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第二話−4
高い高い天井の、城内通路を進みながら。
「どぉしてあんたらああいうコトばっか言うの!? 信じらんない!」
「いや、はは、ごめんごめん。フォローしようとは思ったんだよ?」
「何言っても逆効果っぽかったけどな」
エリナ姫があの調子だったので、彼女らはこの城に住むもう一人の王族、ルーディア現王の元へ向かっているのである。当然ながら多忙な人物なので、あまり煩わせたくなかったのだが――この際、仕方ないだろう。
角を曲がり、王の執務室へ続く通路に入ると、十人ほどのラノー隊員が一斉に厳しい視線を向けてきた。なんとなく、肩をすぼめるような感じで近づいてゆく。
ラノー――王城特別警衛隊とは、総兵力二十万を超すルーディア王国軍の中から、王都フェルギオラ内部、リルクアナ城を守備するためだけに選び抜かれた、数百人のエリート兵士たちである。老若男女様々が在籍するが、どれも粒選りの戦士たちばかりだ。レイリーたちのほうが立場的に上ではあるのだが、警備中の彼らにじっと見据えられると、どうにも何か悪いことをしてしまったような、落ち着かない気分にさせられてしまう。
一番近くにいた兵士が、きびきびした動作で体の正面をレイリーに向けた。
「何用ですか?」
「えと……宮中菓子職人、レイリー=ホイロッサ以下三名、国王に目通りを――」
ガチャッ
用件を伝える途中で奧のドアが開き、レイリーは言葉を切った。通路のラノーが開けたのではなく、中から誰かが出てくるのだ。本当に国王は多忙なのだな、と改めてレイリーは思った。
しかし。失礼致します、という退出の声の一瞬後。通路に現れたのは、白一色の調理服を着た、見覚えのある青年だった。常になにかしら不機嫌なように見える、冷ややかな面立ちが魔術の照明に映える。
「……リック?」
眉根を寄せて、レイリーは彼の名を呟いた。
宮中調理師リック=ハルーカインは、彼女たちの姿をみとめると同時に顔をしかめ、次いで冷笑のような表情を浮かべた。立ち並ぶラノーたちの間を、カツコツと足音を響かせてやってくる。
やはりその態度が気に入らないのだろう、フィリガルが真っ先に口を開いた。
「おやおや、リックくんじゃあないか。ボクたちの後輩志願の。元気かい?」
出会い頭の痛烈な嫌味。実際は、後輩だのなんだのという穏やかな関係ではない――以前、このリックという若い調理師は、レイリーたち三人を宮中菓子職人の座から追い落とそうとしたことがあるのだ。その一連のことで、彼女たちは多くの出会いを通じ、大切なことを学びもしたのだが、彼から浴びた数々の言葉が記憶から消えたわけではない。
フィリガルの言葉に、リックはまともに顔色を変えた。短気な性格は相変わらずのようだが、何も言わずに早足で通り過ぎようとする。
「また王様に根回しでもしてたのかい? ったく、今度は何を企んでるんだか」
「おい、あんまこっちから絡むなよ」
すれ違う背にまた憎まれ口を叩く。マイクがたしなめた時には、既にリックは足を止めて振り向いていた。忌々しげに、フィリガルを睨み付けている。レイリーは慌てた――こんなところで言い争いなどしていたら、ラノーにつまみ出されかねない。止めようと口を開いた時、フン、とリックが鼻から息を抜いた。
「そっちこそ、相変わらずおめでたいな……また行くんだって? 旅に」
「いっ……!?」
さすがにびっくりして、とっさに反応できなかった。突然何を言うかと思えば、どうして彼がそんなことを知っているのだ? まだ行くと決まったわけでもないのに!
黙っている彼女らにもう一瞥をくれて、リックはさっさと歩いていってしまった。しばらくその背を見送ってから、またフィリガルが毒づく。
「なんだありゃ……なんであいつが知ってるんだよ? ストーカーか?」
「わかんないけど。いちいちそーゆーこと言うのやめなさいよね、あんたも……」
「どうもあいつは虫が好かないんだよ。こりゃ根本的な性格の問題だね」
「性格で言や、どっちもどっちだと思うがな」
なんやかんやと言いながら、ラノーに奧へ取り次いでもらう。待つこともなく許可が出て、三人は先程のリックの逆を辿り、執務室へと入っていった。入ったところで立ち止まり、揃ってきっちりと礼をする。
「おお、ホイロッサ。来おったな、早く入るがいい」
深く響く声が、わずかに弾んでいる。広々とした部屋を横切った、大きな机の向こう側。大国ルーディアの王、ドルナダ・ライディオス=ウォー・ルーディアは、髭面に笑みを刻んで彼女らを出迎えた。普段は重みある威厳を漂わせているのだが、今は休憩時間かつご機嫌なのか、高価そうな服を着た渋いおじさん、といった和やかな雰囲気である。なにかあったのかな、と思いつつ、レイリーはとりあえず口を開いた。
「お邪魔して申し訳ありません、王。実はですね――」
「うむ、行ってこい」
「あ、そうですか。じゃわかりまし――」
『はァ!?』
いきなりな展開についていけず、ハモって聞き返す三人。ドルナダ王は、さも愉快そうに大笑し、机上の書類を脇にどけた。
「わははははは、驚いたか? 実はな、余の優秀な情報参謀が、既に昨夜からの騒動を捉えておったのだよ。城に忍び込んだ吸血鬼が、お前たちを探していると聞いて、余もなんとな〜くピンときてな……気にしておれと命じてみれば、つい先程、というわけだ」
「は、はぁ……じゃ、もうご存知だったんですね」
「しかし暇だねその情報参謀」
気抜けした瞬間に、またフィリガルが余計なことを言う。しかしドルナダは怒った風もなく、ますます笑みを深めて首を横に振った。
「有能だからこそできることだ。ここ最近、国の内外ともに慌ただしいのでな、決して暇ではないのだぞ。ただ、晩餐につくデザートのメニューを少しでも早く知りたいという、余のささやかな願いを毎日叶えてくれているだけで」
「うわ、いよいよ暇人だ」
「てゆーか、メニュー盗み見てる人がいたのか……まったく気づかなかったな」
色々な意味で汗する二人。確かに、元傭兵である彼女らに気づかれず、毎日菓子メニューを王に報告するというのは、なかなかできない芸当である――これ以上ない才能の浪費だが。だが、そのおかげでドルナダが上機嫌なのだ。よしとするより他はない。
「エリナ姫様に許可をもらおうと思ったんですけど、ちょっと拗ねられちゃって……」
「ああ、気にせんでよいよい。遊び友達と離れるのが嫌で、駄々をこねておるだけだ。お前たちが城を出ている間、夕食の菓子はハルーカイン調理師に作るよう言っておいたから、安心していってくるがよい」
なるほど、それでリックはこのことを知っていたのか。ここで直接ドルナダから聞いたのだろう。なにがそんなに気に入らないのか、フィリガルがそっぽを向いて舌打ちなどしているが、今はどうでもいい――が、後で殴っておかねばなるまい。
しかしとりあえず、そういうことならば、
「わかりました」
にっと笑って、レイリーは言った。
「ルーディア王国菓子職人三名、ティオリの森に、行ってきます!」
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