|
或いは作為 7
呆れつつ眺めていると、ドスン、と足元に何かが叩きつけられた。 勇弘と同じく、大きな石塊――石灯籠の部品を運んできた常円が、わざわざこちらの足元にそれを放り出したのである。別に驚くでもなく睨みつけると、むやみに不敵な笑みを浮かべてくれる。 「むぅん……むぅ、むむーむ、むぅ」 「…………。イライラするなぁ……ほんとにイライラするなぁ。何なんだよ、なんでむぅしか喋らないんだよ……?」 「昔からそうなの。それより、手と足を動かしなさい」 「うぅ、ちくしょお……なんで俺がこんな目に……!」 これもバイトの一環よ、などと呟いて、また茶をすする彼女。内々だのなんだのと言う割には、人使いの荒いことである。 ここは寺院のちょうど裏手側。トラックに積み込まれた部品を降ろし、組み立てる作業をなぜか手伝わされていたのだ。建物を囲む他の部分と違って、植木も何もない殺風景な広場である。やはりコンクリートでできた壁の向こうには、ごくごく普通の人家が建っている――こんなところに物を置いて、一体どうしようというのか。 「ふぬぬぬぬ、ぬっ……どっせぇいッ!」 ごと、と自分の背の高さほどもある切り子灯籠を組み立てて、勇弘は膝に両手をついた。顎を汗が滴り落ちてゆく。まったくもって、予定外の労働であることだ。 「むぅ、むむうぅむ。むぅむぅ、うむぅ」 「これしきのことで値を上げるとは、まだまだなっとらんな、若造」 「んな台詞だけ律儀に訳すなよ……もうこれで終わりだろ。帰るぞ、俺」 襟元をパタつかせて風を送り込みながら、一時間の成果を見回す。 十メートルほどの間隔で設置された、五基の石灯籠。直線に並んでいるのではなく、互いに釣り合う角度をもって――つまりは、正五角形の頂点の位置に据えられている。宗教的な雰囲気がなんとなく漂ってはいたが、緊張感も何もありはしなかった。とことこと近付いてきた緋梨が、また眠たげな顔で灯籠を見上げているからだろう。流れる空気がほんわかしている。 「まぁ、お疲れ様ね。おじいちゃん一人だったら、もっと時間かかってただろうし。それじゃこれ、今のバイト代」 「ああ……って、なんだこりゃ」 「現物支給」 「ふざけんなー!?」 おどろおどろしいのたくり文字が踊る、お札ならぬ御札を突き返す。あろうことか、彼女は不審げに眉をひそめた。 「なぁに……不服なの? 役立つと思うのに」 「何にだ! 家の壁にでも貼っとけってか!?」 「ええ」 「うわあ」 なにかおかしい? と小首を傾げる緋梨。 視線が淀むのを自覚しつつ、勇弘は改めて御札を見やった。ぴらぴらと風に揺れる、いまいち手触りに覚えがない薄紙。こんなものが、本当にあの脳天気な妖怪たちに効くのかどうかには少し興味があったが、 「こんなのもらったって、仕方ないんだけど……」 「……がめつい男ね。そんなにお金がほしいの? 人としてちょっとなってないんじゃない?」 「重労働の代価を御札にしようってほうが全然なってねーだろ!? うちは貧乏なの、割と必死なの! 何度も言わせんなこんなこと!」 もはや開き直りに近い訴えだったが、緋梨は聞く耳持たないようだった。くいっと茶をあおって湯呑みを常円に渡し、さらに数枚の御札を取り出す。束ねたそれに額に近づけ、目を閉じてぷつぷつとなにやら呟いた。すべては聞き取れなかったが、奇々怪々な呪文というよりは、何かに祈っているような神妙な雰囲気である。 関係ないので帰ろうとすると、横手から錫杖が突き出された。きらめく金具が眼前で踊る――きつく眉根を寄せるが、常円は表情も変えずに睨み返してきた。 「むぅぅぅ。むぅ、うむむむむ、むぅ」 「……これだけは言わないでおこうと思ってたんだけど。翻訳こんにゃくとかないか?」 「まだ帰っちゃダメよ。終わってないんだから」 振り向くと、緋梨は五個の石灯籠すべてに、ぺたぺたと御札を貼り付けていた。なにやら勇弘を手招いているが、到底近寄る気にはなれない。 じりじりと、緋梨とも常円とも違う方向へ後ずさりながら、彼は半眼で呟いた。 「なんだ……何なんだ。これ以上また何をさせようってんだ……?」 「大したことじゃないわよ。そこの真ん中に立って頂戴」 どうということもなさそうな口調で、灯籠でできたサークルの中央を指さす。 「……まんなか?」 「そう。真ん中。できるだけ力を抜いてね」 「……ちからを?」 「そう。脱力。自然体でってことね」 「……怪しすぎるぞ」 「そう。怪し……なんですって?」 ぴく、と眉をひそめる緋梨。 正直なところを言ったまでである。ただでさえそれっぽい配置であるのに、その中央にしかも脱力して立てとは。具体的には思い浮かばないものの、およそ望ましくない方向に想像が固定されて当然だ。 彼の内心を察したのか、緋梨はフフンと鼻で微笑った。 「怖いの?」 「……は?」 「怖いのか、って訊いてるの。石でできた置物に、墨で文字を書いた紙を貼っている、それだけよ? その真ん中に立つことが、どうしてそんなに怖いのかしら」 挑発しているのはすぐにわかった。