第三話−4


 レイリーは振り返り、マイクに目配せした。さすが長い付き合い、一瞬で彼女の意図を察したのか、ギクリと嫌そうに糸目が引きつる。しかし、じろりと睨んでやると、彼はしばらく沈黙してから、しぶしぶまたハーピーに話しかけた。
「なぁ……その、ええと。できれば、本当のこと、教えてくれねーかな……? 俺たちもちょっと困ってるんだ。絶対悪いようにはしないから」
「……。だって、教えてもあたしにメリット、ないし」
「そういうことならわかったわ」
 即座に口を挟み、ぽん、とマイクの背を叩くレイリー。
「もし唄うお菓子のコト教えてくれたら、彼のこと、好きにしていいわよ」
「え、ほんと?」
「おいコラ!? ちょっと待て、何を勝手に――」
「レイリー! 君まで何言ってるんだ!?」
 焦るマイクを遮って、またフィリガルが怒りの声をあげた。大仰に両手を、頭を振って、信じられないとばかりに嘆く。
「こんなハーピーがどうとかはさて置くとして、どうしてボクじゃなくマイクなんだい!? まったく納得いかないよ! いくら普段はつれないフリしてるとはいえ、君の美的センスだけは信じて――」
 ゴッ
「……ごめんね、いちいちうるさいヤツで。でも、ほんとに困ってるの。知ってることを教えてほしいのよ、お願い」
 レイリーの説得に応じて――というか、仲間に向かって拳大の石をためらわず投げ放った空気に怯えてか――ハーピーは、強ばった表情で頷いた。
「こ、心当たりは……ないこともないわ。ひょっとしたら、手がかりくらいにはなるかもしれない」
「本当!?」
「ええ。でも……ああ……。……いいわ」
 立ち上がり、彼女はばさばさと羽ばたいた。身体についた土を落とし、地面を蹴って宙に舞い上がる。もうかなり暗くなってしまった空をバックに、森の奥へ顔を向けて言った。
「あっちに、あたしたちが暮らす村があるの。長老に会って話を聞けば、色々教えてくれるかもよ」
「あ……ありがとう。でも、いいの? 急に……どうして?」
「……まぁ……使命に関わることならともかく、負けといて意地張るのは好きじゃないし。それに、敵意はないっていうのは信じるわ……武装してるし、聖域荒らしだとばかり思ってたから。手荒な真似をして、ごめんなさいね」
「最初からそう言ってるってのに。ったく、不必要な傷を負っちゃったよ」
 やれやれと肩をすくめて、フィリガルが言う。途端、ハーピーは不愉快げに表情を歪め、彼を横目で見て鼻を鳴らした。
「お前は別よ、とっとと森を出なさい。弱いクセに、何威張ってるんだか。ここの夜は怖いわよ?」
「な、なんだと!? くっそこの、もう勘弁ならないぞ!? どこの誰見て弱いだって、もう一回言ってみろ!?」
「ま、まぁまぁ。あのさ、こんなヤツだけど、一応あたしたちの仲間なの。一緒に連れてってもらえないかな?」
 一応ってなんだよー、などと哀しげにこぼすフィリガルは放置する。太い枝に舞い降りたハーピーは、不思議そうに彼女らを見、くすっと微笑った。
「いいわよ。人間って、仲間意識が強いのね。あたしたちと同じだわ」
「ええ、まぁ。えっと……?」
「あたしは、アイミーズ。アイミーズ=ラブ。この森を守る戦士の一人よ」
 ずぶ濡れだった事実を半ば忘れられていたマイクが、ひとつ大きなくしゃみをした。早く服を乾かさなければ体が冷え切ってしまう。フィリガルがぶつぶつと呪文を唱え、ふんわりと小さな灯りを創った――こういう、いざという時の便利さからしてみても、彼という存在は旅に欠かせない。
「村は森のこちら側にあるけど、歩きだとちょっと時間がかかるわ。はぐれないようについてきてね」
「うん、ありがとう! よろしく」
 蒼いハーピーが、枝の下を滑るように飛ぶ。
 足下に細心の注意を払いつつ、彼女らは泉を迂回して、森の奥へと踏み込んでいった。


