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第三話−1
「どっ……どぉぉぉゆぅことよぉぉぉ〜〜〜ッ!?」
響き渡る絶叫に、ばさばさーと森の木々から鳥たちが飛び立つ。
日は傾き、周囲は夕焼けに赤く染め上げられている。自身もその光を浴びながら、レイリーは愕然と見下ろした。
足元の地面に、黒く薄い木の板がバラバラと転がっている。長さも幅も互い違い。だがおそらく、組み立てると三つほどの箱ができあがるのだろうということは、至極用意に推測できた。そしてそれが、棺桶と呼ばれる類の箱であろうことも。
レイリーはゆっくりと首を巡らし、相棒たちを見た――彼らも同じく唖然とした視線を、散らばる板に向けている。怒るでもなく、責めるでもなく、ただ静かに彼女は繰り返した。
「ねぇ。……これ、どゆ、こと?」
「え……えーと。つまりこれは……この板は、その。ボクが用意した棺桶がバラけたわけでも、ましてローダがどうこうしたわけでも……ない、と、思う」
「間違いなく、棺桶用の材木ってやつだな……」
力無く言うフィリガルに、マイクも頷く。レイリーは、所在なく佇む馬車を振り返り、確認するように呟いた。
「よく見れば……本当によく似てるけど、でもよく見れば、違うわよね。馬車も、馬も……荷台に積んでたはずの荷物も、まとめて全部なくなってるし。つまり、これは……あたしたちの馬車じゃないのよね」
「非常に残念だが……そう考えるより他なさそうだな」
苦々しく、マイクが肯定する。がくがくと震えだし、ついにレイリーは頭を抱えて叫んだ。
「な……なんっでこーゆーコトになるのよぉ!? どーして今まで誰も気づかなかったわけ!?」
「い、いやその、違うよレイリー! ボクはただ、君たちが御者台に座ってるから、ああこの馬車なんだとナチュラルに……」
「あ、あたしだってそうよ! 建物から出たとこにあった馬車にマイクが座ってたんだもん、何も疑わずに……ちょっとぉマイク!?」
「お、俺ぇ!? いや、俺だって全然、そんなつもりは――」
「お前帰ってきた時もまだぼけ〜っとしてただろ!? そうだよ、お前が最初に間違えたんだ。そうに違いない、このバーカ!」
「バーカ!」
両方から矛先を向けられ、うろたえるマイク。なんとも見苦しい責任のなすりつけ合いであるが、馬車を乗り間違えてしまったという事実は、いかんともし難い上に少々厳しすぎる。現実逃避もしたくなるだろう。
さんざんマイクを罵倒した後、レイリーは腕を組んでため息をついた。
「なんてやってる場合じゃないわ……すぐに日も暮れちゃうだろうし。ああ、どーしよ」
「野宿用の食料もないし、さっきの村まで引き返すしかないよ。どこで乗り間違えたかはわかってるんだ、このバカに持ち主を捜させようよ」
「て、てめぇいい加減しつけーぞ……てゆーかよくよく考えてみれば、俺が戻ってきた時には、もうこの一台しか馬車がなかったんだ! つまり、乗り間違えたのは俺じゃねーんだよ!」
この馬車の持ち主が、誤ってレイリーたちの馬車に乗って行ってしまったということか――現状が変わるわけではないが、なんとも迷惑な人もいたものである。
あうー、と呻いて、レイリーはその場にしゃがみ込んだ。なにがどうして、棺桶などというものを運んでいたのかは知らないが、果たしてローダは無事なのだろうか? いや、吸血鬼なのだから大丈夫か。むしろ、乗り間違えてあんな危険物を持っていってしまった人が心配だ。棺桶の中から吸血鬼など、図らずもヒロイック・サーガの構図通りになってしまったではないか!
