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第七話−7
そんなようなことを、レイリーはひとくさりつらつらと語った。
「オリーズ=ルワライバ……? 雷の裏側という、あの賞金稼ぎか?」
「そうです。ミストドラゴンを倒す際にも、本当に助けられました……さて」
彼女は自分の席に戻った。座らずに、再びスプーンを取って説明を再開する。
「透明なゼラチンの中に、二色の珠が入っています。それもゼラチンです」
「まぁ……ゼラチンの中に、ゼラチンが?」
「そうです。もちろん、違うのは色だけじゃなくて、薄い赤色は苺味、濃い紫色はダークチェリー味です。どちらも今が旬の素材。そしてその珠の中には……リビアナの実が、入っています」
全員の目が、それぞれのケーキの中に収まった二センチほどのゼラチン塊に集まる。レイリーはスプーンを手にして、ケーキからそっと赤い珠をすくい出した。ふるふると揺れるそれを静かに持ち上げて――それを透かして、真剣な表情でこちらを睨むリックを見る。
彼女は微笑した。
「どうぞ、この偶然の果実をお召し上がりください」
ドルナダが、エリナが、我先にとゼラチンを崩して珠を取り出し、口に入れる。ダグラスがにやついたまま、コーネが静かな無表情で。そしてリックが、半ば強ばった緊張の面持ちでそれを食べる。その直後。
全員がスプーンを取り落とし、両手で己が口元を押さえた。
「んっ……むっ!?」
「んんっ……ん〜〜〜っ!」
「んぐっ……んむ。うは……はは、ふははははは! なんだこりゃ!?」
誰もが驚きに目を見開く中、真っ先にそれを飲み下したらしいダグラスが、なぜか大爆笑して言った。慌てたようにスプーンを拾い、もうひとつ珠をすくって口に入れ――再び笑う。
「うほは、うはははははは! おいレイリー、こいつは何だ!? 何の冗談なんだ、こいつは!」
「まぁ、そこまでウケてもらえると、こっちとしても嬉しいけどさ……このリビアナの実は」
レイリーは指を鳴らした。パチンッ、と軽い音が響き渡る。
それは――今リビアナの実を食べた者の口中でも、鳴っていたはずの音。
「噛むと同時に、弾けるのよ。小さく軽く、ぱちぱちッ、とね」
「なんと……なんと不思議な感覚だ」
ドルナダが呟く。レイリーが無言で見つめる中、王はゆっくりとスプーンでゼラチンをすくい取った。濃い紫色、ダークチェリーの珠だ。
大きく口を開けてスプーンをくわえ、瞬間、なんともいえない感じに表情を歪める――顔をしかめながら笑う、といったような、どうにも筆舌に尽くしがたい具合だ。彼はそのまま、ゆっくりとゼラチンを飲み込んで、突然ダグラスと同じく笑い出した。
「ふはははははは! これは、なんと……面白い! 初めてだ。まったくもって、こんな菓子は、いや、こんな食べ物は初めてだ!」
「ええ! まるで、口の中でお菓子が踊ってるみたい……それに、このリビアナの実!」
可憐な口元を片手で押さえ、うっとりとしてエリナが言った。
「ぱちぱちと弾けた後、素晴らしく爽やかですわ。苺やチェリーの甘みと、この酸味が上手に合わさって……歯ごたえもゼラチンと対照的で、噛めば噛むほど濃厚な風味が、ああ、ああとっても美味しいですわ!」
「……これは……これは、うむ。なんとも……うむ……」
コーネが、何度も頷きながら、ただただ唸るように呟く。その隣で、リックはスプーンを握りしめてケーキを見つめていた。何か考え込むように押し黙り――やがて、もう一口ゼラチンを口に運ぶ。
その様子を横目で見ながら、レイリーは細く小さく息をついた。緊張が、次第次第に解けてゆく。エリナが彼女を見て言った。
「レイリー? こんな、不思議な……どうしてこんなことが?」
「あ……え、ええと。それは――」
「正確には、魔力と交わった時に弾けるんだよ。このリビアナの実はね」
なぜか言葉に詰まってしまった彼女に代わって、フィリガルが答える――彼自身、リビアナ入りゼラチンケーキをもむもむと平らげながら。さっと気を利かせてくれたのはいいが、既に敬語も使っていないというのはさすがにいかがなものかと思う。
「この実はね、ずぅっと殻の中で魔力に包まれていたんだ。でも、ボクみたいな魔術士が食べてみればすぐにわかることだけど、果肉のほうにはまったく魔力が含まれていない。この事が、一体どう関係するのかはまだわからないんだけど……噛むなり、指で潰すなりして、果肉を魔力と混ぜ合わせてやれば、その瞬間に弾けるんだよ! 今みんなが食べているようにね」
「リビアナの実を包む苺やチェリーのゼラチン塊には、魔力を帯びたリビアナの殻の粉末が混ぜ込んであります。それを食べた時にだけ、口の中でリビアナが弾けます」
続いて、マイクもそう語る。彼は、得意満面のフィリガルを片手で示して、
