第二話−3


 フィリガルは、横目でちらりと彼女を見て、どこか得意げな様子で続ける。
「そんな、かのバイドゼル山と並び称されるような超危険地帯から、人が? はッ、いくらなんでもそりゃーないだろ。それともなにかい、彼女も実は吸血鬼だったとか?」
「お・の・れぇぇぇ、知りもせずよくもべらべらと! 憶測で喋るのもいい加減にしろ、彼女は人でも吸血鬼でもないわ!」
「はっはー、怒ったかい!? 痛いところを突かれたんだろ! 血も涙もない吸血鬼のクセに、美味しいトコばっかもってくからだ! 見てみろよ、顔も赤くならない――」
「ごめ、ちょ、もっかいストップ」
 どんどん話を低レベルにしていくフィリガルの首根っこを掴み、言い合いを止める。ローダもいよいよ怒り心頭に発してきているらしいが、レイリーは冷静な半眼で、ひとつだけツッコんだ。
「今、えーとー……なんか聞こえたんだけど。彼女は、人でもない?」
「ん? うむ。彼女はハーピーだったからな」
 刹那、場に間の抜けた沈黙が落ちる。
『はぁぴぃ!?』
「うむ」
 声をハモらせる三人に、ローダはあっさりと頷いた。
「そういえば言わなんだような気もするがな。知らんか? こう、腕が翼になっている、いわゆる鳥人というやつだ。彼女は、それはそれは美しい羽を――って、な、なんだなんだお前ら!?」
「お前はバカか!? 人じゃないならさっさとそう言え!」
「何よりの特徴じゃない! 全然話が違ってくるわよ!」
「どうして俺らが延々あんたの話を聞いてたか、結局わかってなかったのか!?」
 猛然たる非難の嵐。気圧されて椅子の上を後ずさるローダだが、微妙に納得していなさげなその表情を見るに、いまだどうして自分が怒られているのか理解できていないらしい。やはり吸血鬼の感覚は、イマイチよくわからない。
 勢いのままに色々言ってから、レイリーはフンと息をついた。
「ったく。ま、その菓子を作ったのがハーピーなら、まだ手の打ちようはあるけどね。どこから来たかもわかってることだし……」
「そうだな……って、ちょっと待てレイリー」
「なぁんか嫌な予感がするねぇ……」
 もしかして、という表情で彼女を見やる二人。彼女は片眉をぴんと跳ね上げ、にっこり笑って頷いた。
「いいじゃん、行こうよ。唄うお菓子だよ? もしホントにあったら、最高じゃない!」


「イヤですわ!!」
 と、見事にきっぱり言い切ったのは、大国ルーディアにその人ありと噂される絶世の美姫、エルキナ・ライディオス=リー・ルーディアである。高貴さを伴ったくりっくりの紫眼、豊かに流れ落ちる栗色の長髪。本日はその気品に見合った、優美な濃緑のルームドレスを淑やかに着こなしている――しかしその頬はぷっくりと膨れ、たおやかな指は拳を作り、おまけにぶんぶか上下に振りたくられていた。それはそれでまた可愛らしいのだが、一国の王女という貴げな表現は、どうにも連想しにくい様相である。
 額に汗したレイリーが何事か言うよりも早く、彼女はきゃいきゃいと捲し立てた。
「イヤですわったらイヤですわ! ぜぇ〜ったいに、イヤですわッ!」
「そ、そんなリズミカルに拒否されても。エリナ姫、とにかく話を聞――」
「イヤですわと言っておりますでしょう! どうしてですの!? どうしてまた、こんなに急に旅に出なければなりませんの!」
 エリナ――王女の愛称である――は、ほうっておいたら地団駄でも踏みそうな感じで、キーキーと叫びまわった。ここは彼女の勉強部屋であるので、レイリーたち三人の他に人はいないが、もし事情を知らない誰かに見られたら、この国の行く末を強く案じられてしまうことは間違いないだろう。ちなみにローダは、遠く離れた地下実験室で、ラノーの手厚い警備に囲まれたままである。
「前の旅からだって、まだ二ヶ月も経っておりませんのに! お話もなにもありはしませんわっ。ああレイリー、あなたはどうしてそんなに、エリナを寂しがらせようとするのですか!?」
 どーしよ、とレイリーは困った。
 諸々の事情から、一風変わった城勤めの契約をしているレイリーたちは、菓子職人としての通常業務を離れて長期の旅に出ることが許されている。しかし、それにはいくつかの条件があり、ひとつは『あくまで食材探索・調理研究を目的とした旅であること』で、もうひとつは『ドルナダ王もしくはエルキナ姫の許可を得ること』となっている。
 つまり彼女らは、ローダを待たせて、エリナ姫に長旅に出る許可をもらいに来たのだ。だが、詳しい説明をする前から、エリナがぷいぷいと怒ってしまったのである。おまけに、
「う〜ん。エリナ姫がそう言うんじゃ、ねぇ……?」
「まぁ、そうなるだろなーとは思ったしな、実際」
 味方もまったく役に立たない。地味に孤立無援である。
「それに、レイリー!?」
「は、はい……?」
「あなたさっき、そのなんとかいう吸血鬼が探しているケーキについて、なにかちらっと言いましたわよね。もう一度言ってごらんなさい」
 うう、と思わず呻いてしまう。唇を尖らせて睨み上げるエリナから視線を外し、しばし辺りをさまよわせた後、レイリーはぽつりと呟いた。
「……唄う、お菓子」
「頭がおかしいんですの!? レイリー!」
「あうあうあうあう」
 至極当然の反応である。肩を掴んでがくがく揺さぶってくるエリナに、彼女は必死で釈明した。
「で、でもでもエリナ姫、す、すごく乙女チックな話なんですよっ!?」
「乙女チックぅ〜!?」
「きゅ、吸血鬼とハーピーの恋! 恋なんですよ!? 素敵な話だと思いません? 種族の壁を超えた愛ですよ!」
 エリナはぴたりと動きを止めた。じっとレイリーを見つめたまま、拗ねたような表情で黙り込んでいる。意味もなく彼女の手を取ってさすりながら、
「えっと、これがもうほんとに感動的な話で。行き倒れのハーピーを助けた吸血鬼がですね、実に淡い想いからその唄うお菓子をですね。その、うん、あれこれするんです。信じられます?」
「信じられませんッ! 何を言っているんですの!?」
「ああああう、やっぱりぃぃ」
「ま、まぁまぁ、エリナ姫。まったく信憑性がない、ってわけでもないんだからさ?」
「そうですそうです。限りなくガセっぽい話でも、実際吸血鬼がここまで遙々やってきてるのは事実なんですから」
 ようやくフィリガルとマイクが話に入ってくる――が、エリナはそろそろ潤んできた瞳を、そのままキッと彼らに向けた。瞬時に目を逸らす弱い二人に、彼女はレイリーの肩を掴んだまま猛然と食ってかかった。
「マイク! フィリガル! あなたたちまで、何を言っているんですの!? そんな話があるわけないでしょう!」
「うわ、気持ちいいくらい言い切られたね」
「端的だけど正論だよな」
「その吸血鬼を連れてらっしゃい、あなたたちは騙されているのです! ルーディア第三代国王、リオーガ王より伝わりし聖剣ルインラクォルドで成敗してくれますわ!」
「うわ、わ、わかりました、わかりましたから! 失礼しましたっ!」
 キシャー、と暴れはじめたエリナから、三人は這々の体で逃げ出した。