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彼女の真意 3
遠峰円という少女に関して、勇弘は偏った情報しかもっておらず、それらを総合すると彼女は『変人』ということになる。 プロフィールに関しては前述の通り、斜向かいに住む女子高生であるということ以外何も知らない。彼女個人に対して苛立っている、というわけでは少なくともないので、どうということはないのだが。 中肉で、女子にしては上背がある――部活の合宿と言っていたし、何かスポーツでもやっているのだろう。すらりと引き締まった体付きは、しかし泥臭さをまるで感じさせない、女性的な丸みも併せ持っている。顔立ちもすっきりと整っており、思春期男子のアコガレの的となる要素は十分に備えているように思えた。 無論勇弘とて、男子の類である。有り体に言って、可愛い女の子からお誘いを受けて不愉快に思うほど朴念仁ではない。 だが、 「特に……なんもないな」 ぐるーりと周囲を見回して、勇弘はオレンジジュースを一口飲んだ。 閑静な住宅街が、ざらついたアスファルト道を挟んで飽きもせず延々と伸びている。うだるような真昼の暑さに促されるように、ゆっくりと灼かれる町並みを見やる――都会と違って統一性のない、しかし落ち着いた外観の家々が、ぴったりと閉ざした間口を並べていた。瓦屋根の和風建築が目立つが、パッと見で思うのはそれだけだ。これほど静かだと、住みやすいのか住みづらいのか、そんな見当すらつけにくい。道幅が中途半端なので、大きな車は持てなさそうだ、くらいか。 照り返しが強い所為だろうか、自宅にいるより暑く感じる。どうも気が重いな、と胸中で呟き、勇弘はこっそりため息をついた。それが聞こえたわけでもないだろうが、斜め前をゆく円が振り返る。 「あたしたちの住んでる辺りから、家しかなくなってくるからね。でもここ、一応通学路なんだよ」 「そうなのか」 「小学校のだけどね。あたしたまにここ通るけど、結構大変だよ〜? 自転車通学だからもぉ、群れ居る小学生を避けて避けて避けて――」 アクエリアスの缶を片手に熱弁をふるう。今更どうとは言わないが、本当によく喋る少女である。遅刻寸前時のデッドヒートに関するテクニック秘話を聞いて流しながら、勇弘はふと背後を振り返った。 どこまでも続く、灼けた道。四つ辻、分かれ道などは幾度か通ったが、大きな道路とは一度も交差していない。どこで鳴いているのかも判然としない蝉の声に混ざって、子供のはしゃぐ声が遠く聞こえてくる。公園でもあるのだろう、と適当にあたりをつけ、彼は気にせず前を向いた――刺すような視線を背中に感じた気がしたのだが、考えてみればこういう場所である。いくら人気がないとはいえ、誰にも見られないほうがおかしい。 くっ、とジュースを飲み干す。いまだべらべらと、登校の邪魔をする小学生軍団をいかに平和的に壊滅させるかについて熱く語っている円に言った。 「それはそうと、ここはどこなんだ? でもって、どこに向かってるんだ?」 「ここは上鷺社町だよ。高校への近道を教えとこうかなぁって思って。あ、ほら、そこの路地だよ。かなり刺激的に狭いんだけど、とあるルートを全速で辿ると、なんと通常の半分の時間で学校に行けちゃうの! スゴくない!?」 「いや、ま……うん、スゴいな。スゴいけど、つまり学校に向かってるのか? 上鷺社高校?」 なぜか返答まで少し間があった。見ると、彼女はにんまりと――またしても意味ありげな笑みを浮かべて、うんうんと頷く。 「そうだよ。嫌? どこか行きたいところある?」 「……いや、別に、ないけど……なんか、今の顔見てものすごく、行きたいところを考えたくはなってきた」 「えぇ〜、なにそれ? おかしな勇弘くん。くすくす」 実際に『くすくす』と発音してのことだったので、勇弘は思わず本気でたじろいだ。確実に、彼女は何かを企んでいる。これまでの漠然とした差し入れ攻撃などではなく、おそらくもっと具体的なことを。だが、それが何なのかまったく予測できない。一体自分をどうしようというのか? 上鷺社の高校に、何か罠でも仕掛けてあるのだろうか? ありうる――判断は迅速だった。湧き上がる危機感をどうにかしようと、過去に例を見ないほどの速度で頭が回転する。どうにかして、彼女の気を逸らさなければ。 「あ〜〜〜……えー、そ、そうだ。実はちょっと、甘い物が食べたいなーとか思ってたんだよ俺確か。この辺りに、ケーキ……いやいや、えーと、なんだ。ダンゴ屋とかは――」 「あっ……?」 甘味の話題を思いついたものの、手持ちの金でケーキ屋は無理と喋る途中で気づいたが故の苦し紛れだったのだが。円は、きょとんとしてこちらを見た。いや違う、自分の肩越しに何かを見ている。 振り向いて、勇弘はギョッとした。 相変わらず人通りのない、陽炎揺らぐ道の端。ひっそりと立つ郵便ポストの影に、真っ黒いオーラがぼうっとわだかまっていた。明らかにそこだけ、雰囲気というか空気の流れがまるで違う。二、三秒ほども凝視してやっと、そこにいるのが人間であると確信に至るような具合だった。 しかもなんだか、見覚えがある――肩までのふんわりした黒髪に、垂れ目気味の大きな双眸。モノクロカラーのファッションに、数珠を模した感じのビーズのネックレス。よどんだような仄暗い視線を、じぃっと勇弘たちに注いでいる。 「お……お前は」 自然、声が引きつる。