|
第四話−3
レイリーは前へ走り、身を投げ出した。この飛び降り戦法だけは食らうわけにはいかない。なにしろ連中、仲間の保身も考えないで、形振り構わず降ってくる。先に着地した仲間の頭上に落ち、潰してしまうこともあるのだ。断じて当たってはならない。
矢筒があるので転がれず、脛当てを頼りに地面を滑る。わずかな痛みを無視して身を起こし、跳びすさりながら頭上と地上の両方に注意を払った。どすんどすんと、ウッドゴブリンたちが落下してくる――横に跳び退いて最後の一匹を躱し、レイリーは弓を引いた。着地時にできる隙を逃すわけにはいかない。
矢を放とうとしたその時、
ザゥッ
空気を鋭く裂いて、長剣の一撃がそのゴブリンを斬り倒していた。む、と隣を見ると、抜刀したマイクが立っている。
「よ。危なく……は、なかったか、別に」
「……あたしの獲物よ」
「お前はあっちを助けたほうがよろしかないか?」
言われて見ると、完全に取り残された形になったオルバが、ウッドゴブリンの向こうで右往左往していた。どうやら墜落攻撃は、手近な木の幹にへばりつくことで回避したらしい。灯台下暗し、なかなかよい判断である。
「オルバさーん!」
声を掛け、レイリーは腰の後ろの矢筒から、まとめて矢を抜き取った。キリリ、と弓を引き絞る――誰あろう、オルバ老に向かって。
「なんじゃー!? お、お前さん、何を――」
「動かないでくださいねー!」
言って、彼女は返事も待たず、つがえた矢を放った。それは、オルバに向かって石を投げようとしていたゴブリンの後頭部に突き刺さり、悲鳴すらあげさせず討ち倒す。
継いで次の矢をつがえ、放つ。つがえながら狙いをつけ、放つ。狙いをつけながらつがえ、放つ。放つ。放つ。また放つ。
瞬く間に、オルバの近くにいたウッドゴブリンたちは、喉を頭を射抜かれて、全て地面に倒れ伏していた。
「……よしっ」
「伸びろ伸びろ地の子地の虜地のディオワンガ!」
突然、肩の後ろで聞こえた声にも、レイリーは振り返らなかった。あくまでも軽薄な調子を保って、しかし圧倒的な早口で呪文を唱えあげる。
「其と彼の間を割り落とすならば最下まで割り落とさぬなら其は握りつぶせ! そぉ〜れっ!」
瞬間、ゴブリンたちが立つ地面が、大きく揺らいだ。ぐらぐらと砂や石が集まり、人の背丈ほどもありそうな巨大な手を形作る。五本の指をいっぱいに広げ、手は一旦大きく伸び上がって――そして、蚊でも叩くようにウッドゴブリンたちへ倒れ込んだ。
地響きと、肉体が潰れる生々しい音。もうもうと砂塵が立ちこめる。
ギィッ!
