第二話−5


 ダグラスはレイリーに目を向けて、たった今食べ終わった皿を示した。
「これ、十分旨いじゃないか。さっきは何を弱気になってたんだ?」
「ああ、うん……なんてーか。無意味な気がしてさ」
 んっ、と両腕を前に伸ばし、レイリーは言った。さっきから黙っているマイクが余った苺を食べているのを見、手を伸ばして箱ごとひとつ取る。
「無意味?」
「うん。コーネさんも言ってたけど、あいつ……リック。あたしらより何倍も、何十倍も時間かけて、お菓子作ってきたんだよね。そんなの相手に、たかだか一ヶ月くらい専念して特訓したからって、どうにかなるもんなのかな、って」
 その考えは、結局どうしても頭から離れなかったのである。
 キャリアの差を埋めるには、相手よりも努力して、より多くのキャリアを身に着けるしかない。その常識に鑑みた場合、たった一ヶ月でどれほどのことができるというのだろうか? 要領の悪い、ただのあがきになってはいまいか。
 相手の菓子を食べていない、というのも不安を招く要素になっていた。ドルナダ王が認め、コーネ調理師長が目を付けていたほどの才能の持ち主。一体どんなものを作るのか? それに自分たちが対抗できる術はあるのか?
 結局、何もわからないまま、手探りでやるしかないのだ。それに強い見通しの暗さを感じているが故に、ふと漏れた弱音だったのかもしれない。シャクリと苺を囓るが、疲れの所為か、あまり美味くなかった。
「……なんだ」
 紅茶を飲み干し、ダグラスは息をついてレイリーを見た。それまでの面白がるような光がなりを潜め、微妙に不愉快げな色が瞳に浮いている。
「そんなこと、百も承知でやってるんじゃなかったのか?」
「……え?」
「そうそう。分が悪いのは百も承知」
 フィリガルがレイリーの背後に立ち、また彼女の肩を揉みながら言った。
「それでもこの土俵で戦って、勝ちを得ることに意味があるんだよ。変態の君にわかるかなァ、ダグラスくん――」
「いや。そういうことじゃないだろ」
 きっぱりと否定され、フィリガルの両手が止まった。振り向くように見上げると、驚いたというか、きょとんとした顔でダグラスを見ている。その視線を追うようにして、レイリーもダグラスに目をやった。
「……どういうこと? 何が言いたいの、ダグラス」
「俺としちゃ、お前らが一応のけじめつけてやってたもんと思ってたんだが……なんかわかってないみたいだな。徹夜しすぎて脳がマヒったか?」
「あんたに言われたくないわよ」
 ムッときて言い返す。ダグラスは、お馴染みのにやにや笑いを復活させることもせず、言った。
「お前ら、今分が悪いっつったな。なんでだ?」
「え。……それは、もちろん。リックとあたしらの経験差を考えれば、当然そうなるでしょ?」
「なるほどな。確かに、経験の面じゃそうだろう、お前の言う通り年季が違う。で、他は? お前らが有利な点もあるだろ?」
 有利な点?
 レイリーは眉をひそめた。自分たちが、リックに対して有利な点。そんなもの、あるのだろうか? 彼が菓子を作っている間も、長く傭兵として活動してきた、自分たちに――


 傭兵に、お菓子なんて……作れるもんか


(うわ、ヤなシーン思い出したし……)
 微妙に頬を引きつらせながら、レイリーは首を横に振った。
「そんなの……ないわよ。ありっこないじゃん」
「ある。食材だ」
 自信たっぷりに断言され――レイリーは、きょとんとした。
 食材。今確かに、ダグラスは食材と言った。食材が、自分たちがリックに対して有利な点。それはつまり、リックが自分たちに罵声として向けた言葉と同じではないのか?
 何を言っているんだ、彼は?
「食材……ってお前。そりゃ、バイ・ビー・ハニーとか、ナータリオの砂糖とか……?」
「ああ、そうだ」
「……何言ってんのよ!?」
 マイクの言葉に頷くダグラス。どこか余裕ぶった彼に、わけがわからない苛立ちをつのらせてレイリーは怒鳴った。徹夜明けのテンションも手伝って、言葉の刺を気にしもしない。
「いい加減、人の状況理解しなさいよね。食材に頼ってる菓子職人なんて認めないって、あいつはそう言ったんじゃない! それが悔しくて、あたしは――」
「そりゃそうだ。頼ってちゃあ、ちとマズいわな。つまり問題はそこなわけだ……相手の言葉に惑わされんじゃねーよ。お前らは、食材に頼ってたのか?」
「……な……なによ」
 逆に問われて、なんとなく言葉に詰まる。ぼさぼさの髪をガシガシ掻きながら、ダグラスは強い口調で言った。
「お前らなァ。今まで自分たちは食材に頼りすぎるきらいがあったから、それを解消するために敢えて今普通の食材を調理してる、ってんなら話は分かるぞ。この特訓にも相応の意味がある。でも、どうもお前ら噛み合ってない……あの砂糖を捨てた時も思ったんだ。あれを使や、このケーキ、もっと旨くなったんじゃないのか? え、レイリーよ。それは食材に頼ったことになるのか?」
「…………」
 言葉に詰まるどころか、いつの間にか反論もできなくなっていた。