 そこからの行程は、もう――大変であった。
 木の葉を透かす月光と、ふわふわ漂う魔術光と。野山を歩き慣れているレイリーたちだが、ハーピーのアイミーズが案内してくれている手前、短剣などでばっさばっさと茂みを切り分けて進むわけにいかない。獣道を指示してもらい、迂回できるところは迂回して、ゆっくりゆっくり進んでゆく。
 当然、フィリガルはまたあちこちにマントを引っかけ、気を取られた隙に足まで取られ、木の根であちこちを強打するハメになった。最悪なことは、ここが平地にある森であることで――腐葉土はほどよく湿っており、あちらこちらに水たまりがある。山の斜面とはまた違う、独特の歩きにくさが彼女らを苛んだ。
 アイミーズはレイリーが気に入ったようで、枝葉をひらひらくぐり抜けつつ、色々なことを話してくれた。この森には二百人ほどのハーピーがいて、狩りや採集をして暮らしていること。彼女らは自分たちを、森の奥に棲むという大精霊フェベロネントワに仕えるために生まれてきたものと信じ、彼の精霊のために日々を生きていること。また、フェベロネントワを狙って、野蛮な人間たちがたびたび森へ踏み入ってくるため、それを追い払う役目も担っていること等々。
 あまりハーピーに関わる経験のなかったレイリーには、耳に新しいことばかりだった。
「フェベロネントワが棲む聖域は、この森の奥深くにあるわ」
 ひらりひらりと枝を飛び移りながら、アイミーズは言う。翼を持っていることもそうだが、恐ろしく身の軽い種族である。ちなみに彼女たちハーピーは、自らが棲む森をティオリではなく、別の呼び方をしているらしい。
「あたしは行ったことがないけど、長老は一度だけあるって言ってた。多くの犠牲者を出しながら、スオティーガをフェベロネントワの元へ献上しに行ったのよ」
「スオティーガ……?」
「聖獣だよ。ルルニオ信仰でもフェベロネントワとセットで伝えられてる、バカでっかいニワトリのことさ」
 まとわりつくツタに苦労しながら、フィリガルがどこか拗ねたような口調で言う。そう教えられると思い当たることがあり、レイリーはああ、と呟いた。
「聞いたことあるわね。確か……フェベロネントワが、飛べない精霊で……?」
「そうさ。あらゆる精霊の中で、フェベロネントワだけがなぜか空を飛ぶことができなかった。氷と樹木の精霊として、その力を使いすぎたんだって説があるけど、実際のところ理由はわからない。随分と苦悩したものの、結局飛ぶことはできずじまいで――諦めたフェベロネントワは、同じ空を飛べない存在、ニワトリを愛でて側におくようになったってわけさ。
 どうだい、正解かい? ハーピーの彼女」
「ええ、間違ってないわ。思ったより物を知ってるのね」
 素直に褒められて、フィリガルは逆にきょとんとしたようだった。が、すぐに総力を挙げて調子に乗る。
「はっは〜、そうだろう? ようやくわかったかい、ボクのスゴさが。惚れなおした? いいんだよ、今からでも別に」
「はぁ……? 何言ってんだか、さっぱりわかんないわ。吹けば飛びそーな体して。もう一回蹴ってあげましょうか?」
「……この……!」
「それはそうと、まだ着かないのか? もう相当歩き続けてるけど……」
 マイクが言うと、途端にアイミーズはにっこり笑った。完璧すぎるほどに態度を変えて、猫撫で声で応える。
「もうすぐ着くわ、ごめんなさいね。けど、あなたはタフだから平気でしょう? そこのケハンの木みたいな男と違って」
「う……いや、その。は、ははは……」
「く、くっそ……! 覚えてろ、この裏切り者め……!」
 恨みがましいフィリガルの呟き――マイクは聞こえないふりをしたようだったが、いつの間にやら裏切り者にまで認定されて、今日の彼はとことん災難である。ちなみにケハンの木とは、他の木が生えないような弱い地層にのみ生える、貧弱の代名詞のような樹木のことだ。