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第三話−5
それからしばらく進むと、アイミーズが地面に舞い降りてきた。先頭に立って草むらをかき分け、レイリーたちを手招きする。急いでついていくと、視界が明るくなり、大きく拓けた土地が現れた。
遮るもののない月光と、点在する柔らかな光源によって、小さな集落が森から浮き上がっている。簡素な造りの小屋のようなものが、灯りをともしてひっそりと群居していた。人里に見るのとはやや異なる、不思議な生活の匂いがある。
ハーピーの村だ。
「さ、着いたわ。じゃあ――」
「アイちゃ〜〜〜んっ!」
突然、どこからともなくすっ飛んできた影が、横からどーんとアイミーズにぶち当たった。
不意を突かれ、為す術もなくずさーと地面を滑るハーピー。展開についていけずに唖然としていると、影は何やら馬乗りになり、彼女にすりすりとじゃれつきだした。
「んもーっ、どこ行ってたのどこ行ってたの!? 遅かったじゃん、みんな心配してたんだからぁー!」
「ちょ、わ、わかったからわかったからクーちゃん! どいて、痛い、背中すりむいた!」
「ヤだどかないもん、クーだって心配してたんだから! 乱暴な人間に捕まって、あれやこれやと筆舌に尽くしがたいことをされてるんじゃないかって! えいこの、ぎゅぅしてやる、このこの――ありゃ?」
じたばたと袈裟固めをかけていた影が、ひょこりと身を起こした。月光が当たり、淑とした美しさと大味ないとけなさの中間に位置する顔を照らし出す。繊細な薄紫色の羽が月光に映える、ハーピーの少女である。
ぼけーっと突っ立っているレイリーたちをひとしきり眺め回して、彼女はぽつりと呟いた。
「……誰? この人たち」
「乱暴な人間だよ」
何のおふざけか、まだ拗ねているのか。フィリガルがそうとだけ返した瞬間。
びよーんと後ろに跳びすさって、少女はとんでもない大声で騒いだ。
「きぃーやぁ〜〜〜〜〜ぁあ〜〜〜ッ!? にんげ、ちょ、人間、きやあーっ! み、みんな、みんなぁ〜っ!?」
こちらが驚いた声もかき消すほどの声量。キンキンした叫びが森に響き渡って、しばし――バババッ、と木の葉をかき分けるような音がし、大勢のハーピーたちが夜空に飛び出してきた。たちまち、無数の羽音が村に溢れる。
「なに? 何事? 今の声誰っ?」
「クーじゃない? ったく、寝てるところを……」
「アイちゃん……? うわっ、に、人間だ!? 人間がいるよーッ!」
「こんなところまで、どういうこと!?」
わらわらばらばら飛んできて、たちまち三人を取り囲む。やはりただただぽかんとして、レイリーは彼女たちを見回した。そう、彼女たち、だ――男性が一人も輪の中にいない。皆女性、しかも揃ってナイスバディな、絢爛豪華の美しさである。なにやらフィリガルが身を反らし、うおおと呻いて両目を覆った。
「ま、眩しい……眩しいよ。なんてところなんだ、ここは!? 楽園か!?」
「言うとは思ったけどね……。歓迎されてるわけじゃなさそうよ」
レイリーが冷静に呟いた通り。周囲に集まったハーピーたちは、各々の武器――自らの羽を手に構え、険悪な眼差しを向けてきている。話を聞いてわかっていたことだが、人間という存在自体が彼女らにとって異物なのだろう。
倒れたままだったアイミーズが立ち上がり、群れ居る仲間に慌てて言った。
「み、みんな、ちょっと待って! 違うのよ、この人たちはあたしが――」
「アイちゃんがー! アイちゃんが、アイちゃんが人間にヒドいことされた〜!」
「ええとね、そのー、ああもうちょっとクー!? 何めちゃくちゃ言ってんのよ、ちょっと黙って!」
「びえぇぇぇ〜! アイちゃんの純潔がぁー! 清い羽がぁぁぁ」
見る見るうちに、ハーピーたちの表情が険悪になってゆく。少女の叫びを鵜呑みにし、なにやらとんでもないことを想像している目だ。これはいかん。いけません。
「あ、あの。違うの、あたしたちは敵じゃないわ! 話を聞いて――」
「そうさ、誤解しないでおくれよ。ボクらは争いに来たんじゃない。君たちと仲良く、そう仲良く、ディ〜〜〜プに仲良くなるために来たのさ!」
「アイミーズさんに、ここまで案内してもらったのよ? ええとだから、きっと想像してるようなそれはほんと全然誤解で、つまり――」
「そんな物騒な羽なんて構えないで。美しい君たちに武器は似合わないよ、ああ本当になんて綺麗なんだ! 君、名前聞いていいかい? ボクはフィリガ――」
「ああもうッ!?」
この男ときた日には。
性懲りもなくナンパに徹するフィリガルを、レイリーは横から思いきり蹴り飛ばした。気持ちいいくらいまともに極まり、彼は吹っ飛んでハーピーの群れに突っ込む。
ひょっとして、それがいけなかったのかもしれない。
「やっちゃえぇ〜〜〜っ!!」
『わぁ―――――ッ!!』
百人は下らないハーピーの大群が、彼女たち目掛けて突っ込んできた。
さて、その頃。
「ここはどこだ……?」
棺桶から首を突き出し、ローダは呆然と呟いた。
