首』といったところか。勇弘は、どちらにも聞こえないよう、小さくため息をついた。 『なぜって、聞いたことねぇもんは聞いたことねぇんだから、仕方ねーだろ!』 「そうじゃない。どうして人間と仲良くするのはお断りなんだ、と訊いているんだよ」 『は……はァ? 何言ってんだ、お前!?』 要領を得ないらしく、苛ついた様子で返すろくろ首。ちらちらと、露骨に妖怪たちを気にしつつ、美希も震える小声で夫に抗議した。 「そ、そうよ。何言ってるのよ、あなた……妖怪と仲良くだなんて、できるわけないじゃない!」 「ふむ。それはどうしてだね、美希?」 「怖いからよッ!」 きっぱりと言い切るのは、美希からしてみれば当然だろう。あれだけ叫ばされたり、泣かされたり、果ては気絶させられたりした妖怪たちと共生していくなど、考えられないに違いない。正弘も、そう答えが返ってくるのはよくわかっているだろうに。 注目する中、正弘は大きく数度頷いて言った。 「そう。怖いんだ。妖怪は怖い」 『……お前、それ本気で言ってるか?』 正弘が口にするだけで、こうも白々しく聞こえるセリフだとは、勇弘も思っていなかった。 「人間には、様々な理由からくるこの既成観念がある。妖怪イコール恐怖の具現、という暗黙の方程式があるのだ。無論、わたしもそのことに異論を唱える気はない」 『ならもっと怖がれよ!』 「それはまた別問題だ。今は君たちの話だよ」 なに? と眉根を寄せるろくろ首に、正弘は理路整然と持論を弁じ立てた。 「家内も言ったように、人間が妖怪との共存、どころか遭遇すらも嫌がるのには理由がある。妖怪は怖いものだ、と根底から思い込んでしまっているからだ。そこのところは、君たちも十二分に理解しているようだね。 だが……妖怪である君たちは? 君たちが我々との共存を拒む理由は、一体何なのかね。聞いたことがない、それだけか? 怖がらせた前例はあるが一緒に住んだ前例はない、だから一緒には住めないと言うのかね?」 『う……な、な……!?』 すらすらと述べる正弘に、妖怪たちは一様に気圧されて後ずさった――両足を適当に投げ出して、ぽけーと夜の庭を眺めている長を除いて、だが。本当にこいつはやる気ないんだな、と改めて勇弘は呆れた。 やがて気を取り直したか、キッとろくろ首が正弘を睨む。 『な、なんだってんだよ!? 何を言ってんだ、何が訊きてぇんだ!?』 「どうして人間が嫌いなんだね?」 お望みならとばかり、端的に問う正弘。一瞬きょとんと間を置いて、ろくろ首はフンと鼻を鳴らした。 『な、なんだ……ちっ、いちいち小難しいこと言いやがって。鬼蜘蛛かよ、おめーは』 「鬼蜘蛛?」 『なんでもない、こっちの話だ。それより、そんなに聞きてぇなら教えてやるよ』 身を乗り出し、ドンと畳を叩くろくろ首。気合いの入った表情である――が、なんというか。時代劇で殿様に意見する若侍のような雰囲気だったので、勇弘は微妙に笑いそうになった。しかしろくろ首は真剣に、溜まりに溜まった感情を吐露する。 『人間は気に入らねぇ! 俺たちのことをどう考えてるのか知らねーが、バカにしてるとしか思えねぇんだよ!』 「ほう」 『この屋敷を、見せ物小屋かなんかみてーによ。特になんだ、その、ほら。あー……なんだっけ? アレだよ、ほら、よく来てたじゃんかよ!』 周囲に控える妖怪たちのほうを振り向き、両手を振り回してなにやら主張する。一同どころか、勇弘たちまでも首を傾げる中、一反木綿が隣からぽつりと呟いた。 『肝試し、のことか』 『お、そう、それだ! 肝試し! あいつらとか、何がしたいのか全っ然わかんねぇ。来て騒いでビビって帰りやがって』 「……あー」 思わず納得する。なんとなく、彼の言いたいことは理解できた。妖怪側にしてみれば、人間が勝手に彼らの住処をうろつき、勝手に怖がって勝手に逃げてゆく、意味のわからない行為だからだろう。