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山神家と妖怪たち 3
しばし、沈黙が続く。 「……分からないよ」 ため息に乗せるようにして答えた勇弘に、場の空気が回りだした。なにか、重大な瞬間を乗り切ったような、そんな顔をして正弘が言う。 「そうか……まぁ、無理に判断することはない。ゆっくり考えたらいい」 勇弘は頷いた。ようやく自分が、この話し合いに参加する意義を見つけられたような――いや、別に見つけたくもなかったのに、気づかされてしまったかのような。なんとも微妙な気分だった。 「じゃ、次は美織だ。おーい、美織ー」 「はぁ〜い?」 相変わらず寝転んだまま、くりっと首を回して美織が応える。勇弘が黙って考え込んでいる間も、彼女はずっと長と顔を突き合わせていたようだ。まったく、子供のコミュニケーション方法はどうにも理解できない―― (……え?) 勇弘はきょとんとした。 一瞬、長が微笑っている――ように、見えたのだ。 見間違いなのだろうか? 今はもう、横線と点だけで似顔絵が描けるような、ポーカーフェイスを浮かべている。目の前で身を起こす美織に対して、見た目相応の優しげな微笑みを向けていたように思えたのだが。 どうやら、正弘は気づかなかったらしく、にこにこと笑顔で娘に訊いた。 「お前は、どうだ? 妖怪さんたちと一緒に住みたいか?」 「うんっ!」 きっぱりはっきり頷く美織。うげ、とろくろ首たちが引きつった声を漏らす。 『ちょ、ちょっと待ておい!? おめーこっちの話聞いてなかったのか!? 俺らはな、特にお前が――』 「ミオね〜、よーかいさんたち好きだよ!」 『きら……な、なに?』 面食らい、ろくろ首が言葉を切る。 美織はぴょこりと身体を起こし、両手で膝を叩きながら言った。 「ミオね、あたらしいお家うれしかったけど、お友だちいなくてちょっとさみしいなーって。みっちゃんも、なっちゃんも、たけくんもいないんだもん。でも、よーかいさんたちがいたから、ちっともさびしくなかったよ!」 『……お……おめぇ』 「ろくろ首さんも、首ころさんも、イツマデさんも、みぃ〜んな大好き! ミオとお友だちだよね。ねっ?」 にっこりと首を傾げる。 妖怪たちは、なにやら衝撃を受けたように無言だったが――やがて、顔を突き合わせてぼそぼそと言い合いはじめた。 『ね……ねぇねぇ。ちょっと、なんだか……』 『こ、この子、俺たち、好きって言ってる……ど、どうしよう。どうしよう』 『イツマデ……』 『ちょ、待ておまえら! だまされるな、これは違うぞ――』 『なんていい子なのかしら……! 人間にもこんな子がいたのねっ』 『感激や』 『ろくろ首をめためたにしてたのも、きっと遊んでもらえていると思って喜んだからなんでしょうねぇ』 『だから違うって! あれは絶対、玩具とかに対して言うような「大好き」だって!』 どうやら、意見が割れたようである。ろくろ首がやたらと身に染みた反対意見を述べているが、彼もなんだか態度が変わってきている。皆、根は相当に純朴らしい、妖怪たちなのだった。 が、しかし。 「何言ってるのッ! お、お、おかーさんは反対ですからねっ!?」 どもりまくりつつ怒鳴ったのは、やはり美希であった。ぐるぐる巻き付けたシーツの間から血走った目だけを出し、がたがた震えつつ妖怪たちを睨んでいる。 『うおおお……!?』 言い知れない迫力に、揃って気圧される妖怪一同。正弘が、妻の肩をぽんぽんと叩いた。 「こらこら、落ち着きなさい。これは話し合いだぞ? そう怒鳴るもんじゃない――」 「あたしだって怒鳴りたくないわよッ! あ、あなた、あなた本っ当〜に何考えてるの!? 今こそ言いますけどね、相手は妖怪よ!? 妖怪なのよ!?」 「いや、今は結構母さんの見た目も妖怪っぽいよ……」 勇弘の冷静なツッコみも効かない。妖怪巻きシーツは、合わせ目から腕を出してビシビシと妖怪たちを指さした。 「どうして一緒に暮らせたりするの!? いいえ、どうして話し合えたりするのよ!? 考えられないわ意味わからないわ、こんなことあっちゃいけないのよ!」 「落ち着けと言うんだ、美希! どうしたんだ一体? そんなこと、今更仕方ないだろう。これからを考えるための話し合いじゃないか」 「これから? ……ふざけないで、これからですって!? あなたは!」 バッとシーツを払い捨てると、美希は座り込んだまま見上げる美織を乱暴に引き寄せた。 