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第三話−3
きょとんとする彼女らに、シュリフは慌てたように片手を振って、
「あ、いえいえ。植物学者さんが興味をもっていらっしゃるのならわかるのですが、なにゆえに菓子職人様方が、と……あっ。ひょっとして、この実がなにかお菓子に使える、とかですかな?」
「え、ええ……そうです。そうですけど」
ちょっと待て。この実、食用とか、そういうことで送られてきたんじゃなかったのか。
(一月前って、なんか変だなーとは思ったけど……ダグラスってば、名前を知らないどころか、食べられるかどうかも分からない果物食べたってーの!?)
やはりあの男もバカである。
全身真っ白でげはげはと笑う、シュリフと好対照に痩せた薬物学者を思い浮かべ、レイリーは思わず半眼になった。そんな彼女の前で、シュリフはリビアナの実をためつすがめつしながら、「ほう」だの「おお」だのと声を漏らしていたが、
「……むむっ」
突然眉根を寄せると、丸い体を縮めるようにして黙りこんだ。
「……?」
顔を見合わせる三人。シュリフは顔を上げ、レイリーのほうに身を乗り出しながら、
「これは、食べられる……のですね? お菓子の材料に?」
「ええ。それであたしたちが来ました」
「美味しいですよ〜、とっても」
にっこり微笑んで、フィリガル。彼は軽く両手を広げて、
「いやぁ、実はボクたち、今ちょっとピンチでしてね? その実を使ってどうにかしないと、なんか路頭に迷っちゃいそうな勢いで。植物学者とか言ってる余裕なかったんですよ。はっはっは」
余計なことをべらべらと喋った。レイリーの額に青筋が浮かぶ。
(まった、言わなくていいことを次々にっ……!)
怒りでぶるぶる震える彼女には気づかず、シュリフ氏は顔を輝かせてリビアナの実を見た。
「なんと! や、とても食べられそうにはないな、と思っていたのですが……こんなに固いですし。しかし、そうですか……確かに話を聞けば、なんだか皮からも上品な香りがしてくるような」
しないって。
胸中で思いきりツッコむレイリーに、シュリフは爽やかな笑顔を向けた。
「ということは、これは、ここの名産として扱える、ということですかな!?」
「……へ?」
間の抜けた返事をしてしまう彼女に、シュリフはぺちぺちとリビアナの実を叩きつつ、
「いや、実はここのところ、この村は過疎化が進んでおりましてな。都会に憧れて、ルクオンやセルセプトなどに出ていってしまう若者が後を絶たず、問題になっておるのです」
「はァ」
セルセプトというのは、ヤルツファニア王国の首都である。確かに、立身出世を望む若者の中には、辺鄙な村に燻っているのはごめんだという者もいるだろう。
とりあえず頷くレイリーに、シュリフは勢い込んで言った。
「特筆すべき売り物もなく、アピールできそうな要素といえば『自然が豊か』だのといった、定住者を呼ばない文句ばかり。順調に寂れてゆく現実に、村長として頭を悩ませていたのですが……」
村長だったんだ。やっぱ街じゃなくて村だったんだここ。
また密かに顔を見合わせる三人を余所に、シュリフは歓喜した。椅子を蹴立てて立ち上がり、リビアナの実を眼前に掲げる。
「この実があれば! リビアナの実を我が村の特産物とすれば、若者にアッピィィ〜ルできるではありませんか! おお、なんと素晴らしい。これでこの村にも活気が戻る!」
到底戻るとは思えなかったが、彼のあまりのヒートアップぶりに、レイリーはげんなりと呟いた。
「はぁ……まぁ、その折りには、きっとルーディア王国が、よい取引相手になるでしょうね……なれるといいです」
「おお! なんとなんと。ありがとうございます、ありがとうございます!」
感極まったように言い、シュリフはレイリーの手を取って、ぶんぶんと上下に振りたくった。同じように、マイク、フィリガルとも握手を交わし、さらにリビアナの実に接吻をカマす。
果ては「こうしちゃいられない」と呟くと、ゆさゆさとお腹を揺らして駆け出し、玄関から飛び出して行ってしまった。何やら外で喚いているようだ――早速村中に広めようとしているのだろうか。
「……あ〜ぁ」
「あっはっはっはっはっ」
なんだか疲れを感じてため息をつくレイリーに、フィリガルは快活に笑って言った。
「いや〜、参った参った。さすがはダグラスの知り合いだね、なかなかの変人だ」
「お前が言うな」
腕を組み、即座にツッコむマイク。ボクは変人じゃないぞ、と無駄な抵抗をするフィリガルを適当に流し、その糸目をレイリーに向ける。
「ま、確かに過剰かつ予想外な反応だったが……どっちにしても、山を案内してもらうのは明日だな。今日はまぁ、宿をとってゆっくりしようや」
「うん……そうするしかなさそうね」
なんだか表が騒がしくなってきている。人が集まっているのだろう。
漠然と、前途多難な気配を感じ、レイリーは力無くテーブルに突っ伏した。
なぜか、その夜は盛大な宴会であった。
シュリフが、それはもう大変な勢いで触れ回ったらしく、ほとんど村人総出で喜んでいるらしい。それがどうしてお祭り騒ぎにまで発展したのかは、レイリーには理解不能であったが。
シュリフ曰く、
「人生で最も楽しいのは、祭りの前の晩といいます。ならば祭りの前の晩をこそ、盛大に祝うべきだということですな」
はっきり言って頭悪いと思ったが、取り立てて何も言わない賢明なレイリーである。どうでもよかったともいうが。
しかし、案内された村の広場に、何百人もの人々が集まっているのには驚いた。円形の広場を取り囲み、がやがやと賑やかにざわめく中央、シュリフが組み上げられた薪に火を点けると、皆がわっと沸く。
とうとう我が村にも希望の光がどうたらこうたら、と胸を張って演説するシュリフを余所に、食べ物が回され、酒が酌み交わされる。シュリフの話など誰も聞いていない。どうやら、人々は単にお祭り好きなだけのようだった。騒ぎを眺めるレイリーたちのところにも、どんどんと料理が運ばれてくる。聞けば、皆彼女らがルーディアの菓子職人であることを知っていた。レイリーより少し下の年頃の少女たちなどは、酒を注ぎにくる傍ら、おずおずと菓子作りに対するアドバイスなどを求めてきたりもする――フィリガルが奮起したのは言うまでもない。絶対にチョーシこくなと釘を刺すレイリーであった。
少女たちの言うことには、今夜の祭りはレイリーたちの来訪を歓迎する意味合いもあるのだとか。カラメルシロップを使ったお菓子について熱心に訊ねてきた女の子曰く、
「村長が、何か得体の知れない物をあれこれ集めてきて村興しのネタにしようとするのは、いつものことですから」
それは熱心というのか空回りというのか。レイリーたちとしては、顔を見合わせて苦笑するより他無かったが。しかし、楽しげに話す村人たちの様子を見るに、どうやらシュリフ氏、少なくとも村長として嫌われてはいないようである。
宴は夜遅くまで続いた。若い女が火の周りで踊り、大人たちが手を叩いて唄う。レイリーも手に手を取られ、踊りの輪の中に引き込まれて、戸惑いながらも一緒に踊った。
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