彼女の真意 2


 毎度毎度のマシンガントークに圧され、こちらから聞くことがなかったとはいえ、こうまで背景が見えてこないのもおかしな話である。
(うちの事情を話したわけでもないのに、やたらと都合が良すぎるしな……なんだかんだで、こいつの差し入れにものすごく助けられてたんだってことは、ここ数日でよ〜〜〜くわかった)
 食卓の寂しくなり方がちょっとやそっとではなかったために、勇弘としてもそこのところは重々ありがたいと思っているのである。月が変わって、電気代やら水道代やらを支払うためにいざ貯金をはじめたら、山神家の生活は途端にギリギリ綱渡り状態に舞い戻ってしまったのだ。どの程度の額になるかわからないため、以前のマンションと同じ感覚で貯めているからだと父は言っていた――そうしておくのが賢明だと、わかっているが故に反対はしなかったが、やはり現実はあまりにも厳しい。
 しっかり者の母もやはり、ほとんど慣習と化してしまった遠峰家からの差し入れを、なかば盲信的に期待していたのだろう。夕飯が梅干しとみそ汁だけだった時には、夫婦仲良く『昭和枯れすすき』を合唱していた。いかにもなさくらと一郎である。勇弘も加わろうかと思ったくらいだが、色々な意味で美織が不憫すぎ、ぐっと涙を堪えたものだ。
(けど、まぁ……もうそういう問題でもないよな)
 ぽりぽりと、いつの間にやら袋を開けておかきをかじっている円に、彼はそれなりに意を決して言った。
「なぁ、遠峰。もうその……こっちの質問をはぐらかすとか、そういうのはやめにしないか。いい加減教えてくれ。なんでこんなことするんだ?」
「んだからぁ、別に特別なことしてないって! お隣さんとして、当然の――」
「話す気がないなら、もう来ないでくれ」
 ぴた、と彼女が動きを止めた。明るい笑顔をきょとんとさせて、じっと見つめてくる。
 出所不明の罪悪感に襲われ、勇弘は思わず目を逸らした。これも日本人の性分なのだろうか――こういう顔をされてしまうと、反射的に前言撤回したくなる。世話になっている側であるという自覚だけはありまくるので、やはりどうにもやりにくかった。
「こんなこと言うのは……ほんと、立場違いだと思ってるけど。これ以上差し入れはいらないから。父さんがどうこうじゃなくて、うちにいらない。今までの分も、すぐには無理だけど、何らかの形で返していくつもりだから」
 そのうち言わねばならなかったことだが、しかしどうして自分ばかりが毎度毎度こんな役回りなのだ、と胸中密かに嘆きまくる。遠慮から拒否への明確な移行――ともすれば、必要以上にマイナスに受け取られかねない。こういう場面が得意な人間もそうそういないだろうが、自分は特に苦手なのである。元々、口が上手いほうでもない。感情の機微にも、正直聡くない。
 しかしそれでも、ほんの一瞬。
 円が奇妙な表情を見せたのを、勇弘は見逃さなかった。
 長いまつげが儚げに伏せられ、口元がわずかに引き締まる。視線はこちらの足元周辺。手にした麦藁帽が所在なげに揺れた――それは一見、好意を突き返されてしょんぼりうなだれている、という様子に受け取れなくもない。だが、顔色だろうか、雰囲気だろうか。
 勇弘にはどうも、『予測していた事態がついに現実になってしまったがさてさてどうしてくれようか』と考えを巡らせている――そんな風に、彼女が見えた。
(な、なんだ……?)
 なんとなく嫌な予感がして押し黙っていると、円はすぐに元の笑顔を浮かべて言った。
「えっと……あははは、参ったなぁ。そんなにこだわらなくてもいいのに」
「……こだわるっつーか、普通は気にするだろ。差し入れに一体いくらかかってんだよ? 悪いけど、もうこっちとしては、負い目が増えていくだけなんだ」
「うんうん。じゃ、遊びに行こっか、勇弘くん」
 一瞬どころか、二瞬三瞬ほども反応できなかった。
「……は?」
 と間の抜けた声を漏らす勇弘の隣を、彼女はとことこと通り抜けていった。玄関の戸をカラリと開けられた時点で、ようやく我に返って止めに入る。
「お、おい!? 何やってんだよ。てゆーか遊びにって、何なんだいきなり?」
「やっだ、前から言ってたじゃなーい。今度は街の北の方を案内してあげるって! こーんにーちは〜、すいませぇーん」
「いや、だからな!? 人の話聞いてろっての、はぐらかすなって言ってるだろ!」
「はぐらかしてないよ。教えてあげる」
 なに、と意表を突かれ、円の腕を掴んだまま動きを止めた。彼女は、にんまりと――それまでとは質の違う、裏ありげな笑みを浮かべて続ける。
「デートしてくれたら、教えてあげるよ。差し入れ持ってきてた理由。それならいいでしょ?」
「……あ、ああ……まぁ」
「まっ、遠峰さん! あらあら、どうもどうもいつもお世話になって」
 奥から出てきた美希が、エプロンを畳みながらぺこぺこと愛想良くお辞儀した。
 山神家で最も、というか唯一世間に従順な母である。遠峰家からの謎めいた使者に対しても、実に日本人的な恐縮をもって接することを常としている。円もそれを察しているのだろう、ころっと態度を翻して頭を下げた。
「いいえぇおばさま、こちらこそ勇弘くんにはいつも仲良くしてもらってます! 今日もこれからデートに誘っちゃったんですけど、よろしかったですかぁ?」
「あらっ、まぁまぁ! デートだなんて、ええそれはもちろん!」
「おいコラ母さん!?」
「なにがおいコラよ、んもう憎いわねユウちゃんったら! いいわ、お小遣いをあげましょう。たまには遊んでらっしゃい」
 滅多に緩めない財布から野口を取り出し、にこにこと押しつけてくる美希に、勇弘は露骨な呆れ顔を返した。妖怪にはワーキャーとうるさく反応するくせに、円にはこうまで外面良く立ち回れるというのもおかしな話である――いや、普通はこれで良いのだろうか。意味不明のレベルからすれば、どちらも似たようなものなのだが。
(なんて考える俺がおかしいのかもね、ひょっとしたら……)
 げんなりと思う彼の手を引き、円は門の外を指さした。
「ほら、行こ? あ、おばさま、そこのリヤカー差し入れですから! 勇弘くんにはまた拒否られちゃいましたけど、どうぞ受け取ってください〜」
「まぁまぁ、ほんと、いつもいつもお世話になってばかりで……。……リヤカー?」
「そのまま遠峰家に返しといてくれ!」
 なんとかそうとだけ言い置いて、勇弘は円に引きずられていった。