|
第六話−6
よく焼けたコクのある鶏肉を味わい、レイリーはオルバ――いや、オリーズ老に目をやった。
「でも、どうして偽名なんて? てゆーか、最初に言ってくれれば良かったですのに」
「そうだよ、ややこしい。それに、なんでリビアナの実を欲しがってたんだ?」
「……ま、本名のほうを知っとるなら、今更かもしれんがな。わしゃ、お尋ね者だったもんでなぁ……名を変えて、ほとぼりが冷めるのを待っとったんだよ」
レイリーは眉根を寄せた。
オリーズ=ルワライバ。超一流の賞金稼ぎとして、彼女らの二世代ほど前に活躍した人物である。多様な魔術を使いこなし、困難なミッション――賞金稼ぎの収入源となる、クライアントからの依頼のことだ――を数多くクリアしたという。傭兵として活動したこともあるらしく、『雷の裏側』という通り名でもよく知られている。
しかし、そんな彼がお尋ね者だったという話は、レイリーの記憶にはない。
三人の反応を見て、オリーズはきょとんとした。
「おや。そのことは知らんかったかの?」
「はァ。初耳です……」
「ボクも」
「俺も……」
口々に言う彼女らに肩をすくめ、まぁそういうことさ、と彼は言った。
「わしも若かったでな。色々と無茶をやっとるうちに、とある国で、ちょいと行き過ぎた無茶をやってしもうてのう。賞金稼ぎが賞金を掛けられて、逃げ回っとったというわけだ」
「へぇ〜……聞きたいです、そのお話」
「はっは、またいずれな。まぁ、とうにほとぼりも冷めたんだが……なんとなく今でも、偽名の方を使って生活しとるんだよ。今更、賞金稼ぎで食うつもりもないでな」
「その方がいいよ。もう年だもんねぇ、オル爺。じゃなくてオリ爺」
「おお、否定はせんよ。今回のことでよう分かったわい。今日も関節が痛うてかなわん」
大儀そうに肩を回すオリーズに、レイリーたちは笑った。しかし、なんとも元気な爺さんだとは思っていたが、そんな経歴の持ち主だったとは。あの、老いを匂わせもしない戦いぶりにも、やはり理由があったということか。
(……あれ?)
ふと何かに違和感を覚えて、彼女は眉根を寄せた。なんだろう。今、何かが頭の裏側を引っ掻くような、疑念に似た感覚があったのだが。すぐに消えてしまった――大したことではなかったのかもしれない。
わあああ、と広場から歓声があがった。シュリフが大きなリビアナの実を抱え、これからこの村に光をもたらすー、だのと熱弁を振るっている。その彼の背後、赤々とした炎に照らされて、巨大な楕円形の実がどっちゃりと山になっていた。もちろん、レイリーたちはあんなに大量に採ってきてはいない。となると――
「い……いつの間に、あんなに採ってきたの?」
呆れるレイリーに、三人は揃って肩をすくめた。
「なんか、俺たちから事情を聞いてすぐ、団体で山に突撃していったぞ。まだモンスターいるかもしんねぇっつったのに、まったく」
「てゆーか、確実にラリーベアはいるよね。よく遭遇しなかったもんだよ〜、あはははは」
「はしゃぐ気持ちはわかるがのぅ……ま、わしがリビアナに目を付けた理由は、単に前から知っとったからだよ。普通、こんなところでお目に掛かれる代物ではないでな」
そうだ、とレイリーは再びオリーズを見た。
オリーズ=ルワライバであることは、まぁいい。だがこの老人、昨日のあの騒動の中でも、時折引っかかる行動を見せていた。リビアナの実の位置を示唆したり、巨大なリビアナに意味深な発言をしたり――あれはなんだったんだろう? 一体、何を知っているのだ?
「おお。来た来た」
それを訊こうとする前に、オリーズはにこやかに言った。村娘の一人が、半分に切った大きな茶色い実をお盆に乗せて持ってきてくれる。探し求めていた、リビアナの実だ。
フィリガルが盆ごとそれを受け取る。
「あれだけ数があれば、もう量に困るってことはないよね。良かった良かった」
「帰りは馬車でも借してもらうか。まぁ、予想外にばたばたなっちまったけど、とりあえず順調って言っていいんじゃねーか」
「そうね……何回死にかけたか、覚えてもいないけどね。って、フィル? 何やってんの?」
訝しげに問う。フィリガルが、小刀を使ってリビアナの実の外皮を削っていたのだ。ゴリゴリと、細かい粉がお盆に落ちている。
彼は一瞬マイクと顔を見合わせ、ああ、と頷いた。
「そっか。レイリー、さっきまで寝てたんだっけ? ふふふ、ダメだよ〜お寝坊さんは。早起きは三ブローの得だぜ?」
「うるさい。早起きとそれと何の関係があるのよ? 殻削ってどーしようっての?」
「オリーズさんに教えてもらったんだよ」
マイクが言う。オリーズはにこにこしたまま、ひょいと肩をすくめた。
彼らを見回して、また眉根を寄せる。自分が眠っている間に、リビアナの実で何をやっていたのだろう? 自分たちで持ち帰った分で、なにか研究でもしていたのなら、それは熱心で良いことだが。
そこでレイリーはハッとした。そういえば、リビアナの実を獲得するのに必死で、肝心のお菓子について何も考えていないではないか! リビアナをゲットして終わりではないのである。重要なのはその後、これからリビアナのお菓子を作って、リックに勝ってこそ報われるのだ!