ずるり、という擬音を当てはめたくなるような感じで、少女――随分と小柄だが、その異様さも手伝ってか、どことなく大人びた雰囲気を漂わせている――がポストの後ろから歩み出てきた。しかしそれ以上近づいてはこず、どんよりした視線にキッと力を込める。 「まったく……油断も隙もないわね。早くも隣人を籠絡するなんて」 「は……はぁ?」 「それが手口と知ってはいたけど、こんなに白昼堂々と。今更恥を説くつもりもないけど、さすがは外道といったところかしら」 ほよよんとした感じの造作にそぐわず、滑舌鋭く罵るモノクロ少女。確か、安藤緋梨とかいう名前だったはずだ。つい先日山神家に殴り込み、美織と妖怪の反撃を受けて退却していったデンジャーなコンビの片割れである。もう片方の破戒、いや破壊坊主は、今は一緒にいないようだが。 外道呼ばわりされて沈黙する勇弘に、彼女はまた一歩近づいて言った。 「でも、わたしに見られたのが運の尽きだったわね。その子を一体どうするつもり? 屋敷に連れ込んでエサにでもする気かしら」 「……また、何を――」 「外道とは言ってくれるじゃない!?」 と、なぜか円が話に割って入った。眉間に縦ジワを寄せ、勇弘の前に出て緋梨を睨みつける。 「籠絡なんてしてないわよ、人聞きの悪いこと言わないでくれます!? あたしは正規の手段を使って、彼を手に入れるつもりなんだから!」 「へ……?」 「連れ込むとか、何考えてんの!? 相変わらず考えが根暗ですねぇ。あなたが興味を持つだろうとは思ってたけど、こっちがびっくりよ、こんなに早くだなんて!」 「……。何を勘違いしてるのか知らないけど」 あまりに突然怒り狂った彼女に、しかし緋梨は腕を組み、冷静な様子で対峙した。 「わたしが外道と言ったのは、そっちの彼に対してよ、遠峰さん。わたしはあなたを外道とは思ってないわ? バカだとは思ってるけど、ね」 「むぐっ……!?」 真正面からバカ呼ばわりされ、円が怒りに言葉を詰まらせる。 展開にまったくついていけず、勇弘は目を白黒させた。どうやらお互い知り合いらしい、ということはわかるが、一体何を喋っているのか皆目見当もつかない。しかもなんだか仲悪げである――話の焦点は自分なのかなとも思うが、『外道』だの『手に入れる』だのといった物騒な単語が出てくる理由が、やはりさっぱりわからない。 道路を挟んで向かい合う彼女らを、ギラギラと夏の日差しが彩る。ぶろろろろ、と酒屋の軽トラが間を走り抜け、排気ガスと微風を残していった。刺々しい雰囲気に圧されて、勇弘は一歩二歩後ずさる。 「どうして、安藤先輩がこんなところにいるんです?」 再び口火を切ったのは、円だった。細い眉を片方だけ吊り上げ、見るからに不機嫌な笑みを浮かべている。 「学校へでも行くんですか? あの怪しげな部活動、夏休みにもあるんです? てゆーかいきなり何なんですか、籠絡とか外道とかエサとか。この上もなく失礼でしょ!」 「わたしはむしろ、あなたの為を思って言ったつもりなんだけれど」 相変わらずのマシンガン話法でまくしたてる彼女に対し、緋梨は静かに一息だけを返す。なんというか、色々な意味で水と油であるらしい。 (てゆーか……先輩、だって?) 勇弘はわずかに眉根を寄せて、睨み合う二人を交互に見やった。先輩、とはもちろん、学校においての関係なのだろうが――どう見ても円のほうが年上に見える。はつらつとした美貌が長身に映える彼女に対し、緋梨はどちらかというと、中学生ぐらいに相応と思えるような可愛らしさをもっているのだ。 というか、円の先輩ということは、とりもなおさず自分より年上ということになる。にわかには信じられなかったが、そんな疑問を差し挟める空気ではなかった。 「は? あたしの為ってどういう意味ですか。あーやーいいです答えなくていいです、どぉ〜せまた変な誤解してるんでしょ! それにほんとにあたしの為を思うなら、この人には関わらないでください!」 「彼はあなたが思っているより、遙かに危険な存在よ。見過ごすわけにはいかないわ」 「危険? はッ。なぁーにをまた、意味わかんないことを! 勇弘くんのどこが危険なのよ、本人目の前にしてよく言えるわね!? この平和そうな顔! やる気無い表情! 奇をてらわない黒髪! どこに危険な要素があるって言うの!?」 「おい」 さすがに一言ツッコむものの、まるで取り合ってもらえない。円は細いウェストに両手をあて、威嚇するように顎を反らして言った。 「とにかく! こちらの行動に口出しするのはやめてもらいます。部室を異世界に乗っ取られた所為で、ただでさえ存続が危ういんだから!」 「待ちなさい、遠峰さん。言うことを聞いて、彼に近づいてはダメよ! いくらおバカとはいえ、自分から巻き込まれるのはあまりに愚かだわ――」 「ま、またバカって言ったわねぇ!? ふんっ、愚かで結構、メリケン粉ー! 安藤先輩にどう思われようが、今更なんとも思いませんよ〜、っだ! 行こ、勇弘くん!」 がしっと勇弘の手を掴み、踵を返して足早に歩き出す。何を言うでもなく引きずっていかれながら、彼は緋梨を振り向いた。 彼女はネックレスを取り外し、数珠よろしく(というか本当に数珠なのだろう)柏手に構えて、ぶつぶつとなにやら呟いていた。その仄暗い視線は、円ではなく――真っ直ぐ自分に向いている。 理不尽である。 「お……俺、何もしてねぇのに……!」 「何やってんの勇弘くん! いいから早く、見ちゃいけません!」 なんだかなーといったビジュアルを呈しつつ、二人はその場を離れていった。 |