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第三話−6
レイリーたちの姿をテーブルに見つけ、シュリフは寄せていた眉根を開いた。
「やあ、皆さん。朝ご飯のお味はどうですかな? おお、このパンは妻の得意でしてね。いかがです?」
「ええ、とっても美味しいです」
正直な感想を述べるレイリーに、シュリフは嬉しそうに頷いた。そのまま、ナチュラルに自分も席に着き、またぺらぺらと喋りはじめる。この皿は通りの端に住むトーマスさんが、だの、この野菜は全て裏庭で作ったんだが苦労したんですようんぬん、だの。
レイリーとしては、別にそのまま聞いていても良かったのだが、
「ああ、えっと。シュリフさん?」
どうやら耐えられなかったらしく、フィリガルが話の隙間に言葉を差し込んだ。
「はい、なんでしょう?」
「さっきの、オルバさん? あの人は、一体どういう?」
ああ、と呟いて、シュリフは表情を曇らせた。大変わかりやすく低くなった声色で、やれやれと喋りはじめる。
「いや、わたしにも詳しいところは知りませんがね。昨夜からうちに泊まっていたんですが……ついさっき突然、裏の山に入りたいから許可してほしい、と言ってきまして」
裏の山。サンダラクトのすぐ北にある、シュリフ所有の山のことである。イノード山地の端、稜線の緩やかな低めの山だ。地元民の間では、なんの捻りもなくサンダラクト山と呼ばれているらしい。なんでも山の向こう側には、なかなかに美しい谷があるのだとか。
自慢げにそう語ってから、シュリフは忌々しげに舌打ちした。
「入るのは、そりゃ全然構わないんですけどねぇ。、入山料なんてけちくさいことも言いませんし。しかし……そんな、気安く持ち帰られてしまうようでは、特産物とはちょっと言えませんでしょう?」
「というと?」
「リビアナの実を採りたい、と言うんですよ。オルバさんは」
聞いて、レイリーは頷いた。やはりそういうことだったか。
シュリフは、たるんだ頬に不満げな色を濃くして、
「そりゃね、確かにこんな辺鄙な村が、昨日今日決めた特産物を渋ってるように見えたのならね、みっともないかもしれませんけど。でも、こっちだって必死なんですよ。マイクさん、今朝散歩されてましたよね? 元々この村には、三千人も住んでいたんですよ……それが今では、もう千人もいるかどうか。わたしは六年ほど前に村長を任されたんですがね、そりゃもう経験した苦労といったら――」
止まらない。それこそ立て板に水とばかり、日頃から思う苦労の様を滔々と語ってくれるシュリフに、レイリーは苦笑するしかなかった――もっとも、主に話しかけられているマイクは、「ああ、はい」だの、「そうなんですか」だのと律儀に相槌を打ち、苦笑する余裕もないようだったが。斜め向かいに座るフィリガルに、細い目で必死に何かを訴えている。この話題に持っていったのはフィリガルであるから当然だが、彼はあっさりとマイクを無視してスープを堪能していた。
そうこうしながら、三人が食事の大部分を食べ終えた頃。どかどかっ、と踵が乱暴に床を叩く音がした。
「村長っ!? 村長は……あ、いた!」
玄関の方を見ると、開放されているドアをくぐって、男が一人駆け込んできた。村人なのだろう、シュリフが親しげに片手をあげる。
「やあ、おはよう。どうしたんだ、そんな急いで?」
「大変だ。リックたちが今朝、村長の山に入ってったらしくて。あの、なんだ、リビアナの実ってやつを採りに!」
リック。
レイリーはぎくりとした。瞬時に、リルクアナ城の若き宮中調理師の、嫌味な冷笑が脳裏に浮かぶ。弾みでパンの耳をよく噛まずに飲み込んでしまい、喉に引っ掛かって小さく咳き込んだ。
「ああ、そうなのか? はっは、好奇心が強いな、さすが若い者は――」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃない! モンスターが出たんだよ!」
今度はシュリフが咳き込んだ。驚いて立ち上がり、信じられない、と表情にあらわして言う。
「な、なんだって!? わたしの山にか!?」
「リックが大怪我して、今医者んトコに担ぎ込まれたんだ。ゴブリンが出た、って……木から飛び降りてきて、いきなり襲われたって」
「木から。ウッドゴブリンか……そんなバカな! なんてこった」
狼狽するシュリフに、レイリーはおずおずと、
「あの〜……リビアナの実がある山に、モンスターが出た? んですか?」
「え、ええ。そのようです。少し前から、イノード山地には妙に化け物どもが多くなりまして。ダグラスから聞いていませんか?」
「……。いえ、聞いてません……」
あんにゃろ。また大事な部分を言わずにおきやがって。
心密かに中指を立てるレイリーに、シュリフはテーブルを離れつつ言った。
「この村の近くやわたしの山には、今まで寄ってこなかったのですが……ともかく、村人が襲われたようです。様子を見てきます。どうぞごゆっくり」
呼びに来た男を伴って、わたわたと家を出ていく。その後ろ姿を見送って、レイリーは少し眉根を寄せた。呟く。
「モンスター、ね……う〜ん。どうなるのかな」
「おい、聞いた? リック怪我したんだって。別人とわかってても、いい気味だね!」
「いらんこと言うなよいちいち……。レイリー、なにがどうなるって?」
問うマイクに、レイリーはくいっと紅茶を飲み干して、
「モンスターが出たってことは、どうなるのかなって。リビアナの実、採れるのかな?」
「ああ。そうだな……ウッドゴーレムが出た、って言ってたっけ?」
「ウッドゴブリンだよ。マジボケするなよ、マイク」
フィリガルにツッコまれ、マイクは珍しく赤面した――ウッドゴーレムとは、文字通り木でできたゴーレムである。純粋なモンスターではなく、魔術士の手によって生み出される使役魔だ。なので、山中などにいるわけがないのである。
「う、うるせぇな! ちょっと聞き間違えただけだよ!」
「耳の悪さも問題だけど、状況考えて物言えよな。お前ほんとに元傭兵か? ったく、ボクは情けなくてもう、涙が……」
「いや、それはどうでもいいからさ」
掛け合い漫才を遮って、レイリーは耳の後ろを掻いた。指にかかる髪を、なんとなくくるくると絡め取りながら、
「収穫は任せて買い取ろうかと思ってたけど、長引いちゃったら事じゃない。あたしら、全然時間ないんだから」
「そうだな。実を手に入れてそれで終わり、って状況じゃないからな……」
「なーに、いざとなったら、アレさ」
野菜スティックを葉巻のように口の端にくわえ、フィリガルが言う。
「ボクらが直接山に入って、ウッドゴブリンでもなんでも、まとめて張り倒して採ってくればいいだけだよ。ま、ゴーレムはいないだろうけどね」
「お前しつこいぞ!」
「うん……もちろん、あたしもそうするつもりなんだけどさ」
食べ終えた皿を適当に重ねて、レイリーはテーブルに肘をついた。軽く息をつき、意味もなく天井を見上げる。
「な〜んか、また予想外に面倒なことになるような気がして……ね」
呟いてから憂鬱を感じ、彼女はもう一度ため息をついた。
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