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第二話−6
静まり返った朝の厨房で、奇抜な格好の薬物学者は、滔々と持論をぶちまける。
「いい薬を作るには、上物の薬草がなきゃいかん。同じように、美味い料理を作るはいい食材を見つけることが基本だ、って、俺は何回も聞いたことがあるんだがな……菓子でもそれは同じなんだろ? 違うのか?
あのリックって小僧だって、いい食材と悪い食材があったなら――いいか? あったなら! いい食材のほうを取るに決まってるだろ。なんで今更お前らが、そんなこと気にしなきゃならんのだ?」
「……なんでそんなトコ強調すんだよ?」
フィリガルが余計な茶々を入れる。が、ダグラスはきっぱりと断言した。
「食材はないこともあるからだ」
――事ここに至って、ようやくレイリーは気づいた。ダグラスが何を言っているのか。一体何を指摘しているのか。
そして彼の言うそのことこそが、自分たちがリックに対して唯一有利な点なのだ。リックが菓子職人の修行をしていた時、傭兵として経験を積んでいた自分たちができること。自分たちだからできること。
ダグラスは続けた。
「そうだろ? ここになきゃ、市場になきゃ、フェルギオラになきゃ、リックは上等な食材を手に入れられないんじゃないのか。注文して待って取り寄せて、いざ味見してみてだめだこりゃってこともあるだろう。でもお前らは、自分で取りに行けるだろ。どこにだって行ってきただろ。
水運、陸運、どっちも群を抜いて発展したこの国でもな、限界は見えてる。食材調達人がいて、運送屋がいて、そして調理師がいて初めて成り立つ構図だ。リックはそれに頼るしかない。だがお前らは、お前らが行きゃ事足りるんだろうが! ……だから、ずっとやってきたんだろ」
その……通りだ。
レイリーは無言で頷いた。そうだ、ずっとそうやってきたんだ。傭兵として、各地を転戦する間に覚えたこと――その土地にしかない作物がたくさんある。土地、気候によってできるものに差違があることを、自分はそうやって理解したのだ。
そして、料理に惹かれた。
料理の中でも、お菓子に惹かれた。
(……なんだ。そっか)
傭兵風情に、なんて言われて、自分たちの過去を貶されて、腹を立てていただけじゃないか。ムキになって、これじゃ相手と同レベルだ。同レベルじゃ勝てない。経験値は相手に分があるんだから。
なら、相手にない武器を使うべきだ。使って、勝つべきだ。
「でも、ドルナダ王は、俺らが長期で城を空けるのにも難がある、って言ってたぜ」
「そこんトコは俺の知ったこっちゃない。雇用体系を王様とよく話し合ってなかったお前らと、免職の前に注意をしなかった王様の落ち度だ」
王国に住む人間で、ここまできっぱり王のミスだと指摘する者がどれほどいようか。
レイリーは笑った。自分たちの努力は間違いじゃない、ただ方向がちょっとズレていた。いい食材を見つけて、頼るんじゃなく、使いこなして美味しく作る。それが抜けてちゃ、菓子職人じゃない。
そして、使いこなすには――
「あ〜ぁ、しかし、お前らがそういう態度だったとはなァ」
「……あんだよ。ちッ、カッコつけやがって。変人のクセに……」
「おっ? お前、フィルくん、そういう態度でいいと思ってんのか? ん?」
いつの間にか、例のにやにや笑いを口元に宿して、ダグラスは足元から大きな袋を――あの、瓦礫の中から引っ張り出した、茶色い袋を取り上げた。テーブルに乗せてぽんぽんと叩き、言う。
「せーっかくこの俺が、非常にタイムリーな話を持ってきてやったってのに」
「タイムリー?」
「そう。爆発からも身を挺して守ってやったんだぜ? こいつぁ感謝だな」
「よく言うよ嘘ばっかし……」
「ね、なんなの、それ? 何か役に立つもの?」
身を乗り出すレイリー。一瞬、彼女と視線を合わせて、ダグラスは笑みを深くした。紐を解き、袋の口を開けながら、
「そいつはわからん。だが、果物だ……それも、名前がわからない」
ごとり、と取り出した物をテーブルに転がす。一目見て、レイリーは眉根を寄せた。
両手の指で輪を作った程度の楕円形。茶色いゴツゴツした表皮は、テーブルを転がる音を聞いただけでもかなり固いと知れる。果物ではあるのだろうが、アーモンドを太らせて大きくしたような外見には、お世辞にも高級感はない。
無論、見た目で味を判断しようなどとは思わない。レイリーが眉をひそめたのは、それが本当に見たこともない果実だったからである。
「これ……何?」
「だから、わからんのだ。知り合いの学者が送ってきた。そいつもかなりの酔狂でな、色々独自で調べてみたらしいが、どうにも判断つかなかった、と」
「もしかしてお前、昨夜徹夜で調べてたのって、これか?」
「まさか」
フィリガルの言葉を、ダグラスはあっさりと首を振って否定した。
「なんでこの俺が、果物なんて調べにゃならんのだ――ただまぁ、見ての通りすんげー硬いもんでな。ムカついて斧でどついたら割れた」
「斧で」
「で、ものは試しと食ってみたんだが、これがなかなか旨かったんだ。そんでまァ、何かお前らの役にでも立てば、と思ってな。珍しいってのは、それだけである種武器だろ?」
「お前ムチャクチャするな……」
唖然と呟くマイクを余所に、レイリーはその果物を手に取った。重さは見た目相応。しかし、果肉が詰まっているというより、果汁が多いような感触だ。名前すらわからない、どことなく不思議な果物。
――面白そう。
何とはなしに心がうずくのを感じ、彼女はダグラスに言った。
「ねぇ! 色々と訊きたいことはあるけど。とりあえず、これ、どこから送られてきたの?」
「……お?」
にんまりと、ダグラスが笑う。マイクとフィリガルが、同時に彼女を見た。
「……レイリー? あー、君は、ひょっとして?」
「おいおい。行くのか?」
「もちろん!」
頷いて、レイリーはにっこりと微笑んだ。
「食材を使いこなすには、まず作られた場所へ行かなくちゃ!」
「……場所はサンダラクト」
袋からもう数個同じ実を取り出し、ダグラスは言った。
「ヤルツファニア王国南部、イノード山地の麓町。サンダラクトだ」
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