第二話−1


 とりあえず地下牢を出はしたが、移った場所もやはりリルクアナ城の地下であった。ローダは吸血鬼であるので、日光に当たるのを好まないのだ。第七棟から外周をてくてく遠回りし、一行が辿り着いたのは――
「貴様ら……調子のいいことを言って、結局我を信用しとらんだろう」
「う……な、なんで? そんなことないわよ、どうしてそう思うの?」
 我ながら白々しいなァ……と思いながらも、レイリーは爽やかに言って目を逸らした。
 ここは、第二技術実験室。地下にある小さな部屋で、様々な技術研究の実験に使用される。微妙に場所が悪く、換気等の問題もあって、どこぞの薬物学者以外にはあまり使われていない部屋だ。現に今も、室内はがらんとして何もなかった。その一番奥に椅子やテーブルを置き、彼女ら三人はローダと向かい合って座っているのである。
 ちなみに、苦い表情でこちらを睨むローダの背後には、屈強な三人のラノー隊員が仁王立ちし、銀の矢が装填されたショートボウガンを油断なく構えている。部屋の入り口では、アルトをはじめ四人の隊員が内外を警戒し、牢屋の中よりキッツい感じだった。
「お前らは、我の言うことを信じて牢から出してくれたのではないのか……? 多少の不安は致し方ないとしても、なにゆえこうまでせねばならんのだ。人間はわからん……」
「いや、それは……ちょっと場所が場所だし。仕方ないのよ」
「知ってて来たのかどうか知らないけど、ここはただの城じゃなくてね。この国を統治する王様たちが住んでる、ばっち重要な王城なんだよ。だからちょっとばかし過敏なんだ」
「そうそう。あ、言っといてやるけど、いきなり立ったりするなよ? たぶん色々と容赦ねぇから。悪ぃな」
 口々に言うレイリーたちに、ローダはちらりと背後を気にしてから、深いため息をついた。まぁ、これまでのことでわかった彼の性格や目的からすれば、こんな扱いは不当の極みに感じられて当然だろう――オリーズから自分たちのことを聞き、よもやと喜んでやって来ただけなのだから。
「ぜ、全然信用してないわけじゃないのよ? でも、その、こんなのは前例のないことだし。もしもの事態があるとシャレになんないから、ちょっとしっかり備えてるだけ。気にしないで?」
 一応フォローを入れてもみたが、ローダはもう一度ため息をつき、腕を組んで椅子の背にもたれた。ミノムシ状態の時はわからなかったが、マントの下には群青色の燕尾服のようなものを着けている。案外おしゃれなのかもしれない。
「それで? 話の続きをしようぜ。オリーズさんになんて言われたんだって?」
 マイクが言うと、彼はまた背後を気にしてから、ぶつぶつと呟くように喋りはじめた。なんだか尋問に答えるような、渋々とした雰囲気である。
「オリーズはな……我が、ずっと探し求めている菓子があるのだと聞くと、まずお前たちの名を出したのだ。レイリー=ホイロッサ。マイク=F=ロイケン。フィリガル=メルロイド。その後で、我にどんな菓子を探しているのかと訊いた」
「……唄うお菓子、ねぇ」
 頷くローダに、レイリーは胸中で苦笑した。何度聞いても、反応に困る――笑えばいいのか怒ればいいのか、はたまた聞かなかったことにすればいいのか。どれを取ってもなんともつかない、微妙な具合なのだ。
 そんな彼女の内心を察したのだろう、ローダはわずかに顔をしかめたが、そのまま淡々と続けた。
「我がそう言うと、オリーズはなおのことお前たちを訪ねるよう薦めてきた。我とて、これまで何も行動しなかったわけではない……最初は渋ったが、彼からお前たちのことを詳しく聞くうちに、もしかしたらと思った。ただそれだけだ」
「なんか、急に無愛想になったな、こいつ……」