「……♪かーんおーけつーんつーん か〜んつーんつ〜ん って歌知ってる?」
「知らないよ! れ、レイリーどうしたんだ、気が触れるにはちょっと早すぎるよ!?」
「いやなんか、急に色々バカらしくなってきちゃってさー。棺桶に吸血鬼詰め込んで、何やってんだろねあたしたち?」
「まぁ、肝心の目的も唄うお菓子だしねぇ……けど、言い出したのは君だよ?」
「そうなんだけどさ……って、あ、あれ?」
立ち上がり、彼女は周囲を見回した。森に接した赤い草原に、心地よいそよ風が渡る。馬車に繋がれたくたびれ馬が、退屈そうに草を食んでいるが――
「マイクは……?」
「へ? ……あれ? あいつどこ、あ、な!?」
森に目をやり、フィリガルが声を上げる。その視線を追うと、マイクがいた。真っ直ぐに森へと踏み込んでいく。
「……えっ?」
きょとんとして、レイリーは目を擦った。ガサガサと下生えを揺らして、小走りのマイクがティオリの森に入っていく。何も言わずに、振り向きもせずに。暗がりでも目立つ大きな背中が、木立の向こうに――消えた。
どうして!?
「な、なんで……なにやってんの!? マイークッ!?」
「あのバカ、なに考えてんだ。どうする、レイリー!?」
「ど、どうするって……ちょっと、マイーク!」
レイリーは駆け出した。マイクの後を追い、草々を蹴りつけるようにして森に突入する――弓も矢筒も、馬車ごとどこかへ消えてしまったために、手持ちの武器はショートソードのみだ。こんな軽装で、悪名高いティオリの森に突っ込むことになろうとは。
それにしても、マイクは一体どうしてしまったのだろう。行動の意味がまったくわからない。それこそ気が触れてしまったかのようだ。
「マイク! どこー!?」
「レイリー、危険だよ! もうすぐ日も落ちるし、ここはただの森じゃない!」
「わかってるけど、マイクが……! ああもう、ど〜してこーゆーコトになるのよぉ〜っ!?」
マイクが通った痕跡を見極めるのは、そう難しいことではない。サンダラクトの山などとは違い、かなり植林が濃く見通しにくいが、レイリーは的確に彼の跡を追った。後ろからついてくるフィリガルが、毎度のごとく苦戦しまくっているようだが、今は構っている余裕はない。
もう、周囲はかなり暗くなってきていた。理解している現状と、理解できない現実との差が激しすぎて、さすがに漠然とした不安を覚える。せめて、森の外へ出なければ。
「……!」
木立の向こうにマイクがいた。こちらに背を向けて、ぼうっと立ち尽くしているように見える。あのバカ、一体どういうつもりだ。こういう意味不明な行動はフィリガルの役目だろうに!
「マイ――」
瞬間。
極度に実践化された理性か、極度に原始化された本能か。そのどちらかが警鐘を鳴らす。
木立を裂いて飛来した何かを、レイリーは抜き打ちに叩き落とした。それは硬い音を立てて跳ね返り、近くの木立に深々と突き立つ。
落ち葉を蹴散らして急停止をかけ、彼女は背筋に走る戦慄を抑え込みながら周囲を見回した。静かな上に速かった、今の攻撃――そう、紛れもなく攻撃だ。斜め上から、何かが真っ直ぐ自分目掛けて飛んできた。明らかに自分を狙っていた。
どくん、と心臓が危機感に跳ねる。油断なく暗がりに視線を向けながら、レイリーはショートソードを構え直した。
「モンスター……? でも、飛び道具なんて……」
「ううぅ、ちくしょ〜……や、やっと追いついたよ、レイリー。このマント高かったのに――」
背後からやかましく追いかけてきたフィリガルが、彼女の様子を見てサッと気配を変えるのがわかった。マイクの姿が見えているのに足を進めず、表情を引き締めて周囲を警戒しているのだから、それは色々と悟りもしようというものだが。
彼は無言で踵を返し、レイリーと背中合わせで周囲を窺う。ふにゃふにゃな優男の彼だが、こと戦闘に関する腕は超一流である。傭兵時代、乱戦の中で魔術を駆るなどという、ただでさえ凄まじく難易度の高い綱渡りを生業にしていた男なのだ。彼に背中を預けたまま、レイリーは一歩踏みだした――いまだ突っ立ったまま、ぴくりとも動かないマイクに向かって、少しずつ少しずつ前進してゆく。懸念すべきは、フィリガルがさっきの攻撃を見ていないということだった。説明している暇もないが、またやられたら、今度はどちらかがくらうかもしれない。
「気をつけて」
「ああ」
結局、そう短く交わし合うしかなかった。
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