第一話−7


 四人が中に入ると、扉はすぐに閉じられた。入り口の両脇に二人、通路の真ん中辺りの牢屋の前に二人、ラノー隊員が立っている。牢屋の前の隊員は、アルトを見て小さく頷いた。
「御苦労、ケルトウーケン隊員。菓子職人様方、どうもわざわざ申し訳ありません」
「いえ……」
「なに、来たのか? 来たのだなっ?」
 異質な声。続いて、なにやらバタバタと暴れるような音がした。思わず顔を見合わせる――ラノーが見張っているらしい牢屋に、誰か入っているようだ。というか、そこ以外の牢に人の気配はない。要人牢、城勤めや要職にある者を閉じ込める場所なのだから、そうそう盛況でも困りものではあるが。
 ともかく、彼女らは中央の牢屋に近づいた。その場における隊長なのだろう、青年隊員が言う。
「ケルトウーケン隊員から、おおよその状況は聞かれたものと思います。どうぞ……アレです」
 片手で牢の奥を示し、一歩退く。
 やはり、この鉄格子の向こうに、はるばる自分たちに会いに来た吸血鬼が囚われているのだ――別に、どこから来たのかなど知らないし、先程聞こえた声も、想像していたような冷たい重みをもつテノールではなく、大道芸人に野次を飛ばす見物人のオヤジのような軽さを感じたが、そんなことは気にしない。
(吸血鬼、吸血鬼っ……♪)
 シチュエーションにわくわくしながら(こういう安っぽさをミーハーという)、レイリーはひょいっと――さながら、誕生日プレゼントの包みを開く子供のような心境で――鉄格子の中を覗き込んだ。
 そして、沈黙した。


