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第二話−3
特訓がはじまって、しばらく経った日の朝早く。
「えう〜〜〜〜〜……」
レイリーは厨房のテーブルに突っ伏し、情けない声をあげていた。こてんと右耳を下にした眼前には、小皿に乗った食べかけのケーキがある。苺と生クリームをふんだんに使った、シンプルなケーキ。
突っ伏したままフォークでそれをつつき、はふ、と息をつく。テーブルに頬を押しつけて、冷たい木の感触を味わいながら、情けない声第二弾を漏らした。
「うに〜〜〜〜〜、も〜〜〜食びれないよォ……んぷ。あううう……」
「まぁ……昨夜はいつにも増してよく作ったし、よく食べたからな……」
ずりずりと頭の角度を変えて、視線をあげる。テーブルの向かい側に座ったマイクは、気の抜けたぼーっとした表情で口を開けていた。元来糸目であるが故に、こういう顔をすると間抜けさも人一倍である。面白いが、こちらにも笑う気力などはなかった。
突然、肩の辺りに手を掛けられて、レイリーは頭をあげた。
「まーまー。ちょっと休憩しようじゃないか。のんびりいこう、のんびり」
「のんびりなんて……ん、言ってられないでしょ。はふわわ……」
上体を起こしたのはいいものの、大きなあくびをカマした口を手で隠す。背後に立ったフィリガルは、くすりと微笑って彼女の肩を揉みほぐしはじめた。男にしてはしなやかな指で、ゆっくりと凝りを和らげてくれる。
しばらく、彼らは無言であった。柱にかけられた砂時計の、サラサラ落ちるあるやなしやの音が、よどんだような空気をかき回すでもなく、ただ流れてゆく。
そして――
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんッ!!
盛大な爆発音に、三人揃って床に転がった。がたーんと椅子が倒れ、厨房のドアもびりびりと震える。何度も何度もエコーしてから、ゆっくりと大音響は消えていった。
「……なっ……なに……!?」
「うわ、びっくりした……。なに、って、レイリー。決まってるだろ?」
のろのろと身を起こし、フィリガルが言う。彼はぱんぱんと服をはたいて、ドアに向かった。マイクと顔を見合わせ、ため息をついてその後に続く。
実際、音の出所はすぐに見当がついた。
厨房を出て、更衣室のドアがある短い廊下を歩く。T字路を右に曲がって、真っ直ぐいった突き当たりの扉――軽く押すか引くかすれば開く厨房のドアと違って、どっしりと重たげな鉄の扉が彼らを出迎えた。なぜか、蝶番の間や天井の隙間から、もくもくと煙が立っている。
「……やっぱり」
フィリガルは呆れたように呟いて、ドアノブに手を掛けた。何度かがちゃつかせ、舌打ちする。
「中から鍵がかかってるよ。あのバカ……」
「いや、たぶん掛けろって頼まれたんだよ。前、鍵掛けてなくてドアごと通行人吹っ飛ばしたことあったらしいぜ」
「ったく。何やってんだか……」
たたずみ呟く三人の元に、どかどかと足音が近づいてきた。振り向くと、廊下を数人の兵士が小走りにやってくる。紫色の特別制服姿――ラノーである。なぜか全員、つるはしと大きなスコップを手にしている。
「や。ご苦労さん」
「これは宮中菓子職人様方……失礼いたします。申し訳ありません、少々離れてください」
彼らは慌ただしく礼を示すと、つるはしでガンガンとドアをどつきまくり、鍵を壊して開けてしまった。中に踏み込み、視線を巡らす。
「小隊長殿、これは……?」
「う〜む、この爆発具合だと……あの辺りに埋まってるはずだ。よし、掘り起こせ!」
『はっ!』
すぐさま行動を開始するラノー。彼らの背中越しに、レイリーたちもその部屋の中を覗き込んだ。
規律正しくきびきびとしたラノーの動きと対照的に、室内はカオスであった。見る限り全てが真っ黒に焦げているか煤に覆われており、どれがどれやら判別できない。辛うじてテーブルっぽい何か(中央に穴が開いているが)や、辛うじて椅子らしき何か(前の脚が両方吹き飛んでいるが)などがなんとか分かるくらいである。
「うーわー。また派手にやったなァ……」
「ほんとねぇ」
完全に呆れた声で同意し、レイリーはドアの上の小さなプレートを見た。
『薬物特別実験室』
と書かれたそれの横には、紙が一枚張り付けられており、汚い字で『びっくりするとかなり危険につきノックするべからず』と記されている。一体どうしろというのだろう。
(やれやれ……)
瓦礫の山と化している室内に踏み込んだラノー隊員たちは、慣れすら感じさせる手際でガシガシと床を掘り起こしていた。いや、床に見えるその盛り上がった部分は、実は瓦礫の集合体であったらしく、次々取り除かれて下から何かが――白っぽい物体が見えてくる。
「いたぞ!」
「小隊長殿、救急箱の用意は――」
「ああ、たぶん必要ない。いいから早く掘り起こして差し上げろ」
かなりめちゃくちゃな会話である。思わずレイリーたちは顔を見合わせた。
それから一分とかからず、瓦礫の下から一人の男が掘り出されてきた。彼はひとつ咳き込み、信じられないことにその場に立ち上がって大きく伸びをする。
「いや〜、失敗失敗。ん、毎度苦労をかけるね、ラノーの諸君」
「いえ。これも職務ですから。ようし、一旦引き上げるぞ!」
すぐに片づけを寄越しますので、と言い置いて、ラノーの面々が去ってゆく。つるはしだのスコップだの、およそ王警隊の名に似つかわしくない道具を肩に担いで。
とろんとした両目でそれを見送ってから、レイリーは振り向いた。
「……ダグラス。あんた、何やってンの?」
「おう、これはこれは菓子職人の諸君。御機嫌よう。いやお早うかな」
にやりと笑む、その男――多少の埃はかぶっているものの、なぜか外傷含め汚れがまったくない。真っ白な衣の上から白衣、おまけに白マントまで着込んだ変態薬物学者、ダグラス=デオールドは、その場でわざわざ気取ったポーズをとってから口を開いた。
「知ってるぜ。昨夜は徹夜だったんだろ? 俺もなんだよなこれがまた。久々に実験しててさ〜、ちょっと失敗したらこの有様だ。いや参った参った」
『……あ、そ』
「おお? おお! そうだそうだ、お前らと言えばなんだアレだえーとどれだ?」
わけのわからないことを口走りつつ、真っ黒な部屋をかき分けるダグラス。半眼で観察していると、彼は自分が埋まっていた辺りから、ずるずると大きな茶色い袋を引っ張りだした。口を開けて中を確認し、再びの笑顔。
「わお! すごい奇跡だ。中身は無事だぜおい、良かったなァ! いやほんと」
『……だから、何やってんの?』
ハモったそれぞれの声に力はなく、故にそのツッコみにも力はなかった。
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