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第一話−8
「あー、もぉ〜! 世の中一体どーなってんのよぉ!?」
「ホ、ホイロッサさん、落ち着いて……!」
「で、でぼね、レイリー。彼がホンボドど吸血鬼であるってことは、間違いないど思うよ」
うにー、と涙目で振り返る。アルトから新たなちり紙を受け取って、フィリガルが言った。
「あのバンド、ジギニードだよ」
「バンド?」
「違う違う、マンドバント。これこれ」
自分が羽織っている黒いマントをばさばさしてみせる。ああ、とレイリーが頷くと同時、牢屋の中の吸血鬼も、ほう、と小さく声をあげていた。
「ジギニードっでのば、人間ぢゃない何かの血を受げで呪はれたマンドのごどだお。それ自体が魔力をぼっでいで、どでも普通の人間にば着れたもんぢゃない。吸血鬼でもないどで」
「あんたの台詞ほんと読みにくいわ……。でも、吸血鬼でしょ? 煙とかコウモリとかに変身できるんでしょ? なんであんな、床にすっ転がったまんまなのよ」
「あではぎんなばだね」
「はぁ?」
「ぎんなばだよ。ぎんなば……うわっ!?」
いい加減苛々して、レイリーが再びちり紙を引っこ抜く。途端に溢れ出す血を、彼は必死に両手で押さえつつ、
「だ、だからねレイリー、銀縄だよ。ミスリルロープ! あの吸血鬼を縛ってるのがそうさ。邪を滅するミスリルを織り込んだ縄で、あれでくくられちゃ、そう簡単には術なんて使えなくなっちゃうんだよ」
「その通りである! 最初、普通の縄で縛られた時には、貴様の言う通り煙と化して抜け出してやったのだがな。そこの紫色の人間どもが使う卑怯な魔術に再び捕らえられ、ことほど左様に非道な扱いを受けているというわけだ!」
堂々と恥を晒すぐるぐる巻きオヤジ。確かにその縄は銀色で、ただならぬ鈍い輝きを発しているようにも見えた。
「加えて言えば、名前もそうだ。あんた……ローダトゥショニツリルバナケラーノ? 大体二十八文字ってトコかい?」
「ふ……いいや。二十七文字だ」
「そうかい。レイリー、吸血鬼っていうのはね、ふたつと同じ字数の名前を持たない種族なんだよ。血統によって違うんだ。十文字の一族、二十文字の一族、ってね。だから、やたらと長い名前になってたりするんだよ」
なるほど、と頷かざるを得なかった。どうやらフィリガルの言う通り――この地方没落貴族のような中年男が、本物の吸血鬼であるということに間違いはないようだ。混乱気味だったので考えもしなかったが、第一最初に彼女らを呼んだラノーが嘘をついているとは思えない。
(ああ、でも……!)
レイリーは、いよいよ痛くなってきたこめかみを、トントン叩いて揉みほぐした。一体、何をどう間違ってこんな事態になったのだろう――朝もはよから呼び出され、多少の期待も裏切られ。雨も降っているし、散々だ。
壁に寄りかかるようにしてずりずり身を起こす吸血鬼に、もはや鼻血を止める気も失せたらしいフィリガルが続ける。
「長い年月で、数ある吸血鬼一族も大半が滅び絶えたって聞いてる。まだ残ってるのは、最強である一文字の一族と、他いくつかの字数だけだ、ってね」
「ふっふ……ふはははははは! おい貴様、口が悪いだけの男かと思っておれば、なかなかどうして博識ではないか。人間も捨てたものではないな」
「ふっ。ま、ボクほどにまで深く広い見識をもつ人間は、ちょっとばかり稀だけどね」
前髪をかきあげ、格好つけたつもりのフィリガル。いまだ鼻血は流れ出ているので、かなりハイレベルに間抜けである。マイクも、アルトを含むラノーの面々も、ただただぽかんと眺めていた。
いつまでもぽかんとされていても困るので、レイリーは半眼で口を開く。
「で? あんたが吸血鬼だってのは、まぁ、仕方ないから納得するけどさ」
