山神家と妖怪たち 4


 彼はいよいよ姿勢を正し、もう一度咳払いをした。離婚云々の話を忘れ去ってしまったかのように、表情を変えて妖怪たちに挑む。
「さて。では、君たち妖怪代表の意見に、わたしなりの回答を示させていただこうか」
『回答……?』
「まずはろくろ首さん。あんた、人間が肝試しにやってくるのが、妖怪をバカにした行為だと言ったね? それが気に入らない、と」
『お、おう』
「ならば、それはもう解決したと言っていい」
 妖怪たちがきょとんとする。勇弘も微妙に眉根を寄せた。
 彼は、何をしようとしているのだ?
『な……なんだと?』
「肝試しをやる人間は、今後二度とこの家を訪れることはない、と言っているんだよ。我々がここに住んでいる限りね」
『ど、どういうことだよ!? なんでそんなことがわかるってんだ!』
「先程も言ったように、人間は妖怪を怖いものだと考えている。そして……ここが重要なのだがね。人間は妖怪を、基本的に人気のないところに現れるものだと決めつけているのだよ。だから、我々がここに住み、ここを人家だと知らしめてやれば、やってくる人間などいはしないのだよ!」
 そりゃそーだ。
 をう、と手を打つ勇弘。確かにそれはその通りである。不法侵入になるから来ない、と人間のルールを聞かせるよりも、そういう風に言ったほうが妖怪たちにはわかりやすいはずだ。現にろくろ首は、きつねにつままれたような――と、妖怪に表すのは適切か知らないが――顔をしながらも、言い返すことなくぽかんとしている。
 だが、それをあんたが言うかね……と、勇弘は苦笑せざるを得なかった。
 さらに、正弘は二口濡れ女に目を向けた。
「君は、人間の態度が無遠慮だと言ったね?」
『う……うん』
『譲らんど』
「それについては、我々も改めよう。知らなかったとはいえ……いや。わたしは下見に来た時に、半ば君たちの存在を知っていたようなものだったな。にも関わらず、君たちに対する勝手な偏見を拭えずに、引越の挨拶もしなかったんだ。反省して、これからは君たちにも、しっかりと社交的態度を心懸けて接したいと思う」
『しゃ、しゃこうてき……?』
『どゆこっちゃ……?』
「うむ。つまりはまぁ、謝るからぼちぼち仲良くなろう、ということだな」
 なんでやねん。
 感心から一転、勇弘は気が抜けてコケそうになった。なんとも正弘らしい考え方だが、よくもまぁあっさり無茶を言えたものだ。
 つまり正弘は、妖怪たちに対していわゆる近所付き合いを――いや。ひとつ屋根の下でどうこうなのだから、それ以上のレベルで関わろうというのである。いわば、『め○ん一刻』妖怪バージョンだ。有り得なさすぎて洒落にもならない。もし美希がここで離婚どういう言い出していたら、ひょっとして勇弘は止めなかったかもしれない。
 濡れ女は、どこか不安げに眉根を寄せて、ろくろ首と顔を見合わせた。
『で、でも……そんなことって』
『人間とダチ付き合いせぇちゅーんかい』
「そう! まさしくその通りだよ。この問題を解決するには、我々が友達になればいいんだ!」
 こんな状況でも、無闇な前向きさを捨てない。
 喉の奥から漏れそうになった意味不明な呻きを、勇弘はなんとか飲み込んだ。美希もぽかんと口を開け、正弘の明るい笑顔を見つめている。
 だが、
(……あれ)
 ケンケンゴーゴー言い返す、かと思いきや、妖怪たちは妙に静かだった。それぞれ、先程の濡れ女のように、仲間たちと奇妙な目配せを交わし合っている。ひそひそと話すものたちも、正弘や美希をちらちら窺いながらで、どうもこれまでとは様子が違う。
 勇弘は小首を傾げた。一体どういうニュアンスの反応だろう? あまりにあまりな言い分に、彼らもリアクションに困っているのだろうか。
「まぁ、初めて言われただろうしな。友達になってください、なんて……」
 ぼそりと呟いた彼をちらりと一瞥してから、正弘は黙り込む妖怪たちに、また弁舌を振るいはじめた。
「あー、結局だね。諸君が抱えている、人間に対する懸念の大半は、逆に人間である我々がここに住むことによって解決することができるのだよ。ということはだ――」
 ふと、勇弘は気づいた。
 長が正弘を見ている。いまだ寝転んだまま、この話し合いにほんのカケラの興味も示していなかった縁の下の少女が、横目でじっと正弘を見つめている。勇弘は、不思議な胸騒ぎを覚えた――妖怪たちの長。無関心な長。何を思って正弘を見るのか? 何を考えてその話を聞くのか?
(何か……言う、のかな?)
 勇弘はまだ、この話し合いで自分の意志を示していない。まだ自己確認すらできていない。だが長も、どうでもいいとしか言っていないのだ。それは、本心からなのだろうか?
