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第三話−5
とりあえず、曖昧に頷くレイリーを、老人はもう一瞥した。そのまま、シュリフに顔を向ける。
「おい、シュリフさんよ。わしゃ、あんたらがリビアナを収穫するまで待つ。仕方がないから買うてやるよ。部屋を今のままで頼もうかの」
「……さてね。わたしは懐が浅いですから。それに、頼まないんじゃなかったんですか」
「客商売に個人の懐が関係あるかい。わしの言い方が悪かったかの? 宿泊を延長してやるから、部屋はそのままにしておけ」
嫌味を意にも介さない。完全にヘコまされたシュリフが、すごすごと家の中へ入っていくのを見送って、老人はまたレイリーに目を向けた。
「……まったく、阿呆と話すのは疲れるわい。
あんた――レイリーさん、でよいかな? 悪いが、ホイロッサさんとはちと言いづらい。わしはオルバという。ひとつ訊くが、どうして菓子職人になった?」
「……へ?」
間の抜けた返事をしてしまう。名前を紹介された次にいきなりきた質問なのだから、無理もないが。困惑する彼女に、オルバは続けて言った。
「わしゃ、あんたの……あんたがたの噂を少々聞いておってな。突然菓子職人になってしまった、名の知れた三人の傭兵。こんな小汚い村で偶然会えたのも何かの縁だろうて。聞かせてくれんかの」
むっつりした、威圧的ではないがどこかツンケンと突き放すような言葉に、レイリーは戸惑った。それに、初対面でいきなりそんなことを訊かれても。
「え、ええと……その。なりたかったから、なん、ですけど」
出所不明の不安に駆られながら、心持ち小声でそう答える。オルバは、しばらく黙っていた――聞こえなかったのかな、と思うと、やおらフンと大きく鼻を鳴らす。
「なんじゃ。そんな平凡な。期待して損したわい」
「……な……何なんです? あなたは一体……」
「わしゃ、見ての通りの年寄りさ。暇に任せて諸国を旅して回っとる。ま、好奇心が強いと言えば、聞こえはいいかの……もうひとつ訊かせてもらうが、菓子職人になりたかったんなら、どうして傭兵になった? それとも、最初はなりたくなかったのか?」
こうも真っ直ぐ、とんとんと話を進められると、色々なことに腹を立てる以前に、ついていけなくて呆れてしまう。しばらく黙って見返した後、レイリーはとにかく、訊かれたことにだけきっぱりと答えた。
「傭兵になったのは……そうするしかなかったからです。それが賢かったのかどうなのかは分かりませんが、後悔はありません。得たものも、失ったものも、両方がありますから」
オルバは、癖なのか顎の先をゆっくりと撫で、頷くでもなく顔を上下させて、またフンと鼻を鳴らした。
「毒にも薬にもならんが、まぁそうじゃろうて……ところで、あのリビアナの実のことは、あんたがたが教えたと言うておったな。どうしてこの村に来た? あの実で菓子でも作る気か」
「はァ。その通りですが」
「……はっはっはッ! なんとなんと。考えることが違うのう……ま、精々気張るといいさ」
いきなり呵々大笑した老人は、くるりと踵を返してシュリフの家へ入っていった。ぽかーんと、レイリーは一人取り残される。
(な……なんなの、あの人……?)
