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第二話−6
吸血鬼という存在について、具体的に人間が理解していることは多くない。
まず、なんらかの怪物であること。決して友好的ではないこと。とても強力な魔力を持ち、自らの理論でそれを行使すること。聖印等、正の方向性をもつエンブレムを嫌うこと。意外と食わず嫌いで、にんにくが食べられないこと。川などの流れ水では遊べず、少しかわいそうなこと。棺桶に入ると安眠できて、コウモリや狼と仲がいいこと――等々。
信用がおけるのはみっつめまでである。それ以降の通説は、いわゆる英雄物語などで空想的に付け加えられたものとも考えられる。確認しようとした者がいないので、それがそのまままことしやかに囁かれ続けているのだ。
「要するに、デマカセも同然ってことよね……」
「でも、火のないところに煙は立たない、とも言うからね。少々趣味は悪いけど、他に考えるのもめんどくさかったんで、棺桶を採用したってわけさ」
「いいんだけどね、別に……無事国境も越えれたし」
フェルギオラを出発して、早七日。
レイリーたちの乗った馬車は、ルーディア国境を通過し、ラエブーツ共和国領内に入っていた。馬車でゆっくり進んで来たのだが、街に入るたびあっちへフラフラこっちへフラフラ漂っていこうとするフィリガルを、レイリーがしっかり捕まえていたので、毎度のようなタイムロスがなかったのだ。今のところは、順調な進みだといえよう。
手綱を握るフィリガルが、幌の中を振り向いて言った。
「実際、日の光も流水も大丈夫だっただろ? 川の上通っても騒がなかったもんなー、ローダ?」
「そういえば、ホントのところ吸血鬼ってどうなの? にんにくとかダメなの?」
『……むー……』
荷馬車の中から、ぐったりとくぐもった呻きが返ってくる。反応はそれだけだった。
「ローダ? どうしたの、疲れてるー?」
『疲れも……するわ、愚か者……』
無理矢理棺桶に詰め込み、積み荷扱いで連れ出してからというもの、彼は日中ずっとその中で軟禁風味に過ごしているのだ。夜は夜で大抵街や村に寄るため、「人を脅かすな」とロクに羽も伸ばせない。ローダ自身、人などが大勢いて動きの多い夜は、あまり好きではないそうだ。
しかもこの馬車、とてもよく揺れる。
「いくら道が悪いっていっても、やっぱこれちょっと危なくない? 壊れそうよ今にも」
「う〜ん……棺桶探しに忙しかったもんで、馬車の調達をダグラスに任せたのがいけなかったかな。確かにこの馬車はボロいね」
「でしょ? ローダが可哀想よ、眠ることもままならないだろうに……」
「それはどうかな?」
言って、親指で幌の中を指すフィリガル。何が言いたいのかはわかっていたので、レイリーは特に振り向いて見ることもしなかったが――ひと呼吸おいて、ぐおー、と実に豪快なあくびが聞こえてきた。荷台の中、棺桶の隣で、マイクがぐっすり眠っているのだ。
「……。てゆーか、マイクやら誰やらのいびきの所為で、ローダ眠れないんじゃないの?」
「それは知らないよ。お、村だ」
『むー……』
ガッタガッタと車輪を軋ませ、馬車は小さな村に入った。一際大きな建物を見つけて、その前に停まる。レイリーは、ひょいと御者台から飛び降りて言った。
「ちょっと道聞いてくる。ティオリの森までも、もうそんなにないだろうしね。フィルはそのまま待ってて。てゆーか馬車から下りちゃダメ。女の子見ても声かけ厳禁」
「わかってる、わかってるよ。この旅じゃ一回もナンパしてないだろ? 少しは信用してくれよ」
ちちちち、と指を振りつつ言うフィリガルを半眼で一瞥してから、彼女は建物のドアを押し開けた。ずっと座っていたので腰が痛い。う〜んと大きく伸びをしつつ、中に踏み入って見回す。
都合良く、そこは役所かなにかのようだった。ラエブーツの小村にそんなものがあるとは意外だったが、少なくとも雰囲気はそれっぽい。手狭な室内には、どことなく口うるさそうな太った女性が一人しかおらず、レイリーは彼女に声を掛けた。
「あのー、すみません。旅の者なんですけど、道教えていただけませんか?」
「んむむ? 道?」
頬張っていたパンを飲み込んで、事務員らしき私服の女性はレイリーを見た。なかなかにボンバーな体型をしている。昼食の時間には遅すぎるので、手にした大きなサンドイッチも、おそらくおやつ代わりなのだろう。
「道、って言われても……この村は一時間もあれば全部見て回れるから、説明するようなものはないわよ?」
「あ、いや、そうじゃなくて。ティオリの森までは、ここからどのくらいかかるのかなーって」
「ティオリの森!?」
甲高い声で言って、彼女は立ち上がろうとし、失敗した。お尻が椅子に挟まっているらしい。笑うに笑えず棒立ちしていると、事務員はガタガタと暴れながら、
「あんた、あの森に行くつもりなの!? 女の子が一人で!?」
「い、いえ、違います。男の仲間が二人……いや、三人」
「あ〜〜〜やめときなさい、男なんて連れてっても無駄よ! あの森じゃ、男はまったく役に立たないんだから!」
役に立たない?
眉根を寄せて首を傾げると、彼女はやっとこさお尻を引き抜いて言った。
「あの森はね、本当に危ないところなのよ。モンスターは、絶対に森の中からは出てこないけどね。男があの近くに寄ると、逆にこっちから森へ入ってっちゃうんだから」
「……こっちから、入って? どういうことです?」
「さぁ。詳しいことはわからないけど……でも、本当なのよ。もう何人も見た人がいるの。あたしの姉貴のダンナもね、ペンキ屋のオヤジがふらふらふらふら、一人で森に入っていくところを見たんだって!」
うーむ? とレイリーは胸中で呻いた。迷いやすい森はいくらでもあるが、迷い込みたくなる森などというのは聞いたこともない。ティオリの森にそんな話があるというのも初耳だった。
事務員は、意外なほど素早い手つきで紅茶を用意し、レイリーに差し出した。
「あ、どうも……あの、ティオリの森には何が?」
「それがわかりゃ苦労はないわよ。一度、国に訴えたことがあってね……ルニッツエンドから何人も兵隊がやって来て、森を調べるって言って入ってったけど。結果は……一人も帰ってこなかった」
「一人も……!?」
「きっと、モンスターに食べられちゃったんだわね。それが確か十年ほど前のことで、それ以来村でも国でも『ティオリの森には近づくな』って暗黙のうちに決まったのよ。実際、あそこに近づくのを避けてからは、一度もそういう被害が出てないわ。少なくとも、ここの住民にはね」
どうやら、噂通りの危険地帯ということには間違いなさそうである。得体が杳として知れない分、バイドゼル山よりもタチが悪そうだ。レイリーは難しい表情で、紅茶をひとくち飲んだ。
「それで、ティオリの森って、ここから遠いんですか?」
「ううん、言うほどでもないわよ……北に歩きで半日程度。でも本当、暗くて薄気味悪い森よ。まぁ森って大体そうかもしれないけど。あたしも何度か傍を通ったことがあってね、あれは絶対中にものすごいモンスターが――」
なんだか長くなりそうである。道がわかればそれでいいのだが。
レイリーは今更ながら、紅茶を受け取ったことを後悔した。
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