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第七話−1
今日、リルクアナ城謁見場は、普段と少々異なる内装をみせていた。大広間に敷き詰められた緑の絨毯。普段なら、その中央をステージまで伸びる細長い緋色の絨毯も敷かれているところなのだが――それがない代わりに、真っ白いクロスの掛かったテーブルが設えられているのだ。晩餐会などで使われるような、むやみに大きく長い代物である。
しかし、その立派なテーブルに添えられた椅子は、たった八脚だった。上座の位置にふたつ、一際立派なものが置かれている他は、三脚ずつ左右に分かれて詰めて並べられている。そしてその全てに人が座っていた。
上座の椅子には、無論この国の現王たるドルナダ・ライディオス=ウォー・ルーディアが腰を下ろしている。その隣には王女エリナ。上座から見た左側には、宮中調理師長コーネ=ウィックランド、宮中調理師リック=ハルーカイン、さらには薬物学者のダグラス=デオールドが座っている。
そして右側には、
「……なんか、雰囲気怖いね」
「しっ」
レイリー、フィリガル、マイクの三人が、調理服姿のまま座っていた。小声で無駄口を叩くフィリガルの爪先を踏みつけて、レイリーはごくりと唾を飲み込む。のどが渇いて仕方なかった――そう。
いよいよ、勝負の時がやってきたのである。
フィリガルの声が聞こえたのか、テーブルに着いた人々が彼女らに目を向ける。ドルナダは涼しげな微笑で。エリナはにこにこと期待に満ちた視線を。コーネはどこか申し訳なさそうに。リックは冷ややかな一瞥を。そしてダグラスは、何やら物言いたげな訴える視線を。
カラーン カーン――ゴーン ゴーン ゴーン
リルクアナ時計双塔の鐘が鳴り、三時が告げられる。重い余韻が消えると同時、ドルナダが口を開いた。
「では、三時だな……これより、宮中菓子職人の役職を賭け、レイリー=ホイロッサ以下三名とリック=ハルーカインの菓子勝負をはじめる」
開戦宣言にも似た、厳かな言葉。拍手こそ起こらないものの、静かな緊張が場に満ちる。
しかし。
「あの……すいません。なぁ」
立場もなにもかもわきまえず、真っ先に口を開いたのはダグラスだった。張りつめた空気ががくがくと崩れ、レイリーは思わず脱力した。
「……どうかしたか? デオールド博士」
「その、大したことじゃないんですが。なんで俺……いやわたくしは、こっち側に座ってるのかなーって思って」
困ったような表情で、ピッと自分の席を指す――線を引いて区分するなら、彼は宮中調理師サイドに着席しているのだ。おかげで向こうとこちらの数が合ってはいるが、彼はなんとも不服そうである。
この席割誰が決めたの? と言うダグラスに、エリナがにこにこ顔のまま頷いた。
「あたくしですわ。だって、レイリーたちは三人一緒でなければいけませんし……それに、いいじゃありませんか。白、白、白で」
確かに、リックとコーネも調理服のままなので、テーブルの左側は見事に真っ白ずくめである。レイリーたちには、スカーフのワンポイントが入っている上――なぜかフィリガルが調理服の上から黒マントを羽織っているために、微妙どころか完全に壊れた色合いになっているのだ。
(てゆーか、調理の時には着てないマントを、どーしてわざわざ着てくるんだか……)
げんなりと思うレイリー。彼が頑として着ていくと言って聞かなかった故のことなのだが、まことに意味不明な主義である。
それに、とエリナが付け加えた。
「これはお菓子の、いわば食べ比べです。実際の勝敗を判断するのは、オトウサマと――」
奇妙なアクセントをつけて言葉を切り、じろ、と横目で王を睨み付ける姫君。
「――あたくしと。そして判定が分かれた時の、ウィックランド調理師長のみですわ」
「……エリナ姫って、一回キレると怖いよね」
「激しいままで糸引いてる感じだよな……」
愛娘の突き刺すような視線に遭って、じりじりと顔を背けるドルナダ王。
エリナの激しさは確かに怖いものがあったが、それよりもレイリーは、自分の隣でひそひそ話すバカ二人をいかにして黙らせるかを考えた――実際にはさほど悩まず、フィリガルの向こうずねに踵を叩きつけることですぐの解決をみたが。
エリナは一転、にっこりと笑みを浮かべた。
「できるだけ公正に判断したいと思っていますけれど、やはり味の好みなどもありますから。あなたの反応も、参考にさせていただこうというわけですわ。本当なら、何も事情を知らない外部の者にそれをさせるべきなのでしょうけど……」
「それはさすがに、と……なるほど。わかりました」
「ん、むー、えへん。では、あー、よいかな?」
わざとらしく咳払いして、ドルナダは言った。
「聞いた通り、基本的に余とエリナの二人で判定を行う。分かれた時は、あー、ウィックランド。よろしくな。
では、ホイロッサ。ハルーカイン。どちらとも、菓子の準備はよいか?」
『はい』
図らずも返答が重なった。レイリーとリックは一瞬視線を合わせ、すぐにふいっと逸らしあう。彼女はそのまま、謁見の間を見回した。
長いテーブルの端に給仕たちが控えており、その傍で、彼女たちの菓子とリックの菓子――人数の倍にあたる皿が、それぞれ出番を待っている。全ての皿には銀色の円蓋が掛けられ、中身を窺い知ることはできないが、レイリーはなんとなく落ち着かなさを覚えた。それとも、これは武者震いの類だろうか?
(ダメよ。いよいよなんだから、落ち着け、落ち着け……)
広間の壁際には、毎度紫の制服を身に着けたラノーの隊員がずらりと並び、万全の警備体制をとっている。通例のことなのだろうが、今回に限ってはなんとも妙な雰囲気だった。仕事とはいえ、あちらさんも大変である。
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