なんともリアクションの取りづらい人間である。妙な貫禄があったが、行動や発言の真意がまったく見えない――レイリーは、なんとなくダグラスを思い浮かべた。もしかすると、彼と似たタイプの人間なのかもしれない。だとしたら、あまり関わり合いにはなりたくないものだが。
棒立ちしている彼女に、玄関先にいたマイクとフィリガルが近づいてきた。
「レイリー? 今のは誰だ?」
「うん……なんか、よくわかんないんだけど。オルバさんっていうの。旅人だって」
「旅人ぉ? それはまた、随分と酔狂なことだねぇ」
素っ頓狂な声をあげて、フィリガルは老人が入っていった宿の玄関に目をやった。そうよねぇ、とレイリーも頷く。
暇だから、自由気侭に行きたいところへ行く旅をしている。そう聞くと、いかにも気軽で道楽じみた行為のように思えるかもしれないが、そんなことはまったくない。旅をするということは、存外に大変なことなのである。
想像が容易なところから見れば、安全面に関する保証はどこにもない。逆に危険に対する保証なら、一山いくらではかれてしまう。野盗、追い剥ぎ、悪党宿の類の危険は、どこに行こうが必ず付きまとう。それに、旅とは思うより遙かに金を食うものだ。数々の準備、装備等は元よりとして、税金を多くとるために、必要以上に多く関所を作っている地域もあるからである。これは何も、貧しい国が苦肉の策として施行しているだけではなく、私腹を肥やしたい貴族などが自分たちの土地に関所を作っていることも少なくない。
旅することには、この他にも様々な困難がある。あっさりと思いつきで実行できるような、簡単なことではないのだ――ちなみに、傭兵や使者、運送業者などには、多くの国で特別の便宜が図られている。頻繁に移動を繰り返す職業なため、関所で通行金を取って嫌がられるよりも、入国させて内部で平和的に金を使ってもらったほうがいいということらしい。レイリーたちも、傭兵時代はその制度、いわゆる『傭兵パス』をよく活用していたし、今現在は大国ルーディアに仕える者として、特例の通行許可証をもらっている。
しかし、あの老人は?
「傭兵でもないだろうし。よっぽどの金持ちかなんかなのかな?」
「さぁ……あんまり、そうは見えないけど」
「ま、人にはそれぞれ事情があるさ」
「そうね」
マイクの言葉に頷いて、レイリーは大きく深呼吸した。朝の爽やかな空気を、身体の隅々にまで取り込む。周囲の道に人通りが少ないのは、サンダラクトの住民色を表しているのだろう――この時間は皆、農業に精を出しているに違いない。
「よっ」
なんとなく、爪先を立ててくりんと一回転。しゃり、と土を掘って意味不明なポーズをとってみたりする。すぐにやめたが、当然男二人はぽかんと呆れ顔をした。
「……レイリー。何やってんだ?」
「ん、別に? こういう、空気の綺麗な朝はさ、なんかうきうきしない? ちょびっといいコトありそうでさ」
「そうかぁ……?」
「あっはっはっ、う〜〜〜ん可愛い! やっぱりレイリーは最高だね!」
首を傾げるマイクと、笑うフィリガル。レイリーも笑って、フィリガルを蹴ってから踵を返した。少しリズムをとるように歩を進めつつ、言う。
「ね、朝ご飯まだか訊いてこよ? オナカ空いちゃった」
「いや、明らかにもう終わってると思うぞ。残ってるかどうか訊いたほうがいいんじゃないか?」
「ああ、ボクもお腹が減ったねぇ」
シュリフ夫人に声をかけると、すぐさま温かい朝食を用意してくれた。サンダラクト産の麦を使ったという白パン、新鮮な野菜のサラダにスクランブルエッグ、鶏肉のスープ。質素だが、それぞれ抜かりのない作業を経たのだろう、どこかほっとする優しい味だった。主に今日どうするかを話し合いながら、大変美味しくいただく。
「そういえば、レイリー?」
シュリフ家特製野苺ジャムをパンに塗りながら、フィリガルが言った。
「さっき訊くのを忘れてたけどさ。結局、シュリフさんとその、オルバ? って人は、なんで朝もはよから道の真ん中で口論なんてしちゃってたんだい?」
「むー……」
頬張ったサラダを飲み込んで、レイリーは小首を傾げた。あの二人の、全ての会話を聞いていたわけではないのだ。
「詳しくはわかんないんだけどね。なんか、リビアナの実に関してごちゃごちゃと……」
「へぇ?」
「どうも、あのオルバさんが、リビアナの実を欲しがってるのかな? それをシュリフさんが断った、みたいな……ほら、サンダラクトの特産にするんだーって、すごい張り切ってたじゃない。それを理由に渋ってる、って感じだったわね」
「なるほどなるほど……と、噂をすれば」
フィリガルの視線を追って、肩越しに振り向く。階段から、大きなお腹を揺すりながらシュリフ氏が降りてきたところだった。
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