「っは!」
砂埃を突っ切って飛び出してきた一匹のゴブリンを、紫電一閃、マイクが袈裟に斬り下ろした。ものの見事にカウンターをくらい、断末魔の叫びもなく一撃で絶命する。
やがて埃がおさまると、そこに立っているモンスターはいなかった。
「ふぅ。やれやれ」
「ちっ、一匹逃すとはなァ……全部いけたと思ったのに」
なぜか口惜しそうなフィリガルの肩をぽんと叩く。普段はルーディア特産の上質紙よりぺらぺらな彼だが、こと戦闘となると、なかなか頼れる魔術士なのである。
「なんともまァ……」
声に振り向くと、オルバが近づいてきていた。半ば土に埋もれ、赤黒い血を流すゴブリンたちを見やりつつ、
「こういう野蛮なことにかけては、さすがというところかな。瞬く間じゃったのぅ」
「あんたいちいち一言多いよ、じーさん……」
「ま、まぁまぁ……。ウッドゴブリンは地面に降りたら、普通のゴブリンと大差ないですから」
半眼で言うフィリガルをなだめ、弓を多目的ベルトに引っかけて背負う。ウッドゴブリンは、普通のゴブリンよりも膂力に勝るが、そもそも普通のゴブリンでも力は人間より強いのである。戦い方に差違があるはずもなく、実際の話、どちらも大した敵ではない。
「この辺りを巣にしようと思ってたのかな? 穴掘ってる途中だったみたいね」
「だな。こいつら木登りできるクセして、地中に巣作るから……ん?」
血糊を払って剣を納めたマイクが、ふと屈み込んだ。ウッドゴブリンの死体のひとつから、何かを取り上げる。
「どしたの?」
「いや……これ、リビアナの実だよな?」
「え?」
言われて、見る。マイクが手にしているそれは、半ばモンスターの血に塗られているものの、片手ほどの大きさの茶色い楕円形――確かに、リビアナの実だった。
「なんでこいつらがこんな物を……?」
「あれっ? こっちのやつも持ってるよ?」
フィリガルが、また別の死体から果実を取り上げる。そちらも間違いなくリビアナの実だ。レイリーは眉根を寄せて首を傾げた。
「食べようとした、のかなァ……? てゆーか、どっから持ってきたんだろ?」
「これだと思うがの」
振り向くと、オルバが一本の木をぽんぽんと叩いていた。ウッドゴブリンに襲われる直前にも見ていた、背の低い木である。
「オルバさん?」
「わしゃ、これがリビアナの木だと思うんだが」
「……これが!?」
レイリーは、慌てて例の地図を取り出した。場所を確認する――確かに、位置的にはこの辺りのはずである。
だが、しかし。これはなんとも、
「随分、イメージと違うな……?」
「うん。もっと大きいのかと思ってたね」
「なんじゃい、そりゃ。なんぞ根拠があるのか?」
「いや、なんとなくだけど。周りが貧相なのに合わせたのかな」
「なわきゃねーだろ」
やいのやいのと言い合う三人をとりあえず放置して、レイリーはウッドゴブリンたちの死体を見やった。全滅した群。食用目的にしろ何にしろ、こいつらはリビアナの実を収穫していたのだ。
(って、あれ? ……それって)
ふと気づく。もしこの木が、オルバの言った通りリビアナの木だとすると――
「ねぇ。ちょっと、ちょっとあんたら」
「……何?」
「どうしたんだい、レイリー?」
いつの間にやら掴み合いの喧嘩をしていた二人と、それをのほほんと傍観していたオルバが、彼女を見る。リビアナの木、と思しき樹木を指さして、レイリーは呟くように言った。
「これが、リビアナの木だとすると……」
『うん』
「どーすんのよ。実、生ってないわよ?」
『……げ』
ようやく気づいたか、二人は顔を引きつらせて手元を見た――どちらが手にしたリビアナの実にも、べったりとウッドゴブリンの血がへばりついている。まさか、これを持って帰るわけにも、あまつさえ調理するわけにもいかない。
しかし、もう実がない。
「ど、どどどどどーすんのよどーすんのよ!?」
「お、落ち着けレイリー! 大丈夫! 大丈夫だ! いやわかんねーけど」
「待って、レイリーが倒したゴブリンはあんま血ぃ出てないよ! あいつらがもしかして、綺麗な実とか持ってるかも――」
「いやいや。心配はいらんと思うぞ」
落ち着いた声に、混乱して騒いでいた三人は動きを止めた。見ると、オルバ老が小さく頷きながら、リビアナの木の幹を撫でている。彼はレイリーたちの方を見、濃緑色のマントを羽織り直した。
「そう狼狽えんでもよかろ。もっと楽に構えんかい」
「でも……リビアナの実が」
「なぁに」
オルバはにっと笑って、親指で山の上の方を示した。
「たぶんだがな。あっちの方にはもっと生えとるだろうよ」
|