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第二話−2
コーネはため息をついて、首を小さく横に振った。
「彼の技術には……素晴らしいものがある。ホイロッサさん、彼は君たちが長く戦ってきたのと同じように、長く菓子を作っていたんだよ。その経験を侮ってはいけない」
「……あの。リックは、その、前の店でもお菓子を?」
「そうだよ。彼は一人で、菓子部の全てを任されていた。一緒にやりたがる者がいなかった、という理由も少なからず、だろうけどね」
コーネは、唇の端を引いて苦笑した。思慮深げな視線を、厨房に巡らせる。
「リックは、ずっと一人でやってきたんだ……君たちに彼の技術を吸収してもらいたい反面、わたしは、彼に仲間を持たせてやりたかったんだがね。それがこんなことに――」
「きゃ〜〜〜っ。とっても美味しいですわっ♪」
歓声に振り返る。フィリガルが、潰した苺をエリナに食べさせているようだった。俺にもよこせとしゃしゃり出るダグラスに、仕事しやがれと怒鳴るマイク。賑やかなことこの上ない。
(まったく、こいつらは……!)
やれやれと頭を掻くレイリーに、調理師長は微笑を浮かべた。
「ははは。やはり元気だな、君たちは……」
「バカばっかりで、困ります。……あたしもその一人ですけど」
なお笑みを深めて、コーネはドアに手を掛けた。
「ともかく、すまなかった。事態の責任はわたしにもあるんだ。今、なんとかリックの説得を試みている。それに菓子は専門ではないが、いつでも力になるから……なにかあったら、言いに来なさい」
「あ、はいっ……ありがとうございます!」
恐縮して言うと、コーネは会釈して厨房を出ていった。
ふう、と息をつく――なんともはや。確かにこの時期、宮中とはいえ招くには急だなと思っていたが、そんな事情もあったとは。
(確かに、好かれてそーな性格じゃないわよね……)
刹那、回想する。
傭兵として生きた時代。決して昔のことではない、それは彼女のこれまでの人生の大半を占めた事柄なのである。
四年前、このルーディア王国と隣国ジルミナが争った時。八ヶ月続いたその大規模な戦争で、最大の決戦と言われるデリウス・ゲリーナ戦役――両国の総力を結集した戦において、彼女らはルーディア側の傭兵として戦い、そして名を広めた。彼女たちを知らない傭兵や軍関係者は、いないと言っても過言ではないだろう。
十五の時から、実質五年足らずの間、各地の戦場を駆け回ってきたレイリー。その頃からもう、菓子職人に憧れていた。稼いだ金を全て充て、菓子屋に頼み込んだりして少しずつ知識を増やしていき、そして昨年。この国で、ようやく認められたと思った。
しかし。彼女がそれにかけたモノより遙かに多くの時間を、あのリックは菓子に費やしてきたというのか。レイリーが弓を引いている間、彼は苺を飾っていたのか。返り血にまみれて空を見上げた時、柔らかなスポンジにナイフを入れていたのか。
それを思うと、まず出所不明の悔しさが半分、継いで妬ましさと不安が、次々に胸中から涌いてくる。そんなヤツに、果たして自分たちは勝てるのだろうか? こんな方法でがむしゃらに頑張っていても、相手の経験がそれほどならば、ひょっとして――
(ううん……ダメ。余計なこと考えるの、やめよ)
首を横に振って、彼女は一瞬の回想から戻った。傭兵として生きた過去はどうでもいい。今自分たちは、菓子職人としての腕で勝負しようとしているのだから。大丈夫、とびっきり美味しいお菓子を作ればいいんだ。それで全てOK。きっと間違っていない。
踵を返して作業に戻ろうとした時、席を立った薬物学者とすれ違って、レイリーは振り返った。
「あれ? ダグラス、どこ行くの? これから焼くよ?」
問うと、彼は振り向き、ひょいと肩をすくめる。
「焼き上がるまでには戻ってくるさ。作っといてくれ」
「作っといてくれ、って……あんたのために作ってんじゃないのよ、わかってる?」
「へいへい」
ひらひらと片手を振って、彼は厨房を出ていった。どことなく急ぎ足で。
「……なによ、あいつ」
小首を傾げつつも、レイリーは調理に戻っていった。
それからというもの、宮中菓子職人専用厨房は、上を下への大騒ぎが続いた。てんやわんやの連続である。毎日食材が運び込まれ、怒鳴り声と悲鳴と軽薄な声が絶え間なく響き渡る。
曰く、
「いやぁ〜っ!? バターが、バターが〜!?」
「どうかしたか、レイリー?」
「冷静に訊かないで!?」
「はっはっは、どうかしたのかい、レイリー♪」
「軽薄に訊かないでー!」
曰く、
「誰よ、食材に紛れてレパリアなんか買ってきたのは!? 観葉植物じゃない!」
「いやー、厨房が華やぐかと思ったんだけどねぇ、あっはっはっ」
「やっぱりお前かい」
「得体の知れない衝動買いをするなーッ!」
曰く、
「レイリー! 特別ルートで、イービル産の特選苺を五百箱ほど仕入れてきましたわ〜!」
「おおっ、こ〜れはスゴいねぇ」
「うむ。まさしく壮観だな」
「うふふふ。たっぷり使ってくださいませね♪」
「……ごめんなさい。そんなに使いません……」
曰く、
「ちょっと、なんでこのスポンジこんなゴワゴワなの!? マイク!?」
「うげっ……おいおい、明らかに混ぜが足りないよ、これは」
「う〜む、なんかどんどんミスが初歩的になってくるなァ」
「しみじみしてないで反省しなさいよッ!?」
とまぁ、ことほど左様に騒々しく。
彼らは日夜食材と格闘し、調理器具と奮戦し、広いが狭い厨房の中で大立ち回りを演じ続けたのである――が。
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