|
妖怪ヶ島 5
さて。 「♪あっるっこー! あっるっこー! わぁっしはー、げーんきぃ〜!」 桃太郎のはずであるのになぜかトトロを熱唱しつつ、美織は階段を下りていった。途中しばしば、何の脈絡もなく「でやあー」と吠えてハタキを振りかぶり、ぺちぺちと手すりを叩いたりしているが、それにも特に意味はないのだろう。 真面目な顔でホコリを取っている――ようにしか見えない――弱冠八歳の桃太郎に、一つ目小僧は短い首を傾げた。この人間のしようとしていることが、いまいちわからないというか、見えてこない。絵本の内容は聞いていたが、物語る美織が中途半端であったため、桃太郎とはいわゆる人間の英雄か何かかしらん、などと適当にあたりをつけていた。 『でも、妖怪を倒したら英雄だ、なんて……よくわからないですね、人間って』 『当然でしょ。人間なんだから』 トットッと、器用に階段を下りながら猫叉が答えた。しなやかに体をくねらせて、細い猫目をぱちぱちと瞬く。 『わかろうするほうがおかしいでしょうよ。すむ世界が違うんだから』 『いや、でも、最近僕思うんですよ。この人たちがやってきてから……人間にも、随分色々な種類があるんだなぁって』 「うりゃー!」 何が楽しいのか、美織は階段手すりの先端を、ハタキで執拗に攻め立てている。以津真天たちは手すりに留まり、叩かれるたびにぴょこぴょこ飛び上がる、という実に意味不明な連携を成り立たせていた。大きな目玉でぼんやりと眺めつつ、一つ目小僧は続ける。 『これまで、人間と関わるのがこわ――い、いえ。その、気に入らなくて、ずっと追い出してきましたけど。今はちょっとだけ、鬼蜘蛛さんの気持ちもわかるかなー、なんて』 『……まぁ、そうね。そうかもね』 『猫叉さんは、どうしてこんなことに付き合ってるんです?』 問うと、猫叉は歩みを止め、考え込んだようだった。二股にわかれた黒い尻尾が、海藻のようにゆらゆらと揺れる。修行だぁー、などと叫びながら板の間で以津真天を追い回す少女を見やって、存外あっさりと口を開いた。 『この子が、一番相手するの面白いじゃない』 『……それだけですか?』 『もちろん』 毛のない頭をぽりぽりとかいて、小僧は改めて少女を眺めた。ちょうど、小鳥の一羽をハタキで見事にヒッティングしたところである。やっていてヒドいと思わないのだろうか――まぁ、打たれた以津真天がケラケラ笑いつつ、くるーりくるーりと飛んでいるので、もはや口出し無用というところなのだろうが。 と、 『おい、一つ目!』 突然、ずるっと天井から生首が振ってきた。いや、よく見ると生首ではない――首はまだしっかり繋がっているが、そのまま伸びてだらーんと垂れ下がっているのだ。異常というのもバカらしいくらい長い。根本のほうを見上げてみたが、天井板を突き抜けていて、むしろ直接生えているようなビジュアルになっている。そうする意味がわからない。 ともあれ。いきなり現れた妖怪ろくろ首は、チョンマゲ頭の細面ににやりと笑みを浮かべて言った。 『おもしれぇことになってんぜ――って、なんだお前。なに遊んでんだ? 猫叉も』 『いや、なにと聞かれると、返事に困るんですけど……』 「あーっ!」 嬉しげな声に何を感じたのか、ビクッとろくろ首が震える。真っ直ぐに彼を指さし、ハタキを構えたまま美織が叫んだ。 「オニだ!」 『は? お、おい。何を――』 「首のながいオニだー! やっつけろ、とつげきぃーっ!」 どどどどど、と駆け寄ってきて、めったやたらにハタキを振り回す。下手に宙ぶらりんなろくろ首は、抵抗もできずにビシバシと打ち据えられた。 『な、おま、い、おうっ!? 何しやがるッ!?』 「くらえーっ、この、この! お宝をよこせー!」 『はぁ!? また何言ってやがんだこのガキ。あいてっ、てめ、以津真天!? いよいよ裏切りやがったかこんにゃろ!?』 かーっ、と歯をむき出して威嚇するものの、意に介する美織ではない。以津真天たちにも盛大につつかれ、彼は這々の体(表現に難あり)で上空に退避した。