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第一話−3
フィリガルも、そこはかとなく満足げに続けた。
「人間と精霊は、魔術を介して対等でなきゃダメだ。特に人間は、精霊をむしろ人間として扱わなくちゃいけないと思う。これは、実践級魔術の上達促進にも繋がることなんだ。精霊をよく知り、精霊のことを考えて魔術を使う。これだけでも、全然違ってくるのはわかるだろう?」
「メルロイド先生!」
紫色の制服に身を包んだ若い女性が、律儀に挙手して言った。途端、フィリガルはにっこりと相好を崩し、やんわりと片手で彼女を示す。
「はいはァ〜い、なにかなアルトくん? ああ、質問の前にまずね、ボクを呼ぶ時はフィリガル、もしくはフィル副部長と呼んでくれるかな? 名字で呼ばれるのも先生と呼ばれるのも、なんだかくすぐったいんだよ」
「あ、は、はい。すみません……フィリガル副部長」
できればフィルのほうが良かったなー、といらないことを呟いたフィリガルの声は、幸か不幸か聞こえなかったらしい。クセのある栗毛をポニーテールに結わえた彼女は、メモとペンを構えたまま言った。
「精霊のことを考えるって、具体的にはどういうことですか? 人間のように知る、って、例えば性格とかを……?」
「そう。まさにその通りだよ、アルトくん。じゃあ……何か具体例を出そうか」
うんうんと、意味もなく数度頷いてから、フィリガルは黒板にカツカツと絵を描いた。長方形を適当な線で区切った、簡単な図だ。ハテナマークを浮かべる生徒達に、これは王国菓子職人の更衣室なのだよ、と説明する。男女兼用というか、一室を板で仕切っただけで使っているらしい。
ほーん、と微妙な声をあげる生徒たち――フィリガルはいきなり、バシンッと黒板に掌を叩きつけた。
「例えばだよ!」
熱の入った表情で、ぐっと拳を握りしめる。
「この更衣室において、かのレイリー=ホイロッサの着替えを覗こうと企てたとしようじゃないか!」
『おおおおおお!?』
どよめきが起こる。フィリガルは大仰に腕を振り、教板に大きく『Nisyia(男)』と書いて、シャッシャッと下線まで付け足して言った。
「その場合、どんな魔術でそれを実行するにしろ、力を借りる精霊は男性でなければならない。ここがまずキモだ!」
『おおおおお』
「せ、先生? あの、なんか、ちょっと色々間違ってません……?」
「断じて間違ってなどいない! そして副部長と呼んでくれ、アルトちゃん!」
ナチュラルにちゃん付けに移行しながら、フィリガルはまたなにやら描き加えた。更衣室の片側に棒人間、さらにそれをこそこそ窺う、ふわふわした雲のようなキャラクター――雲はなんとなくスケベな表情をしており、そこだけ妙に上手かったりする。
もう、彼の熱弁は止まらなかった。
「風の精霊に頼み、彼女がそっぽを向いているちょうどいいタイミングを見計らってもらう方法をとるとする。個人的には、光の精霊を喚んで映し出してもらうって方法がベストなんだけどね。あいつら揃って気位が高いから、まず承諾してくれないんだ……ここは、遊び心を理解している風の精霊がいいと思う」
『おおおお〜〜〜』
「その、せ、先生……じゃなくて副部長。なんかすごいリアリティあるんですけど。てゆーか、あの」
「いいかみんな、ここが重要だぜ!? 自分が契約している風の精霊の中から、男で、スケベで、洒落の分かるヤツを選んで術を組み立てるんだ。いや、この場合は組み立てるというより、提案すると言ったほうがいいな。そそのかす、でも合ってる」
『おーおーおー』
「副部長、そっちに、さっきから――」
「術内容は各自考えるといい。だがボクがやるなら、『目標の目線が百度以上こちらから外れている間は合図を寄越す』かな! いいかい、重要なポイントは、選ぶ精霊だ! まかり間違って女の精霊なんかに頼んでみろ。良くて無視、悪けりゃ契約破棄だよ!」
『おお〜〜〜〜〜』
「聞いてください副部長! あ、あわわわ……」
「ふ、女の君には分からないだろうね、アルトちゃん。けどこれは、とっても大事なことなんだ。超一流の傭兵、レイリーの油断に魔術でつけ込むことができるかどうかが、今後の君たちの成長課題とも――」
「ぃぃぃいい加減にしろぉ―――――ッ!?」
ドカーン!
と、ものすごい音を立ててレイリーが蹴り破った教室のドアは、鼻息荒く講釈に聞き入る男性生徒どもの鼻先をかすめ、偉そぶってポーズを決めていたフィリガルを直撃して吹っ飛ばした。ごろごろごろガン、と壁に当たって跳ね返る彼の上に、とどめとばかりにドアが倒れ込む。
派手な音の連続にどよめく生徒たち。ずんずんと数歩踏み込んで、レイリーは腰に両手を当てた。ぎろりと室内を睥睨すると、生唾を飲み込みながら黒板を写していた男たちが、そそくさと教室後方へ退いてゆく。女生徒たちは苦笑したり、レイリーを見て小さく歓声をあげたりと、こちらもなかなか忙しい様子だ。
「真面目にやってるのかと思ったら……」
腰の手を今度は胸の前で組み、フンと鼻から息を抜く。
「やっぱりあんたはこうなのね!? ロクでもないことばっかり教えて。バカじゃないの!?」
「ま、待ってくれよ、レイリー。それは誤解さ」
がらがらばたん、と乗っかっていたドアを押しのけ、姿を現すフィリガル。熱の入った講義時とは比べ物にならないほどへにゃらけた表情で、両手を挙げてみせる。
「ボクはただ、魔術講義の一例として、君を引き合いに出させてもらっただけだよ。決してそんな、愛しい愛しい君の着替えを本気で覗こうだなんて。はっは……てゆーか、いつから見てたの?」
「さっきからよ! つーか嘘つけ! 絶対途中から本気だった、ううん、あれは既にやったことあるげな物言いだったわね!? いつやったの何回やったの、白状しなさい!」
「ちょ。ぐげ。れいり。くるし」
「あわわわ、ふ、副部長!?」
首を掴んでぐいぐい締め上げはじめたレイリーを、生徒たちが慌てて止めた。ぷしゅー、と怒りを呼気にしながら、ふらふらと立ち上がったフィリガルを睨む。
「大体、いつまで授業してんのよ! それもあんな有害な」
「ゆ、有害って。だから違うよレイリー、ボクは実践魔術における精霊基礎理論を――」
「黙れ覗き魔! まったく、三時過ぎてまでやるような授業じゃないでしょー!?」
言うと、フィリガルは一瞬動きを止めた。しばし悩むような、考えるような素振りを見せてから、生徒たちに顔を向ける。
「え? 三時、過ぎてたの?」
「……何を今更」
「副部長、自分で『ああ、三時の鐘だね』って言ってたし」
「だから試験も終わってるんじゃないですか」
口々にツッコまれる。顎に片手をやって、彼はしばらく沈黙していたが――やおら、にっこりとレイリーに笑顔を向けた。
「まぁ、アレだよね。教育熱心ってことで」
本当に墓穴を掘るのが上手い男だと思いながら、レイリーは彼を殴り倒した。
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