山神家と妖怪たち 7


 人間たちも、妖怪たちも、虚を突かれて口を半開きにする――反応が予想通りすぎて逆に焦る。勇弘は、しどろもどろながらも一所懸命続けた。
「えっと、だから。俺たちは人間で、そっちは妖怪で……俺たちがここに来て、まだ二週間くらいしか経ってなくて。今はまだ全然、お互いのことなんて知る知らない以前の状態だろ」
「ユウ……? どういうことだ?」
「父さんだって、いくら元々妖怪マニアだったって言っても、こんな短い期間で本物の妖怪たちをどれほどわかったってわけでも……ないだろ? ないよな? そんなんで、一緒に住むとか住まないとか……話が進まなくて当然だと思う」
『つまり……何だってんだ? その、お試しとかってのは……?』
「だから、あ〜……。しばらくの間、普通に、一緒に住んでみるんだよ」
 言うだけ言ってみるか、と勇弘は心を決めた。ぽかんとしている妖怪たちに、なるべく簡潔に説明する。
「一年でも、半年でも……一ヶ月でもいい。一緒に住んで、もっとお互いのことを知って……その上で色々考えたほうが、俺たちにしてもあんたたちにしても、きっとずっといい方向に進める。……んじゃ、ないかな」
 こういうセリフを初めて言う相手は、せめて人間が良かったなァ――と、珍しくしみじみ思う勇弘であった。
 彼の言葉に、妖怪たちはしばらくぽかんとしていたが。真っ先に内容を理解したらしいろくろ首が、泡を食ったようにまた立ち上がって言った。
『な、なに言ってやんでぇ!? おま、そんなもん、言ってることは最初と変わりな――』
「まぁ、とても結構なことでございますわねぇ」
 うぐ、と言葉に詰まる。にこにこと微笑んだ鬼蜘蛛は、胸の前でそっと両手の指を合わせて言った。
「仰る通りでございますわ。あたくしたちは、あまりにお互いのことを知らなさすぎますものね……妖怪と、人間なのですもの。致し方ない事とはいえ、事がいささか尚早に過ぎるというのは、大変ごもっともでございます」
『で、でも……それは、ちょっと、なんだかぁ……』
『なんだか、おかしい。丸め込まれてる、気がする』
『結局、人間がここに住むことには変わりないってこったろ!? 納得いかねぇよ!』
 そうなんだけど、と勇弘ははがゆく思った。こう言うしかないのだ。妖怪たちを変に追い詰めないためには、事を先延ばしにするしかない。なにしろ本当に、彼ら妖怪たちのことはほとんどわからないのだから。
 ただ、悪い連中ではない。それだけは確信できる。
「ゆ……ユウちゃん。そんな悠長なこと……!」
「焦る必要なんて、最初からないだろ。それに、俺は……母さんが一番、妖怪たちのことを知るべきだと思うよ」
「え、な……なんで、そんな――」
「そうだな。ユウの言う通りだ」
 戸惑う美希に、正弘が頷く。彼はまるで、妖怪関連の書物を諳んじるかのように、すらすらと述べた。
「怖いという感情は、目に見えるものより見えないそれに対してのほうがずっと強い。つまり、未知のものほど怖く感じられる、ということだな。それは正しい精神活動だし、対象への興味がなければ怖さばかりが目立ってしまうものだが……美希、お前が妖怪たちをそうまで怖がるのも、彼らに関する知識がないからだよ。どういうものかさえわかれば、きっと怖くなくなるさ……なァ、諸君?」
 言って、妖怪たちを見回す。そこでそっちに振るのはいかがなものかとも思ったが――やはり、彼らは目を合わせようとも、応えようともしなかった。ふと、勇弘は眉根を寄せる。
(まさか父さん……わかってて……?)
