プロローグ


 ぽかぽかと、七月にしては柔らかい光が、辺り等しく降り注いでいる。
 開け放った窓に片肘を置き、勇弘(ゆうひろ)はぼんやりと外を眺めた。トラックの助手席は、乗用車のそれより少し視点が高く、穏やかな町並みがよく見渡せる。つい昨日まで住んでいた都会の景観とは、まったく違うとは言わないまでも――瓦屋根の家が多い、コンビニがなかなか見当たらない、うるさくない、等――やはり、異なる空気を肌で感じる。その慣れない感触にうんざりしたように、彼は小さく息をついた。実際、気分はあまり良くない。
「もうすぐ着きますからね」
 吐息に反応したというわけでもないのだろうが、隣の運転席から引越屋の制服を着た中年の男が言った。ええ、と無表情に頷いて、さらに勇弘は愛想なく続けた。
「すみませんね。色々と面倒をかけて」
「いやいや、そんなことは……わたしどもは、これが仕事ですからね」
 赤信号に、トラックが減速して停止する。勇弘は、民家のブロック塀や生け垣を視線で撫で、果たしてそれだけがこの町の雰囲気を田舎たらしめているものかどうか、一瞬だけ考えた。背の高いマンションなどはなかったが、アパートや商店街などは途中で見かけたし、実はそんな言うほどでもないのではないか――と思う。しかし口からため息が漏れるのは、ここが田舎か否かなどは、あまり大したことではないからだろう。
 初めて見る町。
 初めて来る土地。
 そして、これから向かう、まだ見ぬ家。
 何も知らない色々な事の、何ともつかない匂いを嗅いで、勇弘は瞼が下がるのを感じた。眠気ではなく、憂鬱で。
「……そういうことではなくて」
 信号が青に切り替わると同時、勇弘は呟いた。トラックを発車させながら、はい? と運転手が反応する。
 瞬間、
『あいてっ!? むぅ。発車のタイミングが分からないな。父さん頭ぶつけちゃったぞ』
『パパーっ、ミオもごん、ごんーっ!』
『ちょっとあなたっ、足踏んでるってば! 痛い痛い!』
『あ、これお前の足だったのか。パイプかと思った』
『怒るべきところよね今のは。ああもう、美織、暴れないの!』
『そんなことよりキャラメルはどこだ、キャラメルは? そろそろ食べる頃だぞ』
『わーい、キャラメル、キャラメル〜っ♪』
 座席の後ろ――間違いなく壁の向こう側から、ぎゃあぎゃあと騒がしい声が聞こえてきた。これは引越トラックなのだからして、この壁の後ろには荷物を積み込むバカでかい荷台部分しかない。
 しばし、運転席に沈黙が落ちる。勇弘はもう一度ため息をついた。
「……アホな家族でほんとごめんなさい、ってことです」
「……いえ……仕事、ですから」
 行き交う車も数少ない、のんびりとした町並みの中を、トラックはスムーズに走り抜けていった。