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第四話−8
もう一度唾を飲み込んで、レイリーは喉を湿らせた。なんとか呼吸を落ち着ける。
「ラ……ラリーベア。なんてこと。こんなところにもいるなんて!」
「おいおい、ちょっとばかりモンスターレベル上がりすぎじゃないかい……!? ウッドゴブリンだのラドワンだので、いきなりコレか!? どうなってんだよ、ボクもう踊っちゃうぜ!?」
「いや、踊らなくていいけどさ……てゆーか、ちょっと待って?」
深呼吸を繰り返す。レイリーは、努めて冷静にその熊を観察した。
ラリーベアとは、姿の通り巨大な熊のモンスターである。その爪と牙は鋼よりも硬く、分厚い毛皮は、剣戟はおろか魔術をもものともしない場合がある。その戦闘力はかなりのもので、駆け出しの傭兵が束になってかかっていっても敵わないだろう――ポピュラーなモンスターではないが、レイリーたちは過去に一戦交えたことがあった。
「レ、レイリー、いやに落ち着いてるね……。大体こいつ、バイドゼル山にしかいないんじゃなかったっけ?」
「もうね、あんたがあまりにいつも通りのバカだから、なんか落ち着けちゃったわ。よく見て。こいつ、随分サイズが小さい」
後足で立ち上がっているラリーベアは、遙かな高みから彼女らを見下ろしている。しかしその目の高さは、せいぜい足元から四メートル足らずといったところだろう。普通の熊よりは大きいが、以前バイドゼル山――巨大蜂、バイ・ビーが造り出す奇跡の蜂蜜、幻のバイ・ビー・ハニーを求めて分け入った山中で遭遇したラリーベアは、五メートル以上の高さがあった。それに比べれば、まだマシと言える。
それでも脅威には違いないが。
「それに、バイドゼル山にしかいないのはバイ・ビーのほうよ。あの山ちょっと異常だったから、たぶんこっちが通常サイズなのね」
「なるほどね。畜生、なんてこった……」
悪態をつくフィリガルに、レイリーも歯噛みした。このタイミングで弓がないとは。魔術士のフィリガルがいなかったら、まさに絶体絶命の状況だった。
正面、ラリーベアが大きく口を開け、もう一度吼える。くるとしたら、間違いなく四つ足を使っての突撃だろう。緩やかとはいえ斜面だ、その速度を侮ることはできない。
「フィル、あんたが頼りよ。突進してきたら、なんか一発術ぶっ放して、それぞれ横に避けよう。それから上に逃げる」
「だね。熊は、下より上に逃げたほうがいいんだっけ」
「確かそうだったと思うし、下に逃げたらマイクたちと合流できないじゃない」
言う間にも、熊は立ったまま一歩踏みだした。牙を剥き出し、明らかに危害を加える気まんまんの雰囲気である。ラリーベアが普通の熊と最も異なるところは、人間を恐れない好戦的な性格であろう。
レイリーは、腰のショートソードに片手をかけた。これで抵抗しようなどとは微塵も考えていないが、なんとなく気分の問題である。間合いが肝心なのだ、とにかく落ち着かなければならない。
「くるよ……」
フィリガルが呟き、熊がやや前傾する。もう一度、レイリーは唾を飲み込んで――
突然、高らかに声が響いたかと思うと、ラリーベアの背で強烈な爆発が起こった。野太い咆吼があがり、巨体が地響きを立てて前のめりに倒れる。
「……な。え? フィル?」
「ぼ、ボクじゃないボクじゃない」
ぶんぶん首を振るフィリガル。と、ラリーベアの背からあがる煙を裂いて、ふたつの人影が跳びだしてきた。
ひとつは、重そうに全員分の荷物を背負ったマイク。もうひとつは、緑のマントを風にはためかせたオルバ老である。
「レイリー、無事か!? フィル、てめー自分の荷物くらい持っていきやがれ!」
「うん、無事よ。ありがと」
「お前なんだその態度の違いは!?」
マイクから武器を受け取りながら、レイリーはオルバを見た。彼も、相変わらず底意地の悪そうな、にやりとした笑みを浮かべて見返してくる。
「無事でなによりだの、レイリーさん」
「ええ……魔術、使えたんですね」
「おうとも。天才魔術士、フィリガル=メルロイドがおる手前、黙っておったがな。まさか必要になるとはのう」
「うわあ。そういう呼ばれ方、常日頃からされてみたいなァって思ってたけど、いざ実現するとこそばゆいもんだね?」
「はいはい……」
適当に片手を振って、見上げる。ゆっくりと、ラリーベアが身を起こしつつあった。小さく舌打ちする。
「これは、下に逃げるしか……ない、のかな」
「戦うか?」
「やめとこうよ。無駄に危ない橋を渡ることもない」
マイクの言葉に、フィリガルが首を横に振る。レイリーは同意した。
「うん、あたしもそう思う。ここは逃げるが勝ちだよ」
「そうさな。早くあいつの視界から消えたほうがいいだろう。そうすれば、諦めて追ってこんやもしれん」
オルバも頷いて、四人は踵を返した。今更の痛みに怒りを増したようなラリーベアの咆吼を背に浴びつつ、斜面を駆け降りる。
もちろん、フラウルが落としていったリビアナの実は、しっかりとレイリーが拾い上げていった。
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