天井にお面が貼り付いたような、間の抜けた外観に成り下がって、忌々しげに呻く。 『あ、相変わらず、信じられねぇガキだ……! なんだってんだ、一体』 『あんたも苦労ね、結構……』 猫叉がしみじみと呟くが、とりあえず誰も気に留めなかった。 「わるいオニめー! 逃げるとはひきょうだぞ、おりてたたかえー!」 『くそぅ、わけわかんねぇ……なに、鬼だと? 鬼ならそっちの書斎にいるじゃねぇか』 顎をしゃくって、玄関ホールのドアのひとつを示す。おーっ? と美織が気を逸らした隙に、一つ目小僧は言った。 『それで、何なんです? 面白いことって』 『お、おお。いやほれ、だいぶ前にだな、見るからに危なげな人間が二人来ただろ? こいつらが来る前によ』 『危なげな……?』 『ああ……あの、やたら古風なじいさんと娘ね。珍しく、鬼蜘蛛に追い返されてた』 そうそう、とろくろ首がうなづく。美織が以津真天特攻隊を引き連れ、書斎に突撃していったのを確認してから、するりと再び首を降ろしてきて、 『あのじいさんにゃ、俺も妖刀汰流垂をへし折られてっからよ。意趣返ししてやろうかと思ったんだが……あいつら、どうも山神の連中とは知り合いじゃないみてぇでな』 『そりゃ、人間もたくさんいるでしょうから……みんながみんな知り合いだとは、限らないと思いますけど』 『まぁ、だからよ。面白ぇんだってほんと。おめーらもあんなガキかまってねぇで、見物したらどうだ? 中庭にいるぜ』 言うだけ言って、彼は天井裏に消えていった。 首が生えていた辺りをなんとなく眺めなて、ぱちくりとひとつしかないまぶたを瞬く。登場十秒で叩きのめされた割には、随分と機嫌良さげだったが――何があったのだろうか。 すとっ、と軽い音を立て、猫叉が階段から跳び降りた。長い尻尾をピンと立て、美織が開けっ放しにしたドアへと歩いていく。一つ目小僧もその後へ続き、ほんの少し緊張しながら部屋の中へ入った。 書斎の真ん中に、美織がぽかんと突っ立っていた。肩や頭に以津真天を留まらせ、斜め上を見上げている。彼女の前に立った背の高い人影は、気遣うようにしゃがみ込んで口を開いた。 「ですから、美織様の仰るような……左様、人を襲う恐ろしい鬼などは、この屋敷にはおりませんのですよ。外のことは、あたくしもよく存じませんけれども」 「ふぅーん……そうなんだぁ」 『鬼蜘蛛さん?』 和服姿のその女は、首を傾げるようにしてこちらを見た。 まっすぐな黒髪を長く伸ばした、美しい女性である――が、ぼんやりとした冴えない表情や、中途半端に生気を失った半眼などが、一種異様な雰囲気を醸し出している。ぴく、と引きつるように口の端を持ち上げる微笑い方が彼女の挨拶だと知らなければ、きっとそれだけで大方の人間は逃げ出してしまうことだろう。なんとなく、羨ましいよなぁ、と一つ目は思った。 「おや。一つ目に……北城ではありませんか。いかがしました?」 『いや、別に――』 『その名で呼ぶなと言ってるでしょう』 尻尾を弓なりにくねらせ、猫叉がツンと澄ましたように言う。妖怪鬼蜘蛛はわずかに笑みを深め、美織のおでこをよしよしと撫でてから立ち上がった。 「そうでしたわね。いつも忘れてしまうわ……けれど、北城の妖猫。悪い名ではないと、あたくしは思うのに」 『……ふん』 『あ、あの……ろくろ首が、なんか、言ってたんですけど。面白いことがどうのこうのって』 言うと、鬼蜘蛛は少しの間もおかず、あらあらと呟いた。何に対してのことかもわからないが、すすっと移動する彼女についていく。 「面白いかどうかは、わからないけれど……興味深いことなら、勇弘様が」 「おにーちゃん?」 縁側に続くドアの手前、わずかなスペースになぜか正座して、鬼蜘蛛は美織に頷いた。内向きの扉をわずかに開き、片手で優雅に外を示す。 「覗いてごらんなさい?」 『…………』 ビジュアル的に、なんだかなぁといった空気が発生したが――迷いなく隙間を覗いた美織を先頭に、ぞろぞろと並んでよく晴れた外を見やる。 そして、 「……あぁ〜〜〜っ!?」 美織が叫び、思いっきりドアを引き開けた。 |