「なんなのだお前は、先程から微妙な態度を……」
「それはいいから。一体何しに来たのよ? 吸血鬼が人の街に……ましてや菓子職人に用があるだなんて、聞いたこともないわよ?」
「おお。それだそれだ」
仕切直しに、吸血鬼は居住まいを正し(といってもミノムシ状態から脱せていないので、雰囲気以外何が変わったともつかないが)、真面目な顔で三人を見た。
「お前たちの噂を聞いてやって来たのだ。ぜひとも、頼まれてほしいことがある」
「頼み……? あたしたちに?」
「そうだ。お前たちに、作ってほしい菓子があるのだ!」
レイリーは沈黙した。口と目が、中途半端に半分開く――こいつは今、何を言ったのだ? お菓子を作ってくれ、と……吸血鬼が、人間の菓子職人に向かって、お菓子を作ってくれと言ったのか。
状況はわかるが、意味がわからない。
そのまま黙っていると、彼はさらに言葉を継いだ。
「お前たちは、腕のいい菓子職人なのだろう!? 素晴らしい菓子を作ると聞いた。ここはひとつ、種族間のしがらみだのなんだのを超えて、どうか我に、あの唄う菓子を作ってはくれまいか!」
うた――?
思考停止から三秒。
『……何言ってんだ、お前?』
三人の声が絶妙にハモり、牢屋に虚しく響いて落ちた。
「ほんとに、今日は一体どういう日よ!? 吸血鬼は訪ねてくるし、なんかオヤジだし、お菓子作ってくれとか言うし! てゆーか仕事ほっぽらかしといていいの!?」
「落ち着こうよ、レイリー。また鼻血出ちゃう」
「関係ないし!?」
ラノー隊員が気を利かせて、椅子を三つ用意してくれた。牢獄のド真ん中でそれに腰掛け、彼女らは吸血鬼ローダトゥショニツリルバナケラーノが閉じ込められている鉄格子に向かって、ぶつくさとやっているわけである。
むすーとした不機嫌顔で、レイリーは吸血鬼を指さした。
「大体あんた。言ってる事が、なんてーの、わけわかんないってゆーんじゃなくて……吸血鬼らしくない。そう、あんた全然らしくないのよ! なんで吸血鬼なのに見掛けそんななの? 吸血鬼って年取るの?」
「やたら拘るのな、レイリー……」
「マイクうっさい。どーなのよ、実際?」
「お前たちは、我等血族を誤解しておる」
厳かともいえる渋い声色で、吸血鬼が答える。ちなみに彼の扱いはまるで変わらず、ぐるぐる巻き状態で牢屋の壁に寄っかかったままである――声が渋いだけ、その間抜けさもひとしおだった。
「血族と自らを呼称するのは、我等が紛れもない生命体であるからだ。年を取らないわけはない……だがまぁ、大半の同族たちは、お前の言うように若く美しいままの姿を好んで保っておるな。他の生命体から、多様な意味合いのエネルギーを常に吸い取っていれば、そういうことは可能だ」
「ふぅん……つまり、血を吸っていれば可能ってことか。てことは、あんたは?」
「ここ五十年ほど、人の血は飲んでおらん」
レイリーのみならず、質問したフィリガルも驚いた。
なぜだと問うと、吸血鬼はひょいと肩をすくめようと――したらしいが、縛られているのでバランスを崩し、ぼてっと仰向けに転倒した。わたわたずりずり身を起こし、ふーと一息ついてから続ける。
「飲もうと思わなくなった、と言うより他ないな。話せば長くなる……しかしまぁ、そういうわけだ。血を求めてお前たちに危害を及ぼそうなどとはさらさら考えておらんから、そろそろこの戒めを解いてくれんか?」
「なんかイヤだよね」
「うん」
「ああ」
「ってことで、悪いけど無理」
「……。人間というやつは……」
立ったまま涙する吸血鬼。哀れなものだが、さすがに縄を解くわけにはいかないだろう。嘘をつけるタイプではなさそうだが、信用していいとも思えない。
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