|
山神家がやってきた 3
昼間だというのに、中は薄暗かった。開け放った玄関や天窓から、夏の強い日差しが入り込んではくるものの、家中の他の部分が皆暗いのである。質の悪いヴェールに包まれているような感覚があり、勇弘は一瞬背中の母を意識した。
(やっぱ、相当古いんだな……あ〜ぁ)
ばりばりと頭を掻きながら、ともかくも玄関から目を凝らしてみる。
たたきは大きく余裕があり、遊びも広い。上がった場所は木の板が剥き出しになっており、これでもかというほど埃が積もっている。壁際の靴箱は空っぽではなく、前の住民が置いていったらしきサンダルが二足ほどしなだれていた。広間の奥行きもかなりあり、突き当たった向かいから横に階段が伸びているのが見えた。腰を屈めて眺めてみたが、二階は闇に包まれている。
ここから見渡せる範囲からしても、この家がやはり相当に大きなものであることはわかった。舞い上がる埃――先にここを通過していった者たちが巻き上げていったのだろう――に眉をひそめつつ、戸を開けたままにして進む。
「父さーん? ……ちっ。まったくいつまでもガキなんだから……」
「ちょ、ちょっとま、待ってよ〜!」
悪態をつきつつ、靴を脱いでスタスタとあがりこむ。背後の悲鳴を無視して、もう一度ぐるりと玄関フロアを見回した。ぼろぼろの壁、床、妙に綺麗な天井を順繰りに視線で撫でて、呟く。
「新居第一印象、ボロい……あと、何もない」
先程見て取った通り、折り返し階段が奧にある。その手前から、玄関の引き戸に対し平行に廊下が伸びていて、それら全ての間取りに余裕があった。本来なら衝立やら生け花やらを置くのだろう場所は、何もなく、ただがらんとしている。空虚さの増加にも一役も二役も買っているあたり、廃屋にぴったりの条件なのだろう。
見える範囲では、ドアがみっつ。廊下の手前にひとつと、逆側の壁にふたつついている。廊下もかなり長そうである……一体この家にはいくつ部屋があるんだろうか、とふと気になった。すぐに覚えることになるのだろうが、二階も合わせるとかなり多そうである。
「うわっ。床きったな〜〜〜い……靴脱がないほうがいいんじゃない、これ?」
「無茶苦茶言うなよ……確かに汚いけど」
ようやく上がってきた母に言って、もう一度見回す。ここを掃除するとなると、一体どれほど疲れるのだろうと考えた途端鬱になった。普通の掃除レベルではないだろう。床も、壁も、そして階段も――
勇弘はギョッとした。
上り、折り返した階段の上。真っ暗で何も見えないはずの空間に、いくつもの小さな白い光が――人の目のように見える、白い光が――ぱちぱちと、まばらに瞬きながら、彼をじっと見下ろしていたのだ。
「……ッ……!?」
息を呑み、一瞬己が目を疑う。驚きで視界がわずかにブレて、刹那の後に元に戻り――その時にはもう、階段の上には闇以外の何者も存在しなかった。だだっ広い板の間に棒立ちして天井近くを見つめる自分と、隣で怖々と見回している母の気配だけが残る。
(……目の、錯覚……か?)
そうとしか考えられない。しかし、言いようのない異様な雰囲気を肌で感じて、勇弘は背筋からぶるっと震えた。と、美希がやたら過剰に反応する。
「な、なに!? どうかしたのっ?」
「……え。……いや、なんでもないよ」
言わないほうがいいだろうと判断し、勇弘は首を横に振った。ただでさえ恐がりの母なのに、自分まで幽霊だなんだと騒いだら、今すぐにでも走って逃げ出しかねない。それに、今のはきっと本当に目の錯覚かなにかだったのだろう。幽霊なんて、いるわけはないのだから。
「おーい、父さーん! 美織ー! どこだ〜!?」
気を紛らそうと、どすどすと必要以上に足音を立てて歩いてみて――ギシッ、と足元に不吉な音を聞き、ぎくりとして立ち止まる。思えば、ボロい家なのである。床が抜けるなどという、最悪にしてお約束な事態はあえて考えないにしても、気を付けて歩かなければ、なにかしらマズいことになるかもしれない。
「父さ〜ん!? おーい!」
「おー。どうしたーユウー?」
ぐわたがたがた、ガキッ
突然派手な音とともに強い光が入り込み、勇弘はそちらを見やった。
廊下を少し進んだ左手側から、広い座敷になっていた。変色し、やはり埃の積もった十畳ほどの和室がふたつ続き、間の障子は見る影もなく破れ倒れている。その向こう側にも、座敷に沿って細く伸びた廊下があり、ぴったりと閉じていた雨戸を正弘が開いたところだった。
「うむ。やっぱり光が入るだけで、かなり表情が変わるなァ、この家は……」
小さく頷きながら、次々に雨戸を開けてゆく。明るくなった廊下を、どたどたと踏み鳴らしつつ美織が走り回った。
「わーい! ながい、ながぁーいっ!」
「はっはっはっ。ほら、勇弘も来てみろ。すごいぞー」
「なにがどうスゴいんだよ……ったく。父さんも美織もはしゃぎすぎだって。母さんあんなにビビってるのに」
「あら、そうでもないわよ?」
へ? と振り返ると、美希が座敷を平然と歩き回っていた。紙が半分も残っていない障子を押し開け、隣まで物色しながら、
「明るくなると、そんなどうってことないわね。結構風情があるじゃない。母さんの実家みたいよ……あらっ、床の間があるわ。すごい汚いけど。こっちの扉は何かしら……?」
「……。さっきまで、一歩進むのも大変だったクセに……」
「はっはっはっ。まぁ、ほら、ユウも来てみろ。お前、縁側なんて見たことないだろ?」
「縁側?」
眉根を開き、ともかくも座敷を横切って、父の傍へ行ってみる。正弘は、座敷から突き出た廊下に腰掛け、靴を履いてもいないのに足を庭石の上へおろしていた。隣りに立ち、なんとなく見回してみる。
それは、確かに見たこともないような空間だった。
|