業を煮やすのも当然かもしれない。 『お前らにしてもそうだ! 特に、そこのガキ!』 と、さらにろくろ首は美織を指さす。 勇弘の膝の上で、彼女は少々退屈している様子だった。妖怪たちがたくさん出てきて、さぁ前のように遊ぼうと思ったら、座り込んで大人と話し出してしまったからだろう。なものであるから、もう目を輝かせて勢いよく身を乗り出した。 「ミオ? ミオ、なーにっ? あそぶっ?」 『う、あ、遊ばねーよっ! よくもまぁ、あんだけ人の首で好き放題してくれたじゃねぇか。あの屈辱は忘れちゃいねぇぜ。覚えてろこのやろ!』 「うんうん、ろくろ首さんすごいね〜〜〜。首うにょーんって。ミオもがんばったら伸ばせる?」 『伸ばせるかッ! てか、ちくしょ、なんで怖がらねーんだお前は!? 子供だからかっ? そういうもんなのかっ!?』 ろくろ首が余裕で振り回されている。正弘の言う通り、人間は妖怪を怖がるものだという常識的前提がある以上、美織のあっけらかんとした行動は、彼らにとっては謎以外のなにものでもないのだろう――実際には、子供だから、でほぼ正解なのだろうが。 とにかく、とろくろ首は両腕を組んで言った。ますます町人臭さが際だつ。 『人間は嫌いだ。妖怪バカにしやがって、虫が好かねぇんだよ。嫌いな連中と一緒に住むなんて、当然ながらお断りだね』 「ふむ……なるほどな」 正弘は頷いた。本当に納得したのかどうかは知らないが、次いで一反木綿に目を向ける。 「さて、同じく代表の君はどうかね? 彼のように、何か人間を嫌う理由があるかね」 一反木綿は、細く瞳のない目を正弘に向けて、こくりと、いや、へらりと頷いた。 ろくろ首と並び、大変ポピュラーなこの妖怪は、パッと見だと本当に無地の布にしか見えない。よく見れば、目や口などのパーツはあるのだが、今ですらそれらは切れ目のようにしか見えず、ぴたりと閉じられてしまえばおそらくシワとの判別は不可能になるだろう。短い両手をぺらぺらと振って、ゆっくりと喋る。 『俺も、人間、信用できない……人間、予測つかない』 低い声に、切れ切れな口調。どうも寡黙な妖怪らしい。 「予測がつかない……とは、どういう意味かね?」 一反木綿は、無言で視線を移した。切れ込みのような目が、さらに細く歪められる。 彼が見ているのは――シーツですっぽりと身を包み、怖々と場を窺う美希だった。 「……え? ……な、なに。あたし?」 『お前だ!』 それこそホラー怪物映画に出てきそうなセリフを怒鳴り、一反木綿はくわっと両目を見開いた。見た目的にはかなり怖い。ビシリと、もとい、へにゃりと美希を指さして、 『俺が、脅かそうとしてたのに。お前、気づいてなかったのに! 焼けた鉄で、攻撃してきた。見もしないで、俺を掴んだ! 俺が逆に、脅かされた!』 「いやああああっ!? ちちちちが、違うもん違うもん、あれはたまたまー!?」 「一体何やったんだ、母さん……?」 半眼で呟く勇弘。美希は夫の背後に隠れながら、あうあうと涙目で釈明した。なんでも、洗濯物と間違えて、一反木綿をアイロンで灼いたらしい。いくら妖怪とはいえ、それは怒るのも無理ないことだろう。 『今日だって、そっちの人間が、俺たちと一緒に、住もうなんて……予測してなかった。俺も、人間と住みたくは、ない。妖怪だけが、いい』 『そうだそうだ。妖怪は妖怪、人間は人間で住みゃいーんだ』 結局はそういうことなんだよ、とでも言いたげに、ろくろ首が頷く。勇弘は、なんとなくまた正弘を見た――なぜ、妖怪が人間を嫌うのか。きっと彼は、その理由を聞いた上で、なんらかの妥協案を模索しようと考えているのだろう。確かに、有効な方法かもしれないが……しかし、こんな風な妖怪たちを説得しきれるものなのだろうか? |