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第一話−7
しばし、沈黙が落ちる。ドアが小さく揺れ、やがて静止し、カツカツと響く宮中調理師の足音がすぐに消え去っても、誰も喋らない。ダグラスが紅茶をすする音が、三回ほども響いて――ようやく。
「……レイリー」
いまだ立ったままのフィリガルが、テーブルに両手をついて言った。目を向けると、彼はゆっくりをレイリーのほうを向き、にっこりと軽薄な笑みを浮かべて、
「お皿かなんか、割っていい?」
「ダメ」
「えええええええ」
駄々をこねる子供のように、彼はバシバシとテーブルを叩いた。ドアを指さして言う。
「だって、だって何だよあいつ!? 何だっていうんだよ!? 一体何しに来たんだ? ボクらがいなかったら、ここで何するつもりだったんだ! ああもう、これはお皿一枚じゃ足りないよレイリー。君と五回はキスしなきゃこのイライラは収まらない!」
「あたしも今、かなりムカついてるから――」
レイリーは至極静やかに、じっとりとした目でフィリガルを睨んだ。
「それ以上くだらないこと言ったら、あんたの頭を割ル」
「うわあ。レイリーがいつにも増して過激だよ……」
「しかし、なかなかはっきり言ってくれたよなァ」
うんうんと、なにやら感心したようにマイクが言う。リックの出ていったほうを眺めやりながら、
「自分の言いたいことをよくまとめてた感じがするな。意見がストレートに理解できた。練習でもしてたのかね……まぁ、だからってありがとうとも言えないけど」
「言えるわけないでしょ!? 何考えてンのよマイク! あん〜〜〜だけ人のことバカにしくさってくれるやつ、久々に見たわ!」
「確かに、彼はけしからんな」
そう言ったのは、紅茶のカップを静かに皿に戻したダグラスだった。
いつものにやにや笑いも浮かべない一言に、騒ぐレイリーやフィリガルも一瞬静まり返る。彼は、何かを確認するように頷いて、ティーポットから紅茶を注いだ。
「ダグラス……」
「何がけしからんって、いくら楽しく傍観者してたとは言え、この俺の存在を最初から最後まで無視してくれたのがけしからん。まったくもって。挨拶のひとつくらいしろってんだ」
「……。ああ、そうかい」
脱力して呻くフィリガル。レイリーは大きくため息をついた。テーブルに肘をついて指を組み、その下で頭を抱える。うう〜、と喉が怪しげに鳴った。
「ああ、ああもう、ちっくしょ〜〜〜……なんであんなヤツに、ああまで言われなきゃなんないの? もう、なんか、ああっ……あ、あー! キーッ!」
「痛い痛い痛いよレイリー! もっと!」
「落ち着けよ、レイリー」
立ち上がり、ぽかぽかとフィリガルを殴りはじめたレイリーを、マイクが止める。彼はどっしりと椅子に座り直し、ぱちくりともしない糸目を彼女に向けた。
「とりあえず、あちらさんの言い分とその理由は、これで理解できたじゃねーか。俺たちを菓子職人と認めない、とまぁ直球できたもんだ……どうする?」
「決まってるでしょ!?」
憤然と言って、彼女は厨房の隅に足を向けた。積み上げてあった荷物――今回の旅に持っていっていた荷物を探り、一抱えほどの皮袋をひとつ引っぱり出す。
どん、とテーブルの上にそれを置いて、レイリーは言った。
「いい食材がなきゃ! 何もできないんだ、って。だから菓子職人じゃない、って、つまりそう言ったんでしょ、あいつは!?」
「まぁ、そうだな。……っと……?」
頷いて、マイクはふと首を巡らした。続く言葉を呑み込んで、レイリーもドアに目を向ける。そちらから、小さな足音が聞こえてきた――と思った次の瞬間。勢い良くドアが開け放たれた。押しても引いても開く作りのドアが、左右同時に弾かれたようにこちら側に開く。
そして、一人の少女が息せき切って駆け込んできた。
「……はァッ……はァ……あ」
呼吸も荒く室内を見回し、ぽかんとする一同から、はたとレイリーに視線を留める。
「……レイリー」
「おっと。これはっておわっ!?」
立ち上がろうとしたマイクを豪快に突き飛ばし、少女はレイリーに駆け寄るやいなや、がばっと抱きついて叫んだ。
「レイリー! ごめんなさい……ごめんなさいっ!」
「エ、エリナ姫……! ちょ、ど、どうしたんです?」
反射的に抱き留めてから驚くレイリーの首にしがみついたまま、彼女は可憐なかんばせをあげた。艶やかに流れる栗色の長髪と、父親と同じ紫色の瞳が同時に揺れる。
この国の王たる者の娘。エルキナ・ライディオス=リー・ルーディア王女は、再びレイリーの肩に顔を埋めて泣きだした。
「ごめんなさいっ、ごめんなさい、レイリー! あたくしが悪いのです。謝ります、ごめんなさい、ごめんなさいレイリー!」
「ちょっと、お、落ち着いてください、エリナ姫! あの、なか、泣かないで。ねっ?」
「う〜む、相変わらず元気なお姫様だな……」
のほほんと紅茶のカップを舐めながら言うダグラス。そちらには反応もせず、レイリーはしゃくりあげるエリナの肩に優しく触れた。それでも泣きやみそうにないので、頭を撫でたり、背中をぽんぽん叩いたりと、色々チャレンジする。
彼女――エルキナ、愛称をエリナという姫君とレイリーたちは、付き合いこそ長くないものの、身分を超えて浅からぬ関係にある。昨年盛大に執り行われた、彼女の御年十八の生誕祭に、レイリーたちは祝いの菓子を上納した。それによってルーディア王国の菓子職人となったのだ。
城勤めがはじまってからというもの、彼女は毎日のように厨房を訪れては作りたての菓子を食べ、楽しそうにフィリガルたちと遊び、レイリーを姉のように慕っている。実に仲の良い、お友達状態なのである。
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