「先天的に魔力を持たない方でも弾ける感覚を楽しめるよう、そういう作り方にしましたが……既に魔力をお持ちの方は、ただリビアナの実だけを食べただけでも弾けることがあります。こいつのように強い魔力を持っていたりすると、常時弾けることになるわけで。
実は、今回の旅を一番ややこしくしてくれたのは、他ならぬこ――」
「あーあーあーあー! い、いちいち言うなよ、そういうことを!」
「あら、フィリガルが一体どうしたんですの? また、行く先々で女の子に声を掛けたのかしら?」
くすくす笑うエリナ姫に、もちろんそれもしました、とレイリーは頷いた。コップの水を飲み、喉を湿らせてから手短に説明する。
「最初、この城であたしたちがリビアナを食べた時にも、当然フィルの口の中では実が弾けていたんです。それで、これはリビアナの実だ、って特定したらしいんですけど……それを最後まで、あたしたちに言わなかったんですよ」
「バイ・ビー・ハニーの時に引き続き、今回もやってくれました、と」
「だ、だってレイリー! できないだろそんなこと!?」
がたんと立ち上がり、フィリガルが釈明する。
「本で読んで、そういう不思議な食べ物があるってことを知ってただけなんだから! ボクはねぇ、自分で理解できてないことをマジメくさって説明するのも、何がわからないかすらわかってないことを人に訊ねるのも大っ嫌いなんだ! それに……」
「それに?」
「もし間違ってたら、後が怖いじゃないか」
さすがに王族の御前であるので、テーブルの下の見えないところでアホの爪先を踏みにじるに留めておいた我慢強いレイリーである。しかしバレバレだったのか、エリナはまたもくすくすと笑い、ドルナダも大きな笑みを浮かべる。
そして、全員が夢中で菓子を食べた。
甘い甘い、ぷるぷるのゼラチンを味わい、苺やチェリーの香りに包まれたリビアナの風味を、食感を楽しむ。ダグラスは最後まで笑うのをやめなかった。いつしかコーネも微笑を浮かべていた。リックは、ただただ何も言わずに――ゆっくりと、ケーキを食べていった。彼女ら三人がしてきたことを、ひとつひとつ噛み締めるように。何かを理解していくように。
レイリーも席に着き、自分たちの作った菓子を味わう。
うん、美味しい。
大丈夫。
「……うむ。ホイロッサよ」
満足げに息をつき、ドルナダは大きく頷いた。誰も、ひとかけらも残さず、綺麗に平らげてしまっていた。
「実に、見事な菓子であった。堪能した」
「ありがとうございます!」
やるべきことは、全てやり終えた。給仕たちが、全員の前から皿を下げる。
後はいよいよ――この勝負の判定を待つばかりだ。
しばらく、沈黙が続いた。
「余は……うむ。少しだけ後悔しておる」
やがてこぼれたドルナダの声に、レイリーは眉根を寄せた。後悔。どういう意味だろう。
「だが、それ以上に……それより遙かに喜んでもいる。こうまで素晴らしい菓子を、この生涯のうちでふたつも口にできたことは、喜び以外のなにものでもない。後悔とは、これを勝負にしてしまったことだ。それ故に生まれた菓子かもしれぬが、やはりどちらかを勝ち、どちらかを負けと判断せねばならんというのは……どうにもなんとも、難しい」
「本当にその通りですわ」
微笑み、エリナも同意する。
「リックのお菓子には、我が国の発展を象徴するかのような、繊細な技術がいっぱいに詰まっていましたし……レイリーたちのお菓子は、今までにない新鮮な感覚を幾度も味わわうことができました。甲乙つけがたい、とはこのことですわね」
レイリーは、気取られないようにゆっくり舌を噛んだ。そのわずかな痛みも、期待したほど緊張を緩和する役には立ってくれない。掌がとても冷たいのに、胸の内は信じられないほど熱い。
これで、全てが決まる。
サンダラクトの霧谷。あの、並みの傭兵だったら何度死んでいるかわからない旅で目指したものが、目の前で不安定に揺れている。まるで、ミストドラゴンの不可思議な霧に、視界が覆われているかのようだ――そのまま霞んで消えてしまうか、握りしめた手の元へやってくるか。それが決まる。今すぐにも。
ドルナダとエリナが、両手をテーブルの上に置いた。右手が挙がればレイリーたちへの票、左手が挙がればリックへの票である。二人の判断が分かれた場合、コーネが口頭で勝者を決定する。
刹那、その場を完全に静寂が支配した。わずかな衣擦れも、誰の息遣いも、レイリーの耳には届かない。それは本当に、謁見の間全体が静まり返っていたのか、彼女の無意識が雑音を消し去ってしまったが故なのか――
ドルナダが言った。
「リック=ハルーカインか。レイリー=ホイロッサ、マイク=F=ロイケン、フィリガル=メルロイドの三名か。
……勝者は」
ふたつの掌が、動いた。
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