第四話−1


 シュリフは、案内として自分も同行しようと言ってくれたが、レイリーは丁重に断った。そんなに大きな山ではなさそうだったし、ダグラスの友人を危険な場所に連れていきたくない気持ちもあったからだ。
「ふむ。歩きにくいことはないね」
 さくさくと草を踏み分けながら、フィリガルが言う。ここはもう、イノード山地の中。シュリフが所有しているという山の緩やかな斜面を、えっちらおっちら登っているのだ。
 先頭はマイク。レイリー、フィリガル、オルバと続く。レイリーのすぐ後ろを歩きながら、フィリガルは手近な木――白っぽい樹皮に、ぽよぽよと頼りない枝葉を茂らせている背の高い樹木を、ぽんぽんと叩いた。これがケハンの木なのだろう、とレイリーは推測した。そこら中の見える範囲に、この木ばかりが生えている。
「バイドゼル山よりずっとマシだ。でも見てくれは悪いねぇ、どうだいレイリー、この貧相な木! こんなので森ができてるってのも珍しいよ。そりゃ林業ができないわけだ」
「だな。思っきり殴ったら折れちまいそうだ」
 大きなコンパスでゆっくりと登りつつ、マイクも言う。彼は愛用の長剣に、使い古した皮鎧を着込んでいた。ワルテガという、ダガーを引き延ばしたような厚みある短剣で邪魔な枝を切り落としつつ、ともかく奧へと進んでいる。
 シュリフの話によれば、リビアナが生えているのはこの山の中腹付近だということらしいかった。フィリガルが調子に乗って色々口走ったものの、本来の目的はリビアナの実の収穫である。それをまず第一になんとかするつもりでいた。
 と、レイリーは色々順序立てて考えているのだが。
「お前はバカか? さすがに殴って折れるわけないだろ。いやでも、マイクならわからないかな〜。ラリーベア級の馬鹿力だし。ボクがやったら、この白魚のような指が痛んでしまうけど」
「ふん、やってみりゃいいじゃねーか。誰も止めねーぜ」
「やなこった。世界中の女の子たちが悲しんでしまう!」
「このラリーベア級のバカが」
「……あんたらさァ」
 半眼で振り向き、レイリーは言った。
「元気なのはいいけど、あたし挟んでつまんないことばっか話すのやめてくれる? 毎度のことだけどさ」
「はっはっは、いやだなぁレイリー。毎度のことなんだから、言っても無駄だってわかってるだろ?」
「わかってても言わずにいられないのよ! んっとにあんたってばバカでバカでバカで……!」
「痛い痛いでもちょっと気持ちいい!」
「確かに、元気なのは結構だが――」
 フィリガルの首根っこを捕まえて、頭を拳骨でぐりぐりしていたレイリーは、背後からの声に手を止めた。オルバが、くっくっと低い笑いを漏らしながら彼女を見ている。
「どうするんかね? 山に入ったはいいが、勝手はわかるんかいの」
「ええと……」
 ちょっと恥ずかしかったかも、とか思いながらフィリガルを放し、レイリーはシュリフから預かった地図をガサガサと広げた。地図と言っても、シュリフが必死で手書きしてくれたくにゃくにゃな線が踊っているだけのものだが。やや頼りないそれをオルバにも見せながら、説明する。
「シュリフさんに、リビアナを見つけた大体の位置は教えてもらいましたから、とにかくそこまで行って、リビアナの実を採ります。リビアナの実を使ったお菓子も考えないといけないから、時間がないんです」
「なんじゃ、割と行き当たりばったりだの。モンスターはどうするつもりじゃい」
 またストレートな物言いに、ムッとする。地図をしまって、レイリーはその発言を受け流すことにした。
「まぁモンスターは、帰りにできるだけ見つけて倒していこうかな、とは。サンダラクトの人たちには悪いけど、時間がないんで。モンスター退治は、近くの兵団や傭兵にでも頼んでもらわないと」
「ふむ。ま、話はわかったが……さて、どうなることやら」
「……?……」
 眉根を寄せるレイリーに、オルバは曖昧に片手を振った。話は終わりと言うことだろうか――再び歩き出すマイクに続きながら、レイリーは小さく肩をすくめた。口の悪さもさることながら、どうにも掴めない老人である。
 それから一時間ほど、彼らは山道を進んだ。シュリフが地図に記しておいてくれた、彼が見回りの時に使っているコースを辿り、上へ上へと登ってゆく。モンスターの気配はまるでなく、至って順調なものであった。
(なんだか、ハイキングみたい)
 お気楽している場合ではないと分かっていながらも、レイリーは口元を緩めた。思えば、前をゆくマイクが枝を切り払う仕草も、どことなくリズミカルでご機嫌な様子である。やいやいとうるさいのは、のっけから黒マントを枝に引っかけまくって嘆いているフィリガルだけだ。
「くそっ、おいマイク!? お前もっとちゃんと枝切れよ! ボクの大切なマントのことをおもんぱかってくれ!」
「なんで俺が楽々通れてるのに、おめーのマントが引っ掛かるんだ?」
「歩くのが下手くそなのよね、要は……」
「うわ、なんてこと言うんだい、レイリー!? ボクが悪いんじゃないよ、君の前のそのでっかい野郎が――」
「ぶちぶち言う前にそのマント脱いで頂戴」
 などと会話を交わしつつ、進む。オルバは、特に発言もなく、始終彼らの後ろで興味深そうに笑っていた――思えば彼も緑色のマントを身に着けているのに、全く引っかけたりした様子がない。やはり、フィリガルは歩き方が悪いのだろう。