「――という利害問題だけで考えても、我々がここに住むことは、極めて合理的ではないかと。わたしは言いたいわけだ……どうかな」
 一通り喋り終えたらしく、正弘が話を締めくくる。
 やはり、妖怪たちは黙ったままだった――なんというか、今までにない状況である。バカみたいに騒いで睡眠を妨害していた彼らより、こっちのほうが遙かに対処しづらい。正弘も、ある種の異様な空気を感じ取ったようで、そのままじっと反応を待っている。
 なにかが違う、と勇弘は思った。
 どうして黙っているのだろう? いつも真っ先に言い返すろくろ首も、地味に暗そうな一反木綿も、思ったよりまともな濡れ女も二口も。どこか不機嫌そうに、かと思えば不安そうに、ひたすら口をつぐんでいる。言い返すネタが尽きたのだろうか――なんとなく、シャレ抜きにそんな風にも見えた。
 目目連は壁の隅で目を伏せ、枕返しも所在なげにしている。目競、首鞠、首代の首だけトリオは縦に重なり、ほいほいと順番を入れ替えて遊んでいる。妖鳥以津真天は五匹ほどが欄間に並び、右から左へ、左から右へとただただ首を巡らせていた。もはや意味すらわからない。
 元々意味なんてないのかもな、と勇弘は軽く考えてみた。
(代表は前の四人だけだし……一つ目小僧だって、最初以外何もしてないもんな。出てきてみたのはいいけれど、ってところか)
 身も蓋もないことを思った時、ふとその一つ目小僧と目が合った。顔のド真ん中にある大きな瞳が、ぱちくりと瞬かれる――意外と愛嬌ある顔だな、と思ったその時には、慌てたように目を逸らされてしまう。
 くす、と小さく口元を緩ませて――瞬間。
 勇弘は気づいた。
「……うあ」
 思わず漏れた言葉に、部屋中の妖怪が反応する。静寂の中、思いの外派手に聞こえてしまったようだ。座敷に溢れ返る魑魅魍魎が、一斉に彼に注目する。そしてそれが、結果的に確信へと繋がった。
 なぜ彼らが、このタイミングで黙ってしまったのか。
 なぜ彼らが、人間と住むことをこうまで拒否するのか。
 つまり、なぜ彼らが――人間のことが嫌いなのか。
「お前ら……まさか、ひょっとして――」
『だめだ。そんなもん、絶対に納得できねぇ』
 黙りこくっていたろくろ首が、強引に勇弘の言葉を遮る。彼が言わんとしていることを悟ったかのような、そしてそれを抑え込もうとするような、強い語気だった。
『俺たちゃ、人間が嫌いだって言ってるんだ。その人間の言うことなんて、まともに受け取れるわけねぇよ』
「?……何を言っているんだ?」
 訝しげに、正弘が問い返す。
「誰が言っているかは関係ない。今のお互いの状況を、冷静に鑑みた上での提案だろう。大体、君たちが言うところの懸案事項は、それで全て解決されるのだと言うのに」
『そ、そういう問題じゃねぇんだよ!』
「じゃあどういう問題なんだ? 遠慮はいらない、教えてくれ。こちら側の意見はもう出尽くした。反論があるなら言ってくれ。また考えて、打開策を見つけだそうじゃないか」
 うう、とろくろ首は喉の奥で唸った。周囲の妖怪たちが、はらはらと成り行きを見守っている――いけない、と勇弘は直感した。正弘はおそらく、妖怪たちの感情にまで気づいていない。気づいていないからこそ、こういう発言をするのだろう。
 しかし勇弘が考える限り、それはまったくもって逆効果だ。
 おそらく、この妖怪たちは、みんな――
『う、うるせぇーッ!!』
 突然叫んで、ろくろ首は立ち上がった。同時ににゅぃーんが首を伸び、勇弘たちを見下ろして怒鳴る。
『関係ねぇってんだよ、そんなこたぁ! とにかく嫌いだって言ってんだ。お前ら人間とは住まねぇ、住めねぇ、それ以外には何もねぇ!』
「待て、落ち着くんだろくろ首くん! それじゃあ話にならないだろう。ちゃんとわかるように――」
『うるせーって! それ以外ねぇってんだからそれ以外ねぇんだ! そうだろ、みんな!?』
 静まっていた妖怪たちも、ろくろ首の檄ににわかに沸き立ち、そうだそうだと騒ぎはじめる。突然の状況にさすがに戸惑ったのか、正弘は眉根を寄せて黙り込んだ。妖怪たちは口々に叫び、畳を踏み鳴らし、壁を叩いて気勢を上げる――まるで、彼らを押しとどめていた沈黙の堰が、一気に決壊してしまったかのようだ。
「な、なんなの……何を言、一体何を言われてるの!?」
「よーかいさん、すごーい……」
 美織を守るように抱きしめて、がたがた震えながら美希が言う。その声も聞き取りづらいほどの騒ぎようで――両隣に家がなくて良かった、などと勇弘は場違いなことを思った。