「おお! お前がここの菓子職人か!」


 やたら元気良く響く声。
 牢屋にいたのは――いや。牢屋の、岩でできた無機質な床に転がっていたのは、銀色のロープで完膚無きまでに縛り倒された、全身黒衣の中年オヤジであった。
 たちまち半眼になるレイリーに、ぴょこぴょことコメツキムシのように上体を上下させて、嬉しげな声をあげる。
「会いたかったぞっ! 苦労した甲斐があったというものだ。お前は女だから、あー、レイリー=ホイロッサだなっ? そうだろう。そちらの男は、マイクか、フィリガルか!?」
 べらべらと喋りまくる。
 どうにもリアクションがとれず、レイリーはただ黙っていた。彼女に続いて牢屋を覗いたフィリガルやマイクも同様である。ラノーの隊員たちも、彼女らの心境を慮ってのことか、何も言わない。
 ようやっと、フィリガルがぽつりと呟く。
「……なに? このミノムシオヤジ」
「誰がミノムシかッ!?」
 聞こえたらしく、獄中の男――まさしく、ミノムシオヤジと形容するにふさわしいそれが反応する。レイリーたちは再び沈黙した。
 とりあえず、状況がわからない。自分たちは、吸血鬼が捕らえられている場所に案内されたはず――なのに、どうして牢屋の中には真っ黒いミノムシオヤジが転がっているのだろう? おそらく、黒いマントを身に着けたオヤジがロープでぐるぐる巻きにされたため、そんなビジュアルになってしまっているのだろうが……つまり、そこから連想されることとは。
 ミノムシはじったらばったらと暴れながら、なにやらフィリガルを怒鳴りつけた。
「おのれ下等な人間風情が、出会い頭に無礼極まりない! それともそれが貴様らの礼儀か? それでよく菓子職人が勤まるなっ!?」
「おいおいおい、喋ってるぜ。珍しいミノムシだなァ」
「おいこら!? いい加減にしろ貴様、我はミノムシではないというに!」
 レイリーはこめかみに指先をあてた。ミノムシミノムシとしつこく騒ぐフィリガルを適当に殴って黙らせてから、呟く。
「ええと……アレが、ええと。あー、なんだっけ……?」
「い、いやあの、レイリー? ボクの鼻から勢い良く噴き出てるこの血の理由を訊いてみたいんだけど」
「ややこしい時にうるさいのよあんた。アルトさん、アレが……アレが、その、アレなの?」
「は、はぁ。そうです」
「むぅ。最近の人間語はいまいちわからん。指示語が多いな……ま、とにかく」
 どこか申し訳なさそうに頷くアルトに、また上体を反らす怪物体。
「我こそは闇の眷属が一、魔族ローダトゥショニツリルバナケラーノである。お前たちには、吸血鬼といったほうが通りが良いのだろうな……下等な人間など及びもつかぬ次元で存在する、世界の王たる血族であるぞ。敬礼せよ」
「ほ……ほんとに吸血鬼なの? あなたが?」
「そうであると言っておろうに」
 そんなバカな。
レイリーは愕然とした。よろよろと数歩後ずさり、両手で己が頬を挟む。
 なんということだろう――清廉な美青年は? 妖艶な美女は? 神秘的な雰囲気はどこへ? 最近のヒロイック・サーガは出来が悪いのだろうか。こんな、こんな、四角い顎にゲジゲジな眉が白い肌に妙によく似合う、意味不明な銀髪ミノムシがラスボスだなんて! 処女の生き血を好み、自分より美しい存在を嫌うという、万国共通のイメージ設定はどこで死んだというのか。確かにそこそこワイルドな面立ちだが、彼より美しい存在など、草の根わけずともそこいら中に――
「あの……レイリー? どうしだど?」
 ラノー隊員からもらったちり紙を鼻に詰めながら、フィリガルが延々とショックを受け続ける彼女に言う。マイクが小さく肩をすくめて、
「たぶん、吸血鬼に対して抱いてた自分勝手な想像が、アレ見て打ち砕かれたんだろ」
「ああ〜、なるぼど。そえはお気のろくだで、レイリー……」
「うるっさいッ! ええもう、ああもう、ちょっとあんた!?」
 図星を突かれて我に返り、レイリーは牢屋の鉄格子をがっしりと両手で掴んだ。にじにじと這い寄ってくる吸血鬼(らしき物体)に、得体の知れない怒りのこもった視線を突き刺して言う。
「本っ当〜〜〜に吸血鬼なのね!? うそじゃなくて!? キュー=ケツキーって名前の人でもなくて!?」
「当たり前だ、何を言っとるんだお前は!? 我が名はローダトゥショニツリルバナケラーノだと言っておろうが!」
 ぴょっこらぴょっこらと腹筋を活用しながら、彼、ローダトゥショニツリルバナケラーノは、あくまでも誇らしげにのたまった。
「貴様ら人間どもには、吸血鬼などという不名誉な呼ばれ方をされておるが、我等はれっきとした闇の血族だ。夜の世界は全て我が庭よ。こういう形でまみえることになったのは甚だ心外かつ残念であるが、所詮愚かな人間どもの所業と心を平静におさめておるのだ。偉かろう」
「いや、何言ってんだかさっぱりわかんないけど……とにかく、あくまで自分を吸血鬼だってきゃーっ!? あんま寄ってくんなコラッ!?」
「うおわっ!? 何をするぅー!?」
 いつの間にやら近くまで這ってきていた吸血鬼に、ガシンと鉄格子を蹴りつける。ごろごろと逆側の壁まで転がっていった彼を指さし、レイリーは往生際悪く怒鳴った。
「だめ! やっぱ信じらんない! 吸血鬼だっていうんなら、証拠見せなさいよ! 証拠!」
「な、なにぃ? どういう意味だ、どこから見ても闇の血族だろうが!」
「どこから見ても芋虫の眷属にしか見えないわよ! 認めない、あたしは認めないわ。吸血鬼ってのはもっと、こー、こんなコントめいたやり取りをしてはいけない存在なのよ!」
「ほらな? やっぱり夢見てた」
「ああ、ほんどだで」
「うるさいって言ってんでしょ!?」
 振り向きざまに、フィリガルの鼻からちり紙を抜き取る。またぶばーと鼻血が吹き出すが、さらに彼女は抜き取ったちり紙を、ビシビシと二人に投げつけた。傍観者を決め込んでいる彼らのコメントが、よほど気に障ったらしい。