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第七話−5
透明な部分だけをたっぷりとすくい、レイリーはそれを示して言った。
「まずはこのように、透明な部分だけ食べてみてください。中に浮いている珠を避けて……あ、ちょっと難しいですけど、下のスポンジとかと一緒に食べてもいいですよ? さぁ!」
全員が一斉にスプーンを取る。フィリガルやマイクたちも、さて巧くできてるかな、などと呟きながらゼラチンを口に運んだ。それを横目で見ながら、自分もスプーンをぱくりとくわえる。
つるりとした独特の食感が、舌の上に滑り込んできた。一噛みする、という程でもなく、舌で歯の裏に押しつけて潰す――鮮やかな甘味とオレンジの風味が、口いっぱいに広がった。よし、と胸中で頷く。とりあえず、どうにかうまくできている。
「まぁ……っおいしい!」
真っ先に歓声をあげたのは、やはりエリナ姫だった。接着剤、という前振りを聞いたからか、食べるのをやや渋っているようだったドルナダも、おお、と唸って頷く。
「これは、なんとも……不思議な食感だ。口の中でふるふると崩れよるわ……これが、にかわなのか? ホイロッサ」
「にかわになる前の状態です。砂糖とウィルミシュを混ぜて型に入れ、冷やしてこの形状にしました。スオティレイクス――保存庫だけでは心許なかったので、薬物地下実験室を借りて作業したんです」
ぱち、と向かいの末席にウィンクする。薬物学者の彼は、フンと鼻を鳴らして苦笑した。
「今回使用したのは、帰路の途中で買ったリルニ・ポーク。骨と皮しか使ってないので意味ないかもですけど、臭味のない高級な豚なんです。さらに念のため、ウィルミシュの他にクラティア酒も少し使いました。その風味もお楽しみください」
「あん……いや、君たち、は」
「実は元々このアイデアは、そこのデオールド博士が――」
「君たちは、おい、ホイロッサ!」
レイリーは露骨に表情を歪めた。無理矢理に彼女の解説を遮ってくれたリックを、大きくため息をついて睨みつける。
「なんですか、ハルーカイン調理師? 人が喋ってるの邪魔しないでくれる? あと呼び捨てしていいなんて誰も言ってないわよ」
「君たちは、ラブス地方へ行ってきたのか」
こちらの言うことを完全に無視するその態度には、正直おさめがたい気持ちもあったのだが――それは後でどうにでもなる。この勝負が終わったら、心おきなく蹴たぐり回してやるんだ。
ラブス地方とは、ルーディア王国の西方に位置するラエブーツ共和国にある、海に面した地域である。レイリーは、そんなところへ行ったことなど一度もなかったし、第一今回行ってきたサンダラクトとは全くの逆方向だ。なので、迷わず首を横に振った。
「いいえ? 行ったこともないわ。それが?」
「うっ……嘘をつくな!?」
ドン、とテーブルを叩いて立ち上がるリック。レイリーはやれやれと眉根を寄せた――よくよく、物を殴るのが好きな男である。というか尋問でもあるまいし、問いに答えて嘘をつくなも何もないものだ。呆れていると、彼は怒鳴るように続けた。
「行ったことがないなら、なぜこんなものを作った!? それに、もし……一体どうやって……!」
「どうやって、って……さっき言ったじゃん」
「落ち着け、ハルーカイン」
面白そうに事態を見守っていたドルナダが、ようやく口を開いた。紫眼に見据えられ、しぶしぶリックが席に着く。カッときやすい宮中調理師が、何をこうまで喚いているのかは知らないが、レイリーにはそんなことを考える気も余裕もなかった。
ドルナダは、彼女に目を向けて、
「しかし、ホイロッサよ。余はこんな菓子を初めて食べたが……こういう製法は元々あるのか? それとも、お前たちが独自で思いついたのか?」
答えようとした時、リックがまた小さく何かを呟く――レイリーは、うざったそうに彼を一瞥した。実際ウザかったからそうしたまでだが、その一瞬の合間に、隣のフィリガルが立ち上がって言う。
「はい、ボクが思いついたんです」
「あ、こらフィル――」
「実は、ボクらが旅立つことを決意したその日に、あそこのダグラスが薬物研究室を爆破しちゃいましてね? ラノーの副長さんが修繕に来てたんですけど、その時たまたまにかわになる前のゼラチンを食べたんですよ。いや〜〜〜ほんとマズくてクサくて、とてもお菓子に使おうーだなんて思えなかったんですけどねあの時は」
座っているだけなのが余程退屈だったのか、レイリーを押しのけるようにしてべらべらと喋る。一同ぽかんとしていたが、ドルナダは鷹揚な笑みを浮かべて頷いた。
「なるほど。それで?」
「ボクはずっと考えてたんですよ。リビアナの実に一番合う製法はどれか、ってね。そして、あの特性の理由が分かった瞬間、ピーンときたんだボクのこの天性の勘が! そう! まさしく天才の偉業! その時ボ――」
「い〜加減にしろッ!」
目の色変えてヒートアップするフィリガルの爪先を、レイリーは思いきり踏みつけた。無言で椅子に沈み込み、悶絶するフィリガル――まったく。国王の御前であることすら忘れ去っていたのではなかろうか。恥知らずもいいところである。
(人がせっかく、説明の順序も考えてたってのに……余計なことばっかするんだから)
「リビアナの……なんだと? ホイロッサよ、メルロイドは何を言おうとしていたのだ?」
当然といえば当然だろう、耳慣れない単語に反応して、ドルナダ王が興味を示す。こうなってしまっては仕方ない。もう、この場の勢いでなんとかするしかないだろう。
「マイク?」
「……いいのか?」
「うん、大丈夫。出して」
視線が集まる中、少しだけ苦笑してマイクが身を屈める。そして、クロスの掛かったテーブルの下から――ドン、と大きな音を立て、何かを自分の皿の横に乗せた。
ゴツゴツとした、濃い茶色の表皮。最大幅一メートルはあろうかという、巨大な楕円形の物体。多くの面々が眉根を寄せた。
「それは……? なんだ?」
「これが、リビアナの実という果物です」
「ええっ!?」
驚くエリナ姫。彼女だけは、最初送られてきた小さな実を見ていたのだろう。目を真ん丸にして、無骨を形にしたような木の実を見つめている。
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