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第三話−3
異物を見る目で魔術士を眺めているハーピーに、レイリーは一歩だけ踏み出した。が、即座にバッと飛び退かれ、警戒の視線を向けられてしまう。いまだ手にしていた剣を慌てて納め、彼女は口早に釈明した。
「ま、待ってよ。さっきも言ったけど、害意はないわ。あたしたち、別に戦いに来たんじゃないの」
「……ふん。意味わかんない。だったら、その男置いてとっとと帰りなさいよ」
「男?」
小首を傾げ、親指でフィリガルを指す。ハーピーはぶんぶんと首を横に振り、人差し指でマイクを指した――しばしきょとんとしてから、えっ、と彼が驚く。
「お、俺ぇ!? なにを、え、なんで!?」
「なんで、って……気に入ったんだもの。体大きいし、逞しいし。とっても好みのタイプだわ! あっちのほうも大きそう」
あっち。
唖然とする二人に、彼女はにや、と艶美な笑みを浮かべた。
「村のみんなも喜ぶわ。新しい種にぴったりよ!」
種って。
舌なめずりでもしそうなハーピーの表情に、マイクは青くなって後ずさった。無理もないことだ――どういう理屈でそうなるのかはわからないが、現状はレイリーも理解した。まさか、ハーピーにそんな慣習があったとは!
「い、いや……それはさすがに、ちょっと……」
「あら、どうして? 戦いにきたんじゃないんでしょ。なら――」
「そうだ! そんなこと許さないぞっ!?」
バッと身を起こし、フィリガルが叫ぶ。こいつの復活する理屈もわからないが、次に言う言葉はわかっている。
「このボクを差し置いて、そんなデカブツなんかを。どういう神経してるんだ!? この美しさが目に入らぬか、連れてくならボクを連れていけ!」
「……何言ってんの? お断りよ、あんたみたいなヒョロ男。一晩で枯れちゃいそうだもの」
ビッシ
音を立ててひび割れ、フィリガルは棒立ちのままぶるぶると震えだした。半分がプライドでできているような彼には、ほとんど全てのリアクションができなくなるほど不愉快極まりない中傷だったのだろう。だからといって、フォローする気にもなれないが。
色々な意味で挑発的な笑みを浮かべているハーピーに、レイリーは小さくため息をついて言った。
「まぁ、こっちのバカはよしとして……彼は、あたしたちの仲間なの。本人も拒否してることだし、悪いけど、それは諦めてくれないかな?」
「……ふぅん。そっか」
こくこくと頷きまくるマイクを見て、ハーピーはそう呟いた。思いの外、話のわかるモンスターなのかもしれない――彼女たちとは、敵対するわけにいかないのだ。唄う菓子という謎めいた代物に関して、何か知っているかもしれないのだから。
「じゃあ、力尽くで奪うしかないわね」
「そう。力尽くで……ってちょ、うひゃっ!?」
ひゅひゅんッ、と耳元をかすめた羽を、レイリーは身を捻ってなんとかかわした。なびいた髪の数本が、引き裂かれるようにもっていかれたのがわかる。いきなりなこともあって、背筋が冷えた。
「な、なにすんのよッ!?」
「うるさい! 争うつもりはないだなんて、そんな言葉にダマされるとでも思ってるの? どうせ、森を荒らしに来たんでしょ……人間の考えることくらい、わかってる!」
言って、彼女は翼を広げた。鮮やかな蒼さを誇るように、羽はふわりと空気を孕んでなびき――突如、ギシリと硬質化する。 ギョッとするレイリーに、ハーピーはゆっくりと腰を落としながら言った。
「この森を、聖地を侵すものは許さない。特に人間はタチが悪い! フェベロネントワはお怒りよ、あたしが懲戒を与えてやるッ!」
バッ、と土が舞うほど地面を蹴りつけ、凄まじい速度で突っ込んでくる。致し方なく剣を抜くレイリーを、斜め上からの『斬撃』が襲った。後ろに下がって回避するが、ハーピーは勢いのまま前進し、回転して追撃してくる。なんとも異様な攻撃方法だが、投擲時の羽の威力を考えると、まともに受ける気には到底なれない。
「レイリー!」
「大丈夫!」
剣を構えるマイクに一声。「ダメ」でも、「手を出さないで」でもなく、大丈夫。
ハーピーの目が一瞬、奇妙に歪んだ気がした。
「――らッ!」
おそらくは必殺の手段だったのだろう、超至近距離から羽が投げ放たれる。滑らかに身を屈めてそれらをかわし、同時に懐に潜り込んで、レイリーは相手の腹に剣の柄を叩き込んだ。
ぐ、と呻いて動きが止まる。その瞬間、重心を入れ替えたレイリーの踵が、彼女の鳩尾をまともに捉えた。
「ごはっ……!?」
くぐもった悲鳴をあげ、飛び退くようにくずおれるハーピー。すぐにマイクが近づいて、油断なく剣を構える。レイリーはふうーと吐息した。
「やれやれ。あーびっくりした……」
「レイリー、やっちゃえ! 一思いにずばーっと!」
「お黙り。あのねぇ、聞いて? ほんとにそんな、争うつもりも、森を荒らす気もないのよ、あたしたち。あなたたちハーピーに訊きたいことがあって、ここまで来たの」
「な……なんだって、いうのよ……?」
「唄うお菓子って知らない?」
苦しげに身を起こす彼女に、レイリーは手短に要点だけ伝えた。
「あなたたちの仲間……だと思うんだけど。歌を唄うお菓子を作ったらしいの。うまく説明しづらいんだけど、もしそういうものが実在するなら、あなたたちが何か知ってるんじゃないかと思って」
当たり前といえば当たり前だが、ハーピーは眉根を寄せた。しばしそのままレイリーを見つめていたが、無言のままふいっと目を逸らしてしまう。
「あ……えと、知らない? なんかね、えーと、上側が膨らんでて、理屈はわかんないけど唄うらしいの。こんなカッコしてはいるけど、あたしたち実は菓子職人で――」
「知らない」
「え? あ……知らない? ほんと?」
「知ってたって、教えない」
そっぽを向くハーピー。一戦交えたのだから当然だろうが、しかし彼女の態度には読み切れないものがある。教えない、などと言われてしまっては、本当は知っているのではないかと思いたくもなってくるではないか。
困った顔をするレイリーの背後から、マイクが言う。
「そんなに、警戒しないでくれねぇかな。さっきのは、なんてゆーか、売られた喧嘩を買っただけだろ。俺たちゃほんとに、とある人間の国の菓子職人で、唄う菓子ってやつを探してるんだよ。……まぁ、信じられねぇのも無理ないけど」
最後の一言は余計だったが、彼が喋っている間、ハーピーが微妙に態度を変えたのをレイリーは見逃さなかった。顔は背けられたままだが、視線はしっかりとマイクに向き、はふ、と小さく息を漏らしたりもしている。動機はどうあれ、彼のことを気に入ったというのは本当らしい。
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