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第三話−2
緊張で感覚を研ぎ澄ましながら歩を進め、やがて彼女らは木立から抜け出た。
ぽっかりと、唐突に森が開け、小さな泉が現れる。綺麗な清水を湛えたその縁に立ち、腹立たしいほどのバカ面で、マイクが宙を眺めていた。ぼや〜んと気の抜けた表情で、だらしなく口まで開けている。それは、今の今まで張りつめていた緊張の糸を、見事にぶっつり切断してくれた。
「……ちょっと。マイク――」
「なぁぁにをやってんだよッ!?」
怒声とともにフィリガルが跳躍、彼の背中に跳び蹴りを見舞った。冗談のようにあっけなく吹っ飛び、ばしゃーんと泉にはまるマイク。やはりそう深くもないようで、彼はすぐに立ち上がった。
「な、なっ……な? あれ、なに……え。なんだ?」
「なんだじゃないよ! お前がなんだよ! 清々しく何をバカやってんだ!?」
「ほんとにね。一体どういうつもり?」
「は……? お、お前ら、何言ってんだ? てゆーか俺、なんでこんなトコ落ちてんの?」
レイリーは眉根を寄せ、フィリガルと顔を見合わせた。あまりにも状況がおかしすぎる――マイク自身、驚いたような戸惑ったような、きょとんとした表情で辺りを見回している。ここがどこなのかすら、まったくわかっていない様子だ。
小さくため息をつき、彼女は剣を鞘に収めた。手短に状況を説明する。
「あんたがいきなり、な〜んにも言わないでティオリの森に突っ込んでっちゃったんじゃない。声かけても止まらないし、森じゃ何かに得体の知れない攻撃されるしさ。どうなってんの?」
「お……俺が!? 攻撃って……や、なんのことかさっぱり。俺はただ、これからどうするか考えてたら、森から歌が聞こえた気がして。んで振り向いたら……池に落ちてた」
「歌?」
ざぶざぶと上がってくるマイクに、小首を傾げる。そんなものは、まったく聞こえなかったように思うが。というか、彼の一連の行動に、その歌が何か関係するのか?
また何か文句を言おうとしたのだろう、フィリガルが口を開いた時。ザッとレイリーの背後で枝葉が揺れた。心のどこかが――きっと、傭兵時代に培った部分が――緊張を忘れていなかったのだろう、頭より速く身体が動く。
飛び退き様に振り向いた彼女は、夕焼け空に躍り出る人影を見た。
人影、である。
ほっそりとした体躯。丸みを帯びたシルエットから、女性なのだとすぐ知れた。豊満な胸と腰をわずかに覆う布。剥き出しの腹に描かれた複雑で禍々しい紋様。しかしそれらよりも目を惹いたのは、大きく広げられた両手から生えた、一対の美しい蒼い翼――
「は……!」
『ハーピー!?』
「そのオトコは――」
唱和して叫ぶ三人に向かって、突然出現したそのハーピーは、振りかぶった片手を思いきり振り抜いた。
「あたしのだッ!」
宙を切り裂き、何かが凄まじい速度で飛来する。
それを視認するより早く体を返して、レイリーは真横に転がった。ドッドッと重い音をたて、何かが地面に突き刺さる。ちらっと横目で見てみると、それは夕日を受けて静かに輝く、柔らかそうな羽だった。ハーピーが自らの羽根を投げ放ち、攻撃してきたのだろう――先程、森の中で受けた攻撃も、おそらくこれだったはずだ。
(てことは……さっき襲ってきたのは、ハーピーだったの!?)
身を起こし、視線を巡らせる。ハーピーは、泉から頭を出している岩の上に、ふわりと着地したところだった。素早く立ち上がったレイリーに、二撃目の羽が飛んでくる。
「くっ!」
ギンッ ガッ
ショートソードを引き抜き、複数の羽をなんとか叩き落とす。マイクが長剣を抜き、泉に飛び込もうかどうしようか思案している様子を見て、彼女は慌てて声をあげた。
「ちょ、ちょっと待って! 攻撃しないで、敵意はないわ! マイクも待って!」
「え?」
「……なにっ?」
マイクはおろか、ハーピーも虚を突かれて動きを止める。ここで事を荒立てるのは、不必要以外のなにものでもない。きっと、森に人間が侵入してきたから、怒って襲撃してきたのだろう――さっき出会い頭に、その男はどうたらとか言っていた気がしないでもないが。ともかく、無益な戦いは避けるべきだ。
剣を下ろして、レイリーはなるべく友好的に聞こえるよう、言葉を選びつつ言った。
「ええと……あたしたちは人間だし、武器も持ってるけど。その、何か害をなそうと思ってやって来たわけじゃないの。まずは話を――」
「そうだ。ボクの話を聞いてくれ」
いきなりずずいと前へ出て、フィリガルが彼女の視界と発言を遮った。む、と眉根を寄せて、横から覗き込んでみる。
彼は、なんだか……笑顔だった。とても嬉しそうで、楽しそうで、そしてバカ考えてそうな笑顔だった。
(……まさか)
大変嫌な予感を覚えて、レイリーは改めてハーピーを見た。
人間でいえば十七、八才程度に見える容貌。小柄でスレンダーな体つきだが、出るべきところはしっかりと出ている――豊かな胸やふっくらとした腰は、薄いひらひらの布で危うげに隠されていた。無造作に伸ばされた前髪の奥、怪訝そうにこちらを見つめるその面立ちは、それはそれは相当な美しさだ。両腕に生えた、蒼穹を思わせる羽を除けば、人間とまったく変わりない。なんとも奔放な、野性的な魅力が感じられる少女である。
そこまできっちり確認した時には、既にレイリーは半眼だった。もはや内心、いや下心を見透かされたフィリガルが、嬉々としてハーピーに語りかける。
「ボクたちは、君たちと争いにここへ来たんじゃない。逆なんだ、君たちを……いや、君を探していたんだよ。君のように美しく、話のわかるハーピーをね」
「……はァ?」
「大丈夫、怖がらなくていいんだよ。ああ、ボクはなんて幸運なんだ! この森で最初に出会ったのが君で、ボクは本当に嬉しいよ。だから警戒を解いてくれ。話をしようじゃないか、もっと君のことが知りたいのさ……いいだろう?」
奥歯が浮いて仕方ない。
堂々と口説きまくるフィリガルに、今やレイリーはおろか、マイクもどんよりと沈黙していた。ハーピーは何やら頬を引きつらせ、とても心動いているようには見えなかったが――うすらバカ魔術士は両手を広げ、感極まったように大声で叫ぶ。
「さぁ、こっちへおいで。飛び込んでおいで! その羽を使って、全速力でー!」
どがッ!
猛烈な速度で飛び蹴りが極まり、フィリガルはもんどり打って倒れた。ずさーと地面の上を滑り、木の根に激突して動きを止める。あまりの見事さに、レイリーは思わず感嘆の呻きを漏らした。当たり前だが、人間には不可能な技である。
「な……何なの? 気持ち悪い。な、何がしたいのよ、この薄気味悪い男は!?」
「いや〜……フィルのナンパ現場、ひっさしぶりに見たけど。やっぱ背筋がうそ寒いわね」
「ああ。一体アレでどーやって女を引っかけてるのか、俺にゃわからん……」
ひっくり返ったまま動かないフィリガルに、レイリーはうろんな視線を向けた。毎度毎度、行動パターンが欲望を裏切らない彼だが、その対象をモンスターにまで広げるとは。美女なら何でもいいのだろうか。一度、人食いラミアあたりをけしかけてみるべきかもしれない。
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