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第一話−2
四角い空間は、水を打ったように静まりかえっていた。
豪勢で、広大で、とにかく巨大な広間である。恐ろしく高い天井からは豪奢なシャンデリアがぶら下がり、縦横の広がりを対比的に理解させてくれる。
どこか、圧迫的な空気であった。
「……え……」
レイリーは、ゆっくりと息を吐き出した。いつのまにか床に落ちていた視線を無理矢理に引き上げるが、揺れ動くそれはなかなか定まりを得てくれず、広間のあちこちをふらついた。どうにも落ち着かない。自分が動揺しはじめていることを、頭のどこかで自覚する。
敷き詰められた、濃い緑の絨毯。その上にさらに敷かれた長い緋色の絨毯の上に、彼女は膝をついていた。幅広の絨毯の両側から離れ、広間の壁にほど近い辺りに、紫色の制服姿が数十人ほども並んでいる。王城特別警衛隊――ラノーと呼ばれる守備兵たちが、この謁見の間を守備しているのだ。
謁見の間。つまりそう、ここは国の中心部――ルーディア王城、リルクアナ城内である。そして紫の衛兵たち、ラノーが護っているのも、正確を期せばこの場ではなく、ここの主なのだ。
「も……もう一度」
レイリーは、震える声を押し出した。揺れる視線を、正面に向ける。
緋色の絨毯の向く先にある、一段高くなったステージ。低い階段をあがったところで絨毯は途切れており、あたかもその向こう側とこちら側の空気の差違を、そこできっちりと分けているようであった。途切れた先にあるのは、ひとつの椅子と、それに座った壮齢の男性。
無論、ただの椅子でも男でもない。
「もう一度仰せ下さい、王! ドルナダ王!」
沈黙に堪りかね、レイリーは叫ぶように言った。その場の厳粛な圧力に、己が身が押し潰されてしまうような気がする。緋い絨毯の向こう――玉座に悠然と腰掛けたこの国の王、ドルナダ・ライディオス=ウォー・ルーディア四世を睨むようにして、彼女は唾を飲み込んだ。これから、喉が渇くような気がする。
レイリーの訴えに応え、国王はわずかに身動ぎした。
「うむ……」
黒々とした顎髭に、彫りの深い顔立ち。引き締まった表情が、真っ直ぐな威厳を漂わせている。建国百四十余年、デリソナン大陸屈指の大国、ルーディア王国のドルナダ王は、その重みある視線をレイリーに据えた。
「ならば、もう一度言おう。
レイリー=ホイロッサ。加えてマイク=F=ロイケン、フィリガル=メルロイド。以上三名を、我が国の宮中菓子職人から解任、地位を剥奪する。そう言ったのだ」
深く落ち着いた玉音。先程とまったく変わらない響きが耳を打ち、レイリーは愕然とした。
宮中菓子職人を解任する。
二度まで口にされて、ようやく自分が何を宣告されているのか把握する。その言葉の意味を、頭より先に、凍りつく背筋が理解した。
「か……解、任……?」
「解任って、え〜っと……それはそのつまり、なにかな。あ〜」
背後から声。振り返るまでもなく、彼女の後ろに同じく膝をついているフィリガルの声だ。拍子抜けした、芯も力もない調子の、独り言のようではあったが。
「解任は解任なんだからして、つまりそれは着任の逆なわけで、だからその、ええと……クビ? ってこと?」
「うむ」
聞こえていたらしいドルナダ王が、至極あっさりと頷く。分かりやすい表現を受け、レイリーは、改めて目の前が真っ白になった。
解任。クビ。
つまりそれは――フィリガルの言う通り、着任の逆なわけで。クビ、ということは。
「な……なんで!? なぜですッ!?」
思わずその場に立ち上がり、レイリーは叫んだ。麻のように、どころではなく乱れた心を落ち着ける術もなく、ただ両手を強く握りしめる。
「どうして、そんな……どうしてです、ドルナダ王!? 突然解任だなんて、まったく、わ、わけが……わかりません!」
「これから説明する、ホイロッサ。しばしそのまま待て」
ドルナダはそうとだけ答え、身を揺すって玉座に座り直した。何も言えなくなったレイリーの背後で、小さな吐息と僅かな衣擦れの音――謁見中の非礼も忘れて振り返ると、後ろにいたマイク、フィリガルの二人が、彼女と同様立ち上がっていた。
「まぁ、何かおかしいなとは……思ったよ」
いつもへらへらと軽薄な表情を苦々しく歪め、フィリガルは呟いた。白を基調とした、儀礼用の落ち着いた衣服に着替えているが、意地でも外さない真っ黒なマントが、やはり全体の雰囲気を見事にぶち壊している。そのマントを片手で払って、彼は小さく首を左右に振った。
「謁見に入った時からね。どうもいつもと様子が違うなァ、って……」
「だな。普段なら、俺らが何にも言わないうちから『今度はどこへ行ってきた』とか、『目当ての食材は手に入ったのか』とか、絶対黙っちゃいないはずの王様が、今日に限って大人しかったもんな」
頷くマイクも、フィリガルと同じような儀礼服を身につけている。彼がまともな格好をしている分、フィリガルの異様さが引き立っている感じではあったが、とりあえずレイリーは何も言わなかった。何かを言いたい気分でも、言える状態でもなかったからだが。
レイリーたちが、フェルギオラ市内からリルクアナ城に入ったのは、ほんの三十分ほど前のことである。長旅から帰ると、まずドルナダ王に目通りして旅の報告をするのが通例となっていたのだが――今回は、城に入る折りに門番から「謁見の間へ行くように」と伝えられたのだ。普段と違う流れに、妙な胸騒ぎを感じてはいたのだが。
まさかこんな事態になってしまうとは。
「しかし、一体全体、こりゃどういうわけだろな……? 突然解任だ、なんてよ」
「……わからないけど……冗談とかじゃ、なさそうよね」
呻くように言うマイクに、レイリーは首を横に振って玉座に視線を戻した。ドルナダ王は、傍らに控えていた初老の侍従を近くに呼んで、頷きながらなにやら話している。こちらを見てもいないが、その雰囲気からは戯れの一欠片も窺えない。
(……落ち着け。とにかく、落ち着くのよ)
レイリーは、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。王都に帰ってきて早々、突然の解任通告――何らかの理由がないわけはない。とくと説明してもらおうじゃないか。
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