ふんふんと鼻歌を唄いながら、削りだした粉を飲んでいた酒に混ぜるフィリガル。行動の意味はわからないが、そののんきに構えた横顔を見るに、そういったことを考えているとはとても思えない。レイリーは、日数を計算した――フェルギオラからサンダラクトまで一週間。着いたその日はどんちゃん騒ぎ、明くる日が昨日で、そして今日だから……
あと十日余りしかない!
「ね、ちょ、ねぇっ――」
「は〜いできた。ほら、レイリー」
焦る彼女の鼻先に、フィリガルが小皿を差し出す。適当に切ったリビアナの果肉が、月光と篝火のコントラストにきらきらと輝いていた。そこに、とぽっとカップから酒をかける。皿から溢れた液体が、こちらも光を反射しながら足元の地面に滴り落ちた。
「あちゃ、かけすぎた……ま、いっか。ほら、食べなよレイリー」
「いや、うん、それはいいんだけどね!? ちょっと聞いて――」
「いいからいいから。びっくりするよ、食べてごらん」
「ああ、もうっ……あのね、フィル、それどころじゃないのよ。早くフェルギオラに戻らないと!」
言って、勢いのまま果肉をひとつつまみ、口に放り込む。シャクリとした歯触りに濃厚な香り、継いで爽やかな酸味が広がって――
「……〜〜〜っ!?」
バッと口元を両手で覆い、レイリーは両目を見開いて後ずさった。驚きのあまり口から飛び出しかけた果実を、なんとかかんとか飲み込む。
なんだ今のは?
今のはなんだ?
今、自分は一体何を食べたのだ!?
「な……なにこれ。今の、えっ……ど、どういうこと!?」
「びっくりしたろ〜? それが、ボクが最初に、これがリビアナの実だって判断できた理由ってわけさ。謎解きしてみりゃ、なんてこたない話だったけどね」
「よく言うわい、なにひとつ知らなんだクセして」
得意げに言うフィリガルに、オリーズが呆れて苦笑した。
村祭りの音楽が盛り上がる。宴はいよいよたけなわのようで、派手な服を着た娘たちが何人も火の周りで踊りはじめた。だが、今回ばかりは、あれに混ざって楽しんでいる余裕はなさそうだ。
いまだ驚き冷めやらぬレイリーに、オリーズは言った。
「さぁ、美味しい菓子を作ってくれよ、レイリーさんや。不思議な不思議な、偶然の果実を使っての」
「偶然の……? こ……これ、一体……?」
フィリガルから皿を受け取り、まじまじとピンク色の果物を見つめる。
今はただ驚きがあるばかりで、これがどうして偶然の果実なのか、レイリーには推測することもできなかった。リルクアナ城で食べたときには――『あんなこと』はなかったのに。一体、何がどうして? 実の殻を削っていた、フィリガルの謎な行動と関係があるのだろうか?
「実はね、レイリー。お菓子についても、ひとつ考えがあるんだ」
「えぇ〜〜〜っ!?」
フィリガルの言葉に、レイリーは再び驚いた。なんとなんと。自分が眠っていた間に、本当に、何があったというのだ!?
彼女のリアクションが不満だったのか、フィリガルは一瞬傷ついたような表情を見せたが、それは日頃の行いの影響であるとして――彼は、マイクに顎をしゃくった。
「とても実験的な案だけど、こいつは賛成だって。なにせ、レイリーもびっくりしただろ?」
「う、うん……びっくりした。あんたが、魔術以外で何かの役に立つなんて」
「ううう。それはもういいからさ、レイリー……これでも、ずっと考えてたんだよ? リビアナにちょうどいい調理法はないかー、ってさ」
「ま、俺も驚いたんだけどよ、このリビアナにはな。けど……リックの野郎は、もっとびっくりさせてやろうぜ」
いつの間にか、綺麗に自分の皿を空にしてしまったマイクが言った。げふ、とひとつ満足げな息をつき、にやりと笑う。
「目当てのモノは手に入れた。あとは、使いこなして美味しく作る。だろ?」
「……うん。そうだね」
大きく頷いて、レイリーはもう一度、じっとリビアナの実を見つめた。残された時間は、あと十日。
やるしかないのだ。
|