口調は小馬鹿にしているものの、揶揄とは違う意思が見え見えである――しかし本人、そんなことはわかっているのだろう。第三者のいない挑発など、なんの意味もないことも。 つまり、一体何なのだ? 「何がしたいんだ……お前。理由を言えよ。そこに立ったら、何かあるのか?」 「ヤクザの存在理由を知ってる?」 「……………………。……はあ〜……?」 思わず長々と沈黙し、挙げ句に間の抜けた声をあげてしまう。 何を言うかと思えば――質問に質問で返した上に、まったく完全に関係がない。どうしていきなりヤクザの、しかも存在理由など聞く必要があるのか。はぐらかしているつもりなら、あまり頭のいい方法ではなかった。 「お前なぁ……人バカにするのもいい加減にしろって。確かにバイトするとは言ったけど、俺は別に――」 「知ってるの? 知らないの?」 「だから何が!」 「ヤクザって、イメージ悪いわよね。暴力を振るう。人を騙す。お金や権力のために命を奪う。すべて本当の、そして最低のことよ。わたしたち一般市民にとって、迷惑極まりない存在ね……なのにどうして、彼らは存在し続けているのかしら。わかる?」 「…………。わからないけど。それがなんか関係あるのか?」 もちろん関係あるのだろう。こうまで言われれば雰囲気でわかる。むしろこれで何にも関係なかったら、それこそ一戦交えねばならないだろう。イライラもそろそろ頂点である。 しかし一体、何にどう関係あるのか――いつのまにか笑みが鳴りを潜めている、緋梨の目を睨んでもわからない。 彼女はごそごそとポケットを探り、何か小さな物を取り出した。 「極悪。凶悪。最悪。巨悪。色んな言い方があるけれど、ヤクザという社会悪を言い表すのに適しているのは、果たしてどんな言葉なのかしら」 「……極悪じゃねーの」 「極道だから? ふっ、洒落たとこあるじゃない……笑っちゃったから、正解にしてあげる。おじいちゃん、ちょっと封筒取ってきて頂戴」 「随分適当だなおい……」 真面目な話なのかどうなのか。質問の真意がどこにあるのか、一層わからなくなってくる。 緋梨はまた小さく笑って、石灯籠のひとつに身をもたせかけた。 「必要悪、って聞いたことあるかしら」 「まぁ……言葉くらいは」 「例えばの話。この世からヤクザやマフィア、ギャングの類が一人残らず一掃されたとして、犯罪発生数は減るかしら? 率じゃない、単純な数だとしても、減少してくれると思う?」 「……何が聞きたいんだ?」 「もちろん答えだけど、別にいいわ。ノーよ。たとえこの世の地下組織すべてを駆逐しきったとしても、犯罪はなくならない。きっと減りもしない」 どうしてだ、と勇弘は問わなかったが、彼女は喋るのをやめなかった。 ポケットから取り出したのは財布だったらしく、常円が持ってきた小さな封筒に、一枚一枚小銭を入れていく。 「少し物を知っている人は、ヤクザという元締め的存在が有象無象の悪人かぶれを抑圧している、と言うでしょうね。それは間違っていないわ、ヤクザは必要悪。でもヤクザは極悪。これも間違っていない」 「どっちなんだよ……」 「そう言うってことは、あなたも必要悪を必要と思ってる人間なのね」 ちゃりん、と小銭の落ちる音が響く。 一瞬何を言われたのかわからず、勇弘はそのまま聞き返した。 「必要悪を、必要……と? ……って、当たり前じゃねーか。必要だから必要悪なんだろ」 「なにが当たり前なの? 悪が必要なわけないじゃない、普通に考えてみなさいよ。悪人の数が減れば減るほど、この世は平和になっていく。それこそ当たり前のことでしょう? あなただって、必要悪だとか呼ばれているものに自分や知人が傷つけられたら、怒るんじゃないの。処断したくなるでしょう」 「……そりゃ……まぁ。でも……」 「本当はみんな、そう思ってる。悪を壊滅させたいと思ってる。だけどどうすることもできない。わたしから先が、悪なのか――」 小柄な割には長い指で自分を示し、そのまま勇弘を指す。 「――あなたから先が、悪なのか。その判断が絶対に、絶対につけられないから、処断することはできない。完全な悪が存在しないように、完全な善も存在しないの……でもね、わかる? 必要悪って言葉があっても、必要善なんて言葉はないのよ」 「……わかんねぇよ。さっぱりわかんねぇ」 「焦れないでよ。善は必要で当たり前。だけど悪は、善による調節の下に存在しているんだって言ってるの。つまり」 ちゃりん とまた小銭を落とし、緋梨は封筒の口を閉じた。何度か折って封をし、場違いにも思える微笑を浮かべて言う。 「すべての悪人は、生かしてもらっているの。日本はその調整がことさらに下手くそだけど、成功不成功に関わらず、法治国家の基本理念よ。ヤクザも、そのひとつ……調節のためにたまたま生かされている、必要な悪。それがヤクザの存在理由」 と、いうような理論を、滑らかに―― まったくお子様な、ほよよん系中学生ビジュアルでもって宣言された場合。普通はぽかんとして、あんぐり口を開け、しばし無言で見つめた後「え?」と聞き返すのが基本的な反応だろう。勇弘もその例に漏れなかった。一体何を言っているんだこいつは。 |