レイリーたちが馬車を離れた隙に、族が自分や積み荷ごとそれを奪い、アジトかどこかへ連れ去ったのだとばかり思っていたのだ。道中、怒鳴りまくり暴れまくり、なんとか縛めから脱そうと必死で努力したのだが――やはりどうにも銀縄には勝てず、旅のストレスもあって疲れ果て、先程まで半分意識を失っていたのである。
こんなことになるはずでは、と涙したあたりで外から縛めが解かれ、すわ今こそと思って立ち上がろうとしたものの、なぜか体がガッチガチに凝り固まってしまっており――故に彼は、棺桶の縁から辛うじて頭だけを出して、周囲をぐるりと見回してみた。
古小屋のような雰囲気の場所に、二人の年老いた人間と一人の若い人間とが、ぽかんと棒立ちして自分を見つめている。レイリーもいなければ、フィリガルもいない。あまつさえ、想像していたような族どもすらいない。
「ここはどこだ?」
「……ひ……!」
状況が把握できずにいると、若い男はたちまち顔面蒼白になり、ひっくり返って気絶してしまった。ローダが過去に訪ね歩いた、人間の菓子職人たちとまったく同様の反応である。思わず眉をひそめたが、
「おじいさん」
「…………」
「おじいさんたら」
「お。なんだ」
「おじいさんたら!」
「なんだと言うんじゃ!」
年老いた二人は意にも介さず、彼を見下ろしたままでのんびりと言い合った。
「なんともまぁ、大きな人ですねぇ」
「そうじゃなぁ。棺桶いっぱいギリギリじゃ。しかしこれ、お前、本人を前にして言うもんじゃないよ」
「あら、そうでした、そうでした。思わずなんて失礼を」
「……ここはどこなのだ」
さすがにどうにもついてゆけず、三度同じ質問を繰り返すと、二人の老人は揃って頷いた。婚姻関係にある夫婦というやつか、とローダはやたらと杓子定規に彼らの素性を推し量る。
「わたしどもの家の納屋ですがね。ここはロフニスといって、お国の端っこにある小さな村ですよ」
「片田舎の集落だぁよ。一昼夜南に行きゃあ、もうルーディアだ。ところで、お前さんは一体何だね? 棺桶などに入って……吸血鬼の真似事かね?」
「失敬な!」
場所を聞いてもまったくわからなかったが、なんとなくレイリーたちからかなり遠ざかってしまったような気がする。その不安を紛らせるように、ローダはふんと胸を張ろうと頑張った。
「真似事などではない。我はまったき夜の支配者、闇の血族ローダトゥショニツリルバナケラーノなるぞ。どうせわからんだろうから先に言うが、つまりお前たちの言う吸血鬼だ。どうだ、驚いたか?」
しばし、老夫婦は無言だった。どうしても体が思うように動かず苦戦し続けるローダの胸に、また別の意味の不安が去来する。
老爺が、ぽつりと口を開いた。
「そんな早口で言われても。ローダ……なんだ、わからんが」
「おじいさん。キュー=ケツキーさんとおっしゃるんですって」
「貴様ら……」
がくりと脱力するローダに対し、そりゃ珍しい名前だね、と一頻り感心してから老爺は言った。
「時に、キューさん。あんたが棺桶に入っとった所為で、この倒れとるフリッツの売る棺桶ができんで困っとるんだが」
「い、いや待て……ちょっと待て。それは我になんら関係ないとゆーか、元はと言えば貴様らが悪いのだろう!? というか我はキューさんなどではないぞ」
「なんとかしてもらえませんかねぇ。わたしたちが入る予定だったんですよ?」
「それもなんかちょっと違わんか!? え、ええい、あらゆる意味で話のわからんやつらだ。レイリーたちはどこなのだ! ここはティオリの森ではないのか!?」
すると二人は顔を見合わせ、わーっはーっはーっと間延びした笑い声をあげた。
「なんじゃキューさん。あんたティオリの森に行くつもりだったのかね?」
「ここからは二日ほどかかりますけれども、棺桶では行けませんよ、キューさん」
「人間というやつは……本当にもう、こう、どうにかならぬものかっ……」
だらだらと涙していると、老夫婦は気絶したままの若者を助け起こしながら言った。
「時にキューさん、そろそろ棺桶から出たらどうかね。吸血鬼でもあるまいし」
「お前らひょっとしてそれはわざとか? まぁ、もうなんだかどうでも良いが……。というかだな。長時間同じ姿勢で気張り続けた所為か、銀縄の影響を受けすぎた所為か、体が固まってしまっておって……うまく、動け、ぬのだっ」
「なんじゃと。それは大変なことだ」
「ええ、おじいさん。フリッツはどうでもよろしいですから、キューさんを助けて差し上げないと」
若者をぽいと放り出し、二人はローダの腕を持って、うんしょうんしょと引っ張った。けれども彼はカブのごとく、重すぎて棺桶から出てこない。
「うぅむ、これは困った。どうしたものかのう……」
「おじいさん、これを」
「な!? お、おい貴様、それで何をする気だ!?」
老婆が差し出した黒光りする斧を、老爺はよたよたと受け取った。どうやら、枠の棺桶自体を壊して、ローダを助け出すつもりらしいが――どちらかというと、ローダは斧を振り上げる、その足取りの頼りなさに恐怖した。
「じっとしていなされやー、キューさん」
「動いたら危ないですからねぇ」
「動かずとも危ないわ!? よせ、やめろ、こんなもの時間が経てば治る――」
老爺は、斧を振り下ろした。
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