「美織のこれからを、こんな中で迎えようと言うの!? あたしたちの娘の未来を、こんな非現実の中で育てさせようと言うの!?」 「み……美希」 「ずっとあなたはそうだった。人のことなんて何も考えないで、妖怪、幽霊、心霊写真! その調子で、美織の将来までめちゃめちゃにするつもり? 社会に受け入れられない子になるわ。当たり前よね、妖怪と住んでるんだもの! 小学校でいじめられて、中学校には行かなくなって、世間からの爪弾き者になるのよ! あなたみたいにね!」 言い放ち、美希は荒い息をついて目元を拭った。正弘は強ばった表情で、唇をかたく引き結んでいる。 ドラマとアニメと現実がごっちゃになったような訴えではあったが――確かに正弘には、言い返せない積年があるな、と勇弘はため息をついた。それに、あながち有り得ない未来ではない。自分までも置かれたこの状況下、まだ幼い美織の行く末を心配するのは、親でないと、そしておそらく美希でないとできないことなのだろうな、とも思う。 美希だからこそ、ここまで言うのだ。 「もう……ついていけないわよ。そのうちほんとに参っちゃうわ。普通の生活をさせてよ」 「母さん、あのさ――」 「離婚してちょうだい」 勇弘の呼びかけを遮り、美希は言った。 黙り込んだ正弘から目を逸らし、震える手で美織の肩を抱く。 「あなたと別れれば……実家に戻ることができるわ。土下座でもなんでもして、勇弘と美織だけでも受け入れてもらうわよ。この子たちにこんな生活をさせて、あなたは何とも思わないの!?」 「……母さん。そんなことしてもらっても、嬉しくないよ。俺も、美織も」 ずっと無言の正弘に代わって、というわけでもないが、勇弘は言った。こんなことで親が離婚するなど、色々な意味で以ての外である。第一、美織にとっても――妖怪に囲まれて暮らすこと以上に、それは将来に関わる弊害となるに違いない。 そして、重く深い沈黙が訪れた。 美希の言葉が相当効いたのか、正弘はどこか遠くを睨むようにして黙っている。美希もまた同様で、わけがわからずきょとんとしている美織のおかっぱ頭を、ただただ掌で撫で続けている。 勇弘は、長を見ていた。 もし仮に両親が離婚すれば、妹だけでなく、自分もどちらかを選んでついていかなければならない。幼い美織に選択をさせるのは酷に過ぎるが、勇弘は自選するだろう。両親もそれを望むだろうし、そうなればきっと、正弘の元に残ることになる。家もここのままだろう。しかし、たとえどこに住むにしろ、家族ばらばらだなんて耐えられない――そんなことを考えながら、ぼんやりと少女を見つめていたのは、彼女が美織を見ていたからである。 どうしてだろう、目が離せない。彼女はただ、先程まで畳の藺草を掘り起こそうとしていた指を止め、じっと美織を見ているだけなのに。その無感情な視線が、愛想ない目の色が、なぜだか無性に恋しくて――恋しい? バカな。妖怪相手に、俺はロリか!――ともかく、じっと見つめていた。 その折り、 『あ〜〜〜……よ、よう』 おずおずとしたろくろ首の声が長い沈黙を破り、勇弘も誰も彼もがハッと我に返った。 『な、なんか……大変そうだけどよ。わかんねぇけど……その……』 「ああ……いや、なに。説得しなきゃならんのが、君たちだけじゃなくなっただけさ」 力無く笑い、正弘は額に浮き出た汗を拭った。そんなに真剣に、何を考えていたのだろう? 二度ほど咳払いしてから、彼は言った。 「わからないかもしれんが、聞いてほしい。わたしは……先程、家内が言ったように、人間社会の波に乗れなかった男でね。負け組、というやつだ。実はこの家に来たのもね、逃げてきたようなものなんだよ」 『逃げて……?』 「社会から落伍し、形ある財産のほとんどを失ったわたしには、ここしか見つけられなかった。だから、少なくともわたしは、ここを出ても行くところがないんだ。……だがね」 正弘は胸を張った。ちらりと横を見、美希が一応話を聞いていることを確認して、きっぱりと言う。 「それは人間の内での理屈だ。妖怪であり、人間社会の枠組みの外にいる君たちに対して、それでどうこう言おうとは思っていない。ただ、我々は……単なる好奇心やら何やらで、ここへやってきたわけではないと。人間にも、色々事情があるのだと。それだけ、知っておいてほしい」 う、と妖怪たちが呻く。 伝えておくべきことである。自分たちの現状を、怖いもの見たさの肝試しカップルなどの遊び心と一緒にされては困る。人間社会で生きるために、こちらも必死なのだ――その縁がたまたま、妖怪の住処と重なってしまっただけで。 |