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第三話−2
「おお……これはこれは! いやはやなんとも」
フィリガルが見つけた家は、なかなか大きなものだった。少なくとも、このサンダラクトに着いてから見た中では唯一の、三階建ての家屋である。庭もあり、自然がそのまま活かされている造りが印象的だ。
つくづく田舎なのであるなァと感じながら、レイリーは目の前の人物を観察した。
肥えた顎に、丸々とした体。ふくよかな頬とつぶらな瞳には、人の良さそうな笑みが浮かんでいる。ゆったりした衣服の上に茶色のベストを着込み、中年過ぎと思われるその男は大きな声で言った。
「まさか、わざわざルーディアからお越し下さるとは! それも、フェルギオラの宮中菓子職人様方でいらっしゃると? ああ、お目に掛かれて光栄です。ダグラスに礼を言わなければ!」
「こちらこそ……シュリフさん」
嬉しそうに何度も頷く彼、ヨーツ=シュリフが、ここサンダラクトに住むダグラスの友人なのである。ダグラスから預かった紹介状を見せると、彼はレイリーたちを家に招き入れ、大きなお腹を重たそうに揺すってテーブルを囲む椅子に腰掛けた。どうぞどうぞと勧められ、レイリーも対面に座る。マイクは彼女の隣りに。なぜかにこにこと愛想良い笑顔を浮かべたフィリガルは、シュリフの隣りに腰掛けた。
「ともかく、遠いところをよくお越しくださいました。こんな田舎で何もありませんが、ゆっくりしていってください。あ、お茶をどうぞ」
妻なのだろう、似たような体型の婦人が、盆にカップを乗せてやって来た。にこにこと会釈されて、こちらも軽く頭を下げる。婦人はすぐに奧へと下がり、シュリフ自ら茶を配ってくれた。
「どうも……。あの、有り難いお言葉ですが、実は――」
「はい、ありがとうございます。ゆっくりゆっくりさせていただきますつもりです」
テーブルに身を乗り出して、フィリガルは堂々とレイリーの言葉を遮った。なんというのか、『キラキラしている』という表現が最も適切だろうと思われるような表情で、口早にシュリフに挨拶する。
「初めまして。ボクはメルロイド、フィリガル=メルロイドと申します。ルーディアで菓子職人やってます。あと魔道研究部の副部長もしてます。Lilva Lu Failiru(リルバ・ル・フェイリル)、聞いたことは?」
「メルロイド様ですか。おお、もちろん存じております! 妖精の靴下、ルーディアの歴史ある研究団体ですな――」
「さすが博学でいらっしゃる! ところで話は跳びますが、娘さんはどちらに?」
「わたしに娘はおりませんが?」
テーブルに突っ伏すフィリガル。完全にそれを放置して、レイリーは首を傾げるシュリフに言った。
「すみませんが、シュリフさん。そちらのバカの言うことは、バカの言うことですので、バカにする程度にしておいてください。あたしたちは、そうそうゆっくりしてはいられないのです」
「はァ……?」
「確認なのですが」
マイクが、リュックから取り出した茶色い木の実をひとつ、ゴトリとテーブルに置いて言う。
「この実――リビアナの実は、この近くで採れるのですか?」
リビアナの実。
小さく揺れる机上のそれを見つめて、レイリーはわずかに眉根を寄せた。実際の話、彼女は能動的に、この果物がリビアナという名であると確認したわけではないのだ。
『これはリビアナの実だ。間違いないよ』
一週間前、リルクアナ城の宮中菓子職人専用厨房で、この実を一口食べた途端に、今テーブルに突っ伏しているバカ男が声高にそう断言したのだ。リビアナの実とはなんだと訊くと、知らないと返ってくる。ならどうしてこれがそれだとわかるんだと問えば、それにも知らないと返ってきた。
『はァ? なんで知らないのにわかるってんだよ』
というマイクの至極もっともな問いにも、
『バカだなお前は! 知ってるけど、知らないのが恥ずかしいから言いたくないんじゃないか!』
などとわけのわからないことを口走る始末で、というかその時点でムカついたレイリーは彼を蹴ったのであるが。それはともかくとして、切羽詰まったこの状況を託す価値はあるだろうと、彼らはここまでやって来た。なにしろ、味は良かったのだ。
「ええ、ええ。採れるというかなんというか、生えております」
いまいち要領を得ない内容を、シュリフ氏は口早に返した。彼は両手で、大仰にどこやらの方角を示しながら、
「ご存知の通り、このサンダラクトの北側には、イノード山地がございまして。低めの山が集まっているわけですが、このすぐ裏手、一番近くにある山の中腹近くにそれが生えておりましてな。一月ほど前に発見したのです」
「発見……シュリフさんが、ですか?」
「ええ。不肖、わたしはここのまとめ役をさせていただいておりまして。裏手の山ひとつが持ち物なのですよ。それで、定期的に見回りをしておるのです」
つまりは町長、といったところなのだろう。頷いて、レイリーはカップに口を付けた。原産なのか、独特の風味がある紅茶である。なかなかに美味しく、思わず何という茶葉ですかと問いかけそうになり、慌てて自制した。新たな話題として歓迎されそうではあったが、変にこの話の腰を折りたくはない。
「いやはや、まったく見たこともない代物で、驚きましてねぇ。お恥ずかしながら、わたしは動物学者としてフェルギオラで学んだこともあるのです。持ち帰って色々調べてみたものの、少しの情報を得ることもできず。口惜しかったですよ」
いや、動物学者なら植物の種類わからなくても、別にそんな、ねぇ。
そう思いはしたものの、とりあえずまた口には出さないでおく。黙って紅茶をすすっていると、彼は感慨深そうに頷いて、
「しかし、そうですか。これはリビアナの実というのですか……いやあ、やはりルーディア王都の知識層は違う。ところでどうして、わざわざ菓子職人様方がここまで?」
『えっ?』
虚を突かれ、三人は声をハモらせた。
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