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第六話−4
「マーイクっ!」
重い爆音が続く――フィリガルとオルバが、テンポよく交互に魔術を放っているのだ。片方が逃げ、片方が撃ち、入れ替わり立ち替わりミストドラゴンに傷をつけてゆく。そのうちの一発が、偶然にでも逆鱗を砕くことを狙っているのだろう。道中、やいのやいのと言い合っていた二人とは思えないほど、ぴったりと息のあったコンビネーションである。
一方のドラゴンはといえば、魔術を放とうとする度に的確に邪魔してくれるレイリーが鬱陶しく、さりとてそちらに向かうわかにもいかず、いい加減焦れているようだった。それは裏を返せば、再三の魔術の直撃も、対して効いていないということになるのだが。
「マイク、マーイクっ! ちょっと来て!」
呼び声にようやく気づいたか、マイクが戦線を離脱して近づいてくる。フィリガルがなにやら喚いているが、彼は無視したようだった。
「なんだ、レイリー!? ありゃやっぱちょっと厳しすぎるぞ、全然弱る気配もねぇ!」
「うんうん、それは見てたらわかるよ。だから、はい」
ねぎらうように肩を叩き、その手に弓と矢筒を渡す。
「でもって、ほい」
代わりに、彼が持っていた長剣を取る。試しにちょっと構えてみた――かなり重いが、大丈夫だろう。別に振り回すわけではない。
当然といえば当然だが、マイクはきょとんとしていた。
「……何やってんだ、お前?」
「理由は後で話すわ。今は急がないと。ちゃんと狙って撃ってよ? 間違っても味方に当てないでね?」
「あ、ああ……って、これ俺が使うのか!? おいコラ、ちょっと待て、レイリー!?」
それ以上は構わず、レイリーはフィリガルたちの元へ急いだ。牽制役がいなくなった所為か、魔術士二人は途端に苦戦しだしたようだ――ドラゴンの歩みが早まり、逃げるのに重点を置かざるを得なくなっているのだ。この分では、またあの猛烈な魔術が放たれてしまう。
「行くよ!」
フラウルを連れ、レイリーは走った。
これは賭けだ。伸るか反るかの賭けだ。
「レイリー!? ど……どうしたの?」
「お願い、二人とも! ドラゴンの顔に、同時になにか魔術を叩き込んで!」
さすがに面食らった様子のフィリガルに、早口で告げる。オルバが、むつかしく眉根を寄せた。
「顔に? ふむ……人間相手には効果的だろうが……たぶん、言うほど効かんぞ?」
「な、なんかそれも情けないセリフですけど……ともかく、お願いしま――」
ギュイイイオオオオオオアアアアアアアアアッ!!
咆吼に、ハッとして見る。ミストドラゴンが天を仰ぎ、また凄まじい数の紋様を描き出していた。まさしく、総攻撃の様相である。
「ルー……!」
足元で、フラウルが怯え引きつった声を上げる。レイリーはしゃがみ込み、その優しい妖精の、華奢すぎて折れそうな肩にそっと触れた――花弁のような儚い感触に、思わず憐憫の情すら覚える。
「ごめんね……こんなことに付き合わせて」
「くそっ!」
離れた位置から、気合いとともにマイクが矢を放つ。が、それは『すびょんっ』というまことに頼もしい音とともに、明後日の方向へすっ飛んでいった。考えてみれば無理もないことだが、やれやれとため息をつく――この一撃、なんとか躱さなければならないか。
と、彼女が覚悟を決めた時。
「駆けろ駆けろ火の妃火の姫火のギーガイア其と彼の間に吹き込むならば栄光を吹き込まぬなら其は焼き尽くせ! はッ!」
「轟け獄火閃け源炎! シニツ!」
レイリーはこの時ほど、魔術士たちの早口に感謝したことはなかった。
螺旋を描く火焔と、八股の蛇のように伸び上がる業火が、ドラゴンの顔面を直撃する。少しは効果があったのか、巨獣が大きくよろめいた。その歩みが、止まる。
今だ。
「ッ――!」
無言で、レイリーは駆けだした。甲高い声で叫びながら、フラウルも付いてくる。なんて頭のいい妖精なのだろう。意志は伝わったと確信したとはいえ、こんな凶悪なモンスターに対峙して、たった一人のちっぽけな人間に従うなんて。
でも、これならきっといける。
もし失敗しても、きっと――いや、そんなことは考えないでおこう。
「レ、レイリー!?」
「任せて!」
フィリガルに一声だけ叫び、彼女はミストドラゴンに突進した。長剣を逆手に持ち、身体の脇に流したまま、走る。
決死の接近に気づいたか、ドラゴンは吼えて片脚を振り上げた。噛みつきの次は踏みつぶし。重量級にふさわしい戦法ではある。体当たりが加わればほぼコンプリートなのだろうが、そんなことをさせるつもりはない。
「やッ!」
レイリーは身を投げ出した。振り下ろされる脚を躱し、ドラゴンの腹の下にもぐりこむ。すぐに膝をついて上体を起こし、長剣を順手に持ち直した。
「ルー! ルールー!」
「待って」
恐怖に駆られて叫ぶフラウルを側に寄せ、レイリーは必死で探した。
あるはずだ。自分の勘が正しければ、ここになんらかの違いが見られるはずだ。急がなければならない――もし、今ひょいとしゃがまれでもしたら、それだけで彼女の全ては終わる。
恐ろしい速度で脈打っている心臓を無視し、レイリーは目を皿のようにしてそれを探した。
そして、見つけた。
(あった……!)
右斜め前。たったひとつだけ、鱗の流れに逆らった存在がある。文字通り、逆を向いた鱗。ミストドラゴンの逆鱗。
剣を構え、レイリーは思いきり身体を伸ばした。
「やぁああああああ―――――ッ!!」
吠え、その鱗の継ぎ目を狙って剣を突き出す。硬く覆われたそれを突き破り、剣が肉に食い込んだ。レイリーはそのまま押していき、長剣の鍔元まで深々とその巨体に刺し込んで――
ドラゴンの動きが止まった。
「……っ……!」
ぐっ、ともう一押ししてから、彼女は大きく息を吐き出した。剣に手を掛けたまま振り返り、力無く、フラウルに笑いかける。
「妖精さん。……お願い、覚えてる?」
ズン、とミストドラゴンが片脚を折った。
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