「知らん、などとは思ってもいなかったからな。作り方はどうあれ、話に聞いたこともないとは」
 やれやれ、という風に首を振るローダ。いかに唄うケーキなどという、非常識極まりない代物だろうと、そう言われるとムッとしてしまう。レイリーは唇を尖らせ、率直に告げた。
「だって、どっか地方の知られざる名菓、とかだったらまだ手の出しようもあるけどさ。唄うお菓子なんて言われても……普通に考えておかしいでしょ? なんか気味悪いし」
「気味悪いだと!?」
 がたんッ、とローダが立ち上がった。唐突かつあまりな剣幕に、ビビり仰け反るレイリーたち――だが一瞬後。三方向からボウガンを突きつけられて、ローダはしぶしぶ腰を下ろした。ほー、と三人も息をつく。
 ローダは、不愉快を形にしたような顔で、
「気味悪くなどない……決して! 我とて一度しか食したことはないが、貴様にそんなことを言われねばならんような物ではなかったことだけは断言できる」
「そ、そう……それは、ごめんなさい」
 素直に謝ると、吸血鬼はわずかに眉根を開いた。どうにも、直情的な性格のようだ。
 と、フィリガルがテーブルに身を乗り出した。
「ちょっと待て。食した、って……お前、食べたことあるのか?」
「無論だ。だから探しておるのだ」
『はァ!?』
 声がハモり、がたっとフィリガルが立ち上がった。
「実在するってのか!? そんな意味不明なお菓子!」
「なんだとぅ!?」
「あああもう、いいからいいから。余計なこと言わないでフィル。ローダも、ほら、座って座って」
 ラノーが動く前に場をおさめるレイリー。まったくこいつらどっちもどっち、と胸中で密かにため息をつく。しかし、確かに興味深いことだ。
 本当に、そんな菓子を食べたことがあるのだろうか?
「何がしたいかはわかったから……とりあえず、話せること全部、話してみてくれる?」
「……うむ」
 促され、ローダは目を閉じた。椅子に深く座り直し、それまでの激高を忘れたかのような、穏やかな微笑を浮かべる。そうしていると、ともすれば恐ろしげに思える吸血鬼も、普通の――少々色素の薄い、かつ貧血気味の、しかしゴッツい――人間に、見えなくもなかった。
 そして彼は、ずっと昔にもらった手紙を今再び開いて見せるように、静かな口調で語りはじめたのだった。


「我があの菓子を食べたのは、五十年ほど前のことだ」
 ん? とレイリーはいきなり眉をひそめた。
 五十年、というやたらキリのよい単語は、つい先程にも聞いたような気がしたのだ。
「今もそうだが、我はキサナンという森の中にある屋敷に棲んでいてな。五十年前、我は屋敷の近くで行き倒れていた旅人を助けたのだ」
「た……旅人を? 助けた!?」
「……。お前たちのその偏見は、いずれきっちりと正しておかねばなるまいな……」
 苦い表情をするローダに、思わず口元を片手で押さえる。どうにも、吸血鬼イコール悪の権化という発想から抜けきれない――牢屋の床でのたうつ真っ黒ミノムシを見た時点で、いくらか吹っ切れたと思っていたのだが。
「どうも人間は、吸血鬼に対して救いようのないイメージを抱いているようだが……我々は、他のなによりもまず誇りを重んじる血族なのだ。自分で言うのも難だが、愚かと思われることを一番に嫌う。決して軽率なことはしない」
「その……旅人を助けたのも、誇りだから?」
「無論。生物とは皆、生きようとするものだ。死にかけている者の誇りを、どうして背を向けたり手ずから奪ったりと、踏みにじることができようか。それは自身の誇りを踏みにじることにも繋がってしまいかねないことだ」
 なるほど、と、少なからず驚きながらレイリーは頷いた。意外なことではあるが、ローダの言うような生き方を彼らが本当にしているのなら、それは至極尊敬すべき人生理念に思える。