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美希と鳴屋 7
そんな勇弘を力強く引っ張り、お得意のマシンガントークを途切れさせることなく、円は付近一帯を案内して回った。商店街の裏道や、近くで一番まともな本屋。ローカルな駄菓子屋に、下鷺社駅前周辺などなど。 結果、勇弘は自らが住むここ土森市が、ツチモリ市ではなくドモリ市と読むことを初めて知った。山神家がある場所は中鷺社という町名であり、道ひとつ隔てた円の屋敷は上鷺社町に位置するということも同様だ。 ずっと空いていたパズルの一部が、ようやく埋まってくれたような、ほっとする心地が確かにあった。よって、「次は北のほうだね!」と笑顔で次回予告してくれた円にも、彼は強い拒否を示せなかったのである。 「いや、感謝するべき、なんだろうけどなァ……なんかでも、どうにもほんとに……」 ぶつぶつ言いながら、玄関の戸を開ける。途端、奧からなにやら怒鳴り声が聞こえてきた。 『知らねぇってばよ、そんなこたぁ! たとえ知ってても、教えてやる義理なんざねぇや!』 特徴ある、ぶっきらぼうなアクセント。眉根を寄せながら座敷に向かうと、果たしてそこにはろくろ首がいた。相も変わらぬ武家姿で、うねりんうねりんと首を伸ばし、正弘を威嚇している様子である。 しかしまったく意に介さず、あぐらをかいた正弘は、ひょいと肩をすくめて言った。 「そうツンケンしないでくれたまえ。別に今回は、君たちに何かお説教しようとか、人間と妖怪について説こうとか、そういうつもりではないと言っているだろう? ただお礼が言いたいだけなんだよ」 『だから、いらねぇっつってんだよ! なんで妖怪が人間にお礼されなきゃなんねんだ、バカバカしい!』 「ただいま。……何やってんの、父さん?」 お、と正弘が振り返る。彼の膝に座っていた美織が、おにーちゃーん、と飛び降りて走ってきた。なぜか、額がぽっこりと腫れている。 「? お前、どうしたんだこのタンコブ……?」 「いや、実はなァ勇弘。今日どうやら、美織が危なかったところを、鳴屋に助けてもらったらしくてな」 は? といった風に勇弘は顔をしかめた。端的な説明なのはいいが、危なかったとはどういうことだろう。にへー、と笑って足にまとわりつく美織の、このコブが何か関係するのだろうか。 首を傾げる彼に、詳しい事情は後で説明するが、と正弘は話を続けた。 「助けてもらったんだから、こりゃ当然鳴屋にお礼を言わねばと思う次第なんだが……居場所を訊いても教えてくれないんだよ、彼がまたこれがまた小股ガニ股」 『はん、冗談じゃねぇや。勘違いすんなって言ってんだろ、おっさんよォ』 天井すれすれにまで頭を持ち上げ、傲然と見下ろして言うろくろ首。しかしその目は、やはり微妙に正弘を直視していない。本当に、相変わらずのようだ。 『俺たちゃ妖怪だ。居場所はこの屋敷全部だ、どこでもだ! てめーらが住んでることにしたって、鬼蜘蛛のクソアマに無理強いされたようなもんなんだからな。間違っても、仲良しこよしだ〜なんて思うんじゃねぇぞ!?』 「……そうは言うがね」 呟き、正弘は縁側に目をやった。いつの間にやら勇弘から離れ、美織が笑顔でそこに座っている。彼女の前には、妖しの小鳥――人面鳥以津真天が、五羽ほど横一列に並んでいた。 美織は人差し指を立て、指揮棒に見立ててテンポよく振りつつ、身体を揺らして唄いはじめる。 「♪かーえーるーのーうーたーがぁ〜 はいっ」 『♪カーエールーノーウーターガ〜 キーコーエーテークールーョ〜』 『♪カーエールーノーウーターガ〜』 『♪カーエールーノー』 『♪カーエールー――』 右に左に首をぴょこぴょこ。実に見事な輪唱である。 ろくろ首はおろか、勇弘までもが半眼になってその光景を眺めていた。正弘が一人、満足そうに何度もうんうんと頷く。 「ほら。仲良しこよし」 『にゃろう……即行裏切りやがって……』 「仲良しっつーか……なんつーか、何なんだろマジで」 カエルの歌からウサギと亀へ移行する合唱隊から目を逸らし、とにかく、とろくろ首は仕切り直した。 『鳴屋がどういうつもりか知らねぇが、どうしてもってんなら野郎に直接どうこうすりゃいいだろ。これだけは言っとくが、俺ぁ連中ほど甘くねぇかんな! 気安く考えてくれるねぃ!』 バッと跳び上がり、天井の染みに紛れて消える。ぽかんとそれを見送っていると、隠れていたらしい美希が続きの座敷から這い出て来た。珍しいことに巻きシーツではない。以津真天たちと戯れる娘を、どこか諦めたような目で見やりつつ、言う。 「ほ、ほらぁ……土台、妖怪に妖怪の居場所を聞こうなんて、無理な話だったのよ」 「何を言うんだ。こういうコミュニケーションの積み重ねこそが、少しずつ溝を埋めていくんじゃないか。あとちょっとだ、うむ、あとちょっとだ」 至極機嫌よさげな正弘に、ため息をつく美希。 一体何が起こっていたのか、さっぱり把握できないまま、しかし勇弘もため息をついた。あの話し合いを経て、しばらくこの場所で暮らしていけると安堵しはしたが、やはりつつがなくとはいかないようである。三日目にしてこの騒動とは、まったく先が思いやられる。 しかし、 「妖怪の居場所……か」 「勇弘、何ぼ〜っとしてるんだ? メシの前に障子を張り替えてしまうから、こっち来て手伝え」 「はいよ」 状況を問うのも面倒くさい。今は腹の具合のほうが気になる。 何がどうあれ、結局は、今日も平和ということらしかった。 |