 にこにこと笑顔の正弘は、美希の膝でことのほか大人しくしている美織の頭を、わしわしと撫でた。
「美織は、最初からわかってたんだよな。この妖怪さんたちが、本当は怖くもなんともないってことが」
『うぐっ……』
「……パパー」
 撫でられて、しかしきょとんとしたような表情で父を見上げ、美織が言う。
「よーかいさんたち、いじめちゃダメだよ」
「……ははは。違うよ、苛めてなんかいないぞー。妖怪さんたちとの話し合いが、ようやく解決するってだけさ。仲良くしよう、って言ってるんだよ」
「なーんだ、そうだったんだァ!」
『お、おい!』
 他を完全無視して話をまとめかけた二人に、さすがにろくろ首がツッコんだ。最初の勢いは既にないようだが、それでも正弘を睨み付けて、
『勝手に解決させてんじゃねぇ、俺たちゃそんなもんで納得しねーぞ!』
『そ、そうよそうよ、強引よ!』
『めちゃやな』
『俺たちは、ここで、俺たちだけで――』
「納得できないと言うなら」
 うぐぐぐ、とまたまとめて妖怪たちが呻く。やんわりと彼らを遮った鬼蜘蛛は、口元を手で隠して可笑しそうに笑った。
「それ相応の、理由と代案を示さなければなりませんわねぇ……先程のように、聞き分けのない野次めいた騒ぎを起こすのではなくて。どうして納得できないのか、ちゃんと説明しなくては……そうでしょう、ろくろ首?」
『ぬぬぬぬ……』
 この人――いやいや。この妖怪も、わかっているのか。
 勇弘は、ちらりと横目で鬼蜘蛛を見た。妖怪の中でも異端の、人間びいきであるらしい彼女。どうしてこうまで味方してくれるのか、さすがにいささか疑問に思ったのだ。細い目をついと勇弘に向け、彼女は緩く微笑んだ。
「元より、人間……いえ、山神の方々が仰るように、あたくしたちに損はありませんわ。どうしても気に入らない、というのなら、お試し、というそれが終わるまでに……なんらかの理由を見つければよいだけのこと」
『それは……けど、だから、むぅ……! ち、ちくしょ、あ〜〜〜もういい! 勝手にしゃーがれッ!』
『ろ、ろくろ首……!?』
 どかっとあぐらをかき、そっぽを向く。他の妖怪たちも、何を言えるでもなく、ただおろおろと顔を見合わせている。鬼蜘蛛と――あともう一人を除いては。
「話は決まったの」
 ぽつりと呟いた彼女に、ざわめく妖怪たちが一斉に静まり返った。ひょこんと身を起こし、相変わらずの眠たげな瞳で長は言う。
「決まったなら、手短に教えてほしいんだけど。全然聞いてなかったから」
『お、長……ほんと、なんてーか。いいんですけどね、もう……!』
「本当に一緒に住むかどうかを、今ここで決めるのはやめにしたんだ」
 目の幅涙を流すろくろ首を余所に、正弘が説明する。
「我々家族は、しばらくの間ここに住む。具体的には、そうだな……こちらとしては、新たに我々が他の場所へ移れる状況が整うまで、という条件は最低ほしいところだが。そこはまた、おいおい決めるとしようじゃないか。とりあえず、君たちとお互いによく知り合うことを目的としてだな――」
「あんたたち、そんなに妖怪と暮らしたいの?」
 その言葉は、ほんの少しだが、抑揚を伴っていたような気がした。不思議そうな、呆れたような、それでいてどうでもよさそうな響き。
 そのことに対して驚いたのは、人間では勇弘ただ一人だったのだろうが。正弘のセリフを遮って、長は無表情のまま続けた。
「妖怪よ。人間じゃない。犬でも猫でもなんでもない。そんなに妖怪のことを知りたいの? そんなに妖怪と暮らしたいの?」
 ――そうだよな。と、勇弘は苦笑した。
 つまりは最初から、そのことだけを言っていれば良かったのではないか。妙に賢しい交渉や、まだるっこしい条件提示。この家を媒介に、そんなことまでしなくても……ただ、そのことだけを伝えようと頑張っていれば。もっとお互い、事は簡単に運んだのかもしれない――
(って、そんなわきゃないか。そんな簡単にはいかない、って思ったからこその話し合いなんだろうしなァ)
 即座にそう思い直しながらも、彼は言った。
「暮らしたいよ」
 驚いたように一拍置いたあと、正弘も続く。
「もちろん、一緒に暮らしたい。思えば、一度も言わなかったが……わたしは元々、君たちが大好きだ」
「ミオも! よーかいさん、だ〜いすき!」
 美織も大きな声で言い、勇弘たちに向けるのと同じ、屈託のない笑顔を浮かべる。
 しばらく、沈黙が続いた。一人残っていることがわかっているので、妖怪たちも何も言わない。自然、彼女に視線が集まってゆく。
「ママ……よーかいさんたち、キライ?」
 見上げて問う美織の頭を優しく撫で、美希はやがて小さくため息をついた。
「美織を理由に……逃げようとしてただけなのかしらね、あたしは。なんだかバカらしくなってきたわ」
「美希……」
「どういう風に考えたらいいんだか。常識が当てはまらないんだもの。そのクセ、知らないことは怖いんだ、なんて言われると変に納得しちゃうし。ほんと、ろくろ首さんに共感しちゃうわよ……」
『お、うえぇ?』
 面食らったらしく、素っ頓狂な声をあげるろくろ首。彼の武家姿も既に見慣れてきて、もはや怖いとかいう方向に結びつけられもしない。
 結局、美希も妖怪たちを直視しようとはしなかったが――美織をギュッと抱きしめて、小さな声で言った。
「正直、怖いの嫌いなんだけど。あんまり怖がらせないでくれるなら、暮らしてみるのもいいかも……なんて」
 彼女にしてみれば、精一杯の勇気だったのだろう。
 また沈黙が落ちた。妖怪たちを見守る正弘と、満面の笑みで何も疑わない美織。美希は最後まで落ち着かない様子で、美織の髪を撫で続けている。しかし、気づいていないのだろう――美希も、そして妖怪たちも。こういう時の互いの行動が、驚くほど合致していることに。
 つまり、結局、そういうことなのだ。
「……だってさ」
 長は振り返った。つぃと両眉をあげ、笑顔――のように見えないこともない表情を浮かべて、妖怪たちに言う。
「良かったね?」
『良かねぇですって!!』
 時は午前一時過ぎ。
 山神家と妖怪たちの、古今東西前代未聞の話し合いは、終わった。