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第七話−8
「ダメだって、それはボクの役だ! くそ、オリ爺あんた図々しいぞ!?」
「何を言う。お前よりよく働いてみせるわい。のう、レイリーさんや?」
「も、好きにしてください……」
「なんかフィルが増殖したみたいだな」
「レイリー! あたくしも、あたくしも――」
バンッ
談笑さざめく厨房のドアが、派手な音とともに蹴り開けられる。手を止めたレイリーたちの前に、両手一杯に紙袋を抱えた真っ白ずくめの変人が、満面の笑顔で飛び込んできた。
「やぁやぁ、諸君! やっとるかね〜……お?」
テーブルの上に並んだ食材。泡立てられつつある卵白や、細かく刻まれた果物類を見て、変人――ダグラスはきょとんとした。見つめる彼らに、首を傾げる。
「……なんだ? 何でお菓子作ってんだお前ら……あ! まさか、アレか!? さっきのお菓子勝負が無効になったとか。リックが駄々こねて再勝負になって、そんでレパートリーに乏しいお前らは焦って――」
「違うわよッ! 不愉快なストーリーを捏造しないでくれる!?」
思わず叫んで、レイリーはヘタをとった苺をカゴに投げ込んだ。
彼女も、マイクもフィリガルも、いまだに調理服姿である。加えてその場にはオリーズ老とエリナ姫がおり、それぞれ作業の手を止めてぽかんとダグラスを見やっている。なんとなくバツが悪くなったのか、抱えていた袋をどさどさと床に置いて、ダグラスは不満げな表情をした。
「なんだよ。じゃ、何でいきなりそんなことしてるんだ? さっきまでどんちゃんやってたじゃないか。人に買い出しまで行かせといて」
「あんたが勝手に行ったんじゃない。あ、トラスパ亭の串焼きだー。うれしー、これも〜らいっと……」
「ええい、もういい! 食うな!」
がさがさと紙袋を漁るレイリーの手から、串焼きの袋が奪い取られる。むー、と膨れる彼女に、エリナがあらあらと笑い声をあげた。確かになんとも、子供っぽいやり取りである。
栗色の長髪をひとつにまとめ、おそらくレイリーの月収が軽く二、三月分は飛ぶであろうドレスの袖を無造作にまくり上げた姫君は、慎重な手つきでゆっくりとチェリーをすり潰していたが、ふと顔をあげて言った。
「でも……レイリー?」
「はい?」
「本当に、良かったですわね。おめでとうございます。あたくし、心の底からホッといたしましたわ!」
レイリーは、少し照れたように笑った。本心、エリナには本当に感謝の言葉もない――評価はともあれ、彼女の存在が自分たちにとって大きな支えとなってくれたのは、疑いようもないことなのである。
謁見の間における菓子勝負で、勝ちを拾ったのはレイリーたちだった。
あの瞬間。心臓が破裂するかとも思われた沈黙の後、エリナとドルナダの両名ともがその右手を掲げた。コーネ調理師長に判定を問うまでもなく、宮中菓子職人側の勝利が決まったのである。広間を退いて一息つき、ともかくも事なきを得たということで、彼女らはこの王国菓子職人専用厨房でささやかな祝勝会を開いていたのだ。
「あたくしは、もちろん最初からレイリーたちを――いいえ、贔屓というわけではありませんのよ? 最初から、レイリーたちのお菓子が素晴らしいと感じておりましたもの!
けれど、まさかお父様まで……」
「あたしとしても、正直予想外でした」
苦笑して、本音を漏らす。
「リックのお菓子は、あれは……やっぱり、あたしたちには真似できないものでしたから。経験の差がモロに出ちゃいました。たとえ同じものを作っても、あんなに美味しく綺麗になんてできない……それにきっと、王様の好みにぴったりだったんじゃないかとも思いますしね」
「ね〜。演出じゃ完璧に負けてたよね」
「そういうことを明るく言うなよ……」
あっけらかんと笑うフィリガルに、マイクが半眼で言う。エリナは小さく肩をすくめ、微笑んだ。
「まぁ、よろしいことですわ。なにはともあれ、結果が良かったのですから」
「ええ。本当に、良かったです」
「それは良いんだがな!」
卵やフルーツに悪戦苦闘しつつ、オリーズが言った。彼ももちろん、レイリーたちの勝利を喜び、一緒に祝ってくれていたのだが、突然『わしだけお前さんらの菓子を食うとらん。納得いかん』と言い出したのである。ダグラスが宴会の食料を買い出しに行っている間のことで、ならば今からひとつ一緒に作ってしまおう、ということになったのだ。
最初のうちこそ、大国ルーディアの姫君の御前ということで畏まっていたオリーズ老であるが、もはやこの体たらくである。フィリガルと低レベルな口喧嘩をし、慣れない調理器具で必死にクリームを泡立てている。
「そろそろこっちも手伝ってくれんかい! おお疲れた。老骨には堪える重労働だわい……」
「よく言うよ、あんだけ山ん中駆け回れるクセして。ほら、まだ混ぜが足りないよオリ爺。早くしないと果物が乾いちまうぜ、もっとがんばれ!」
あたくしがお手伝いいたしますわー、とエリナがとてとて寄っていく。姫に力仕事は、と慌てるマイクに、かたいこと言うなとフィリガルが返す。ダグラスは一人で串焼きをかじり、酒まで買ってきたのによ、などとぶつくさ悪態をついている。
ようやく戻ってこれた気がして、レイリーはほっと息をついた――なんとかまた、ここへ辿り着けた。回り道を繰り返しはしたが、そうでなければ拾えないものもあった。自分たちはこれでいい。このまま頑張っていけばいい。
これからも、ルーディア王国の菓子職人として。
「レイリー、休みすぎだよ! なにイイ表情して考え込んでるのさ、そういう顔は二人っきりの時にでもしておくれよ――」
「お黙り。……よしっ。はい、手伝いますよ〜。ほらダグラス、いつまでも拗ねてないで、一緒にやろ! お菓子作ろ、お菓子!」
「ちッ……へいへい。まったく、お前らときたら、やれやれだぜ」
王国菓子職人専用厨房に、彼女たちの笑い声が響く。
今日は特別な日だ――いつもより派手に、いつもより陽気